異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

90話 ある日の森の中の -1-

公開日時: 2020年12月26日(土) 20:01
文字数:2,436

 目を疑う。そんな言葉がある。

「あれ、俺のコレ……本当に目か?」

 ……ということではなく、実際目にしているものが信じられない場合に使われる。

 

 そう、例えば、こんな時にだ。

 

「ぁ……れじーなさん、こんにちは」

「あぁ、ミリィちゃんやん。元気してたかぁ?」

「はぃ。れじーなさんも元気そう」

「ウチは元気でもどこにも行かへんから、あんま意味ないんやけどな」

 

 レジーナとミリィ。

 極度の人見知りコンビが談笑している。

 

「何がどうなってんだ!?」

「きゃぅっ!? ……ぁ、てんとうむしさん」

「なんやねんな、自分。急に大きい声出さんとってんかぁ。ビックリしておっぱい縮むか思うたわ」

「縮むの!? マジで、ごめん!」

 

 いや、そんなわけがない。

 ちょっとビックリな光景を目の当たりにして、動転してしまったのだ。

 とりあえず落ち着こう。

 

 俺は今、レジーナの店に行こうと、大通りを抜けて四十二区の東側へと来ていた。

 よく晴れている。少し汗ばむような陽気だ。

 こんな日は、レジーナは木戸を締め切ってじめっとした暗い部屋で膝を抱えながら床を転がる綿ぼこりと会話をしているに違いない。そう確信できるような快晴だったのだ。

 

 なのに、なぜかレジーナは外にいて、あまつさえ、ミリィと会話をしている。

 

 つまり、アレだな。まず、俺が最初に言うべき言葉は……

 

「ミリィ……ウツるからあんまり近付いちゃダメだぞ」

「ぇ……、なにがウツるの?」

「ほぉ……自分、えぇ度胸しとるやないか……」

 

 俺はな、将来有望な美少女がくだらない小石に躓いて人生のレールを踏み外さないようにしてやっているんだよ。

 

「ぁ……れじーなさんとは、以前から、よく……たまに、お話……するよ?」

「そうや。ウチの名前を覚えてくれてた、数少ない友達やねん」

「お前ら、仲良かったんだな」

「…………う~ん…………うん」

「せやなぁ………………まぁ」

「言うほどではないんだな……」

 

 道端で会えば軽く言葉を交わす程度か。

 

「それでどこに行くんだ?」

「ウチか? ウチは夢の国や」

「自分の家をそう表現するのはお前だけだよ。どんだけ内向的なんだ」

「こんな太陽の眩しい日は木戸を締め切ってじめっとした暗い部屋で膝ぁ抱えながら床を転がる綿ぼこりとしゃべってるんが一番なんや……」

 

 マジでやってんのかよ、それ!?

 

「聞くだけ無駄だったレジーナと違って、活動的なミリィはどこに行くんだ?」

「ぇ……あの…………普通に答えていいの?」

 

 もちろんだ。ミリィにボケとか求めないから。

 ミリィに求めるのは癒しだ。

 そのままでいてくれればいい。

 

「みりぃはね、これから野草を採りに行くの」

「花じゃなくてか?」

「ぅん……乾燥させて、保存食にするの」

「あぁ、せやな。もうそんな時期やもんなぁ」

 

 レジーナがぽんと手を打つ。

 なんだ? 旬なのか?

 この街には四季が無いから、イマイチ旬とかそういう感覚が分かんないんだよな。

 

「よかったらウチも一緒に行ってもえぇかな? 今のうちに集めておきたい薬草もあるし」

「ぅんっ! 一緒にいくと、たのしい」

「ほなら決まりやな。荷物が仰山になっても、男手がおるから安心やなぁ」

「ちょっと待て。なんで俺まで一緒に行くことになってんだ?」

「ぇ……?」

「え?」

「いや……『え』じゃなくて……」

 

 なんでミリィまで「来ないの?」みたいな顔してんの?

 俺、「行く」なんて言ってないよね?

 

「野草が生えとるんは深い深い森の中……美女と美少女だけやと、何かと不安やなぁ……なぁ、ミリィちゃん」

「ぅ、ぅん…………ふあん、だね」

「ミリィ使うのは卑怯だぞ、レジーナ」

 

 ミリィはこう、なんつうか……雑に扱っちゃいけない気がしてんだからよ、切り札に使うなよな。断りにくいだろう。

 

「手伝ってくれたら、お礼にえぇ薬プレゼントしたるわ」

「薬? なんのだよ?」

「男のプライドッ! 精力増きょ……っ!」

「さぁ、先に行こうか、ミリィ」

「ぇ……でも……」

「あ~いいからいいから。さぁ行こう」

「ちょっ、待ちぃや! そういうん、よぅないで、自分!」

 

 歩き出す俺たちを追ってレジーナが駆けてくる。

 俺の隣に並ぶとガシッと肩を掴んできやがった。なんて荒っぽいボディータッチだ。色気も何もあったものじゃない。

 

「……はぁ……はぁ…………アカン……今日の体力使い切ってもうた……」

「どんだけ少ないんだよ、お前の体力……」

 

 わずか2メートルほどの駆け足でもうガス欠とか……気の毒になってくるわ。

 

「ぁ……じゃあ、乗っていいですよ?」

「えっ!? ホンマに!? えぇのん!?」

 

 ミリィが、いつもの荷車を指して言う。

 アリクイ兄弟に会いに行く時にマグダも乗っていたが、レジーナでも余裕で寝転がれそうな大きな荷車だ。これを、こんな小さいミリィが軽々引いているのだから、獣人族のパワーは計り知れない。まぁ、獣じゃなくて虫だけど。

 

「いやぁ、なんや悪いなぁ。ほな、遠慮なく」

 

 手刀を切りながら、荷台へと乗り込むレジーナ。どこのオッサンだ、お前は。

「ちょっと、前失礼しますね~」じゃねぇっつの。

 

「今日は花を積んでないんだな」

「ぅん。野草、たくさん採るから」

「……コレ一杯にか?」

「野草、おいしいから」

 

 ……獣人族って燃費悪いよな。マグダといいミリィといい、力を使った後は腹が減るようだ。

 

「あ! ほならウチ、帰りは荷台に乗られへんやんな?」

 

 そりゃ、野草を積み込むからな。

 

「自分。ウチの分も頑張って薬草摘んでな!」

「レジーナ。お前本当に荷車が似合うなぁ……お荷物って意味で」

 

 こいつを放り出していった方が、確実に手間は省けるだろうにな。

 

「てんとうむしさん、野草の摘み方、教えてあげるね」

「プロの業か……拝見しよう」

「そんな……たいしたものじゃ、ない……ょ?」

 

 やや照れたように、しかし確固たる自信の見え隠れする表情を覗かせてミリィが笑う。

 本気でこのデカい荷車一杯に野草を採るつもりなのだろう。

 

 そんなことがあって、俺は流されるまま森へと同行することになった。なんかミリィも俺がついてくること前提で話しかけてきてるし。まぁ、ついでに俺も野草でも採って帰るか。

 

 

 

 

 

 

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