異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

132話 微妙な変化 -3-

公開日時: 2021年2月8日(月) 20:01
文字数:2,041

「よーっす! あんちゃん、店長さん、元気にしてっかぁ~って、床が濡れて滑っ……ぅわぁぁぁあああああっ!?」

 

 ズドシンと、鈍い音を響かせて、突然店に駆け込んできたパーシーが濡れた床で滑って転び、尻もちをついたかと思いきや、そのままくるくると後ろでんぐり返りをしながら再び店の外へと出ていった。

 

 ……ここに、俺以上に落ち着きのない成人男性がいる。俺、まだセーフじゃね?

 

「なんだよ!? なんなんだよ!? なんのトラップだよ、これはぁ!?」

 

 バッチリメイクを決めた目に涙を浮かべて、パーシーが再び店内へと駆け込んでくる。

 

「砂糖工場をほったらかして、またネフェリーのストーキングしてたのか?」

「ぎくぅ!? …………べ、べつに、そういうわけじゃ……ぴ~ぴ~」

「ジネット。ヤツに『精霊の審判』を」

「ダメですよ。確実にカエルさんになってしまいますから」

 

 ジネットにすら嘘だと見破られるお粗末な言い訳をして、パーシーは下手くそな口笛を披露している。

 

「ところであんちゃん。ここに砂糖が二袋あるんだけどよぉ……」

「お前の相談に乗ってる暇はねぇんだよ」

「まだ何も言ってないじゃんかよぉ~!」

 

 言わんでも分かるわ! 馬鹿の一つ覚えみたいに砂糖ばっかり持ってきやがって。

 たまにはもっと気の利いた物を持ってこいよ!

 

「見ての通り、これから掃除するんだよ」

「あぁ、これ掃除だったのか? 水遊びしてんのかと思ったぜ」

「どんだけ無邪気な人間だと思ってんだよ、俺らのことを?」

 

 俺とパーシーの会話を、ジネットがくすくすと笑って見ている。

 なんだ、エステラの言う通り、いつも通りのジネットじゃないか。

 俺が帰ってきた時も、普通に掃除してたし。

 

 やっぱ、俺の思い過ごしだったのかな。

 

 陽だまり亭の中にいるジネットはとても自然体で、おかしな気配は一切なかった。

 ……俺も、ちょっと疲れてんのかな。気にし過ぎだったのかもしれん。

 

「あ、じゃさ! オレも手伝うよ、掃除! したら、早く終わって、オレの相談にも乗れんじゃん? な? そうしよ! はい、決定!」

「……お前な。まぁいいや。じゃあ手伝え。バイト代としてあとで美味いもん食わせてやるから」

「マジで!? なに? 玉子焼き!? ゆで卵!?」

「頭の中ほとんどネフェリーか!?」

 

 ったく、いいよなこいつは。なんかいつも楽しそうで。

 好きな女子がいて、仕事もうまくいっていて、ストーキングを許容してくれる心の広過ぎる身内がいて…………モリーよ、もう少し兄貴を締め上げてやってもいいと思うぞ。

 

 まぁ、パーシーの言う『相談』なんてのは、大方「大食い大会をネフェリーと一緒に観戦したいんだけど、『偶然隣の席になっちゃった~』みたいな感じを演出する方法ないかなぁ?」とか、そういうレベルのくだらない話なのだ。

 それなら、俺たちの陣営のそばに来ればいいと教えてやるだけで解決だ。

 ネフェリーは、ウチの応援団に内定しているしな。

 今現在、服屋のウクリネスにある服を作ってもらっているところだ。

 

「んじゃ、ちょっと外すから、お前はここら辺ブラシかけとけ」

「ほいよっ! ブラシかけはモリーにやらされまくってるからな、超得意だぜ!」

「……兄貴のプライドはないのか……」

 

 妹にこき使われてます宣言をした後、嬉々としてブラシがけを始めるパーシー。

 その間に俺は、部屋に戻って濡れた服を着替えに…………

 

「あの……っ!」

 

 部屋に戻ろうとした俺を、ジネットが呼び止める。

 それと同時に、酷く慌てた様子で、俺の服をキュッと摘まんできた。

 

「……ど、どちらに?」

「え? ……あ、服をな、着替えようかと」

「あ…………そう、ですね。早く着替えないと風邪を引いてしまいますね」

「あぁ。そうだな」

「では、濡れた服は洗濯籠に入れておいてください。明日にでも、洗っておきます」

 

 俺の服を離し、エプロンを掴むように手を前で組んで、ぺこりと頭を下げる。

 

 ……寂しがり、気のせいじゃねぇじゃねぇか。

 さっきのジネットの目は、真剣そのものだった。

 

 その瞬間、ジネットは確かに一人になることを恐れていた。

 

 ……まぁ、鼻歌交じりにブラシがけしているパーシーの存在が完全に忘れ去られている点については、深く言及しないでおいてやろう。俺だって悪魔じゃないんだ。

 

 ……けど。

 

「すぐ、戻るから」

「はい。待っています」

 

 ジネットは、やっぱり……最近ちょっとおかしい。

 

 

 部屋に戻り、濡れた服を脱いで、体を拭く。

 その間も、考えてしまうのはジネットのことで……

 

 あいつ、もしかしたらどこか悪いんじゃないのか?

 子供は、体調を崩すと、本能的に親に甘えるようになるというし……

 どこか具合が悪くても、自分からは言いそうにないもんな、ジネットは。

 

 一度、レジーナに診察してもらった方がいいかもしれないな。

 

 とにかく、ジネットが『何か』を感じ、『何か』を秘密にしていることは確かだ。

 エステラがそれに気が付いていないのは意外ではあるが……まぁ、最近あいつは忙しくて陽だまり亭にいる時間も減ったしな。

 マグダなら、何か気が付いているかもしれない。

 ロレッタは…………うん、ないな。

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート