異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

296話 本日の来訪者は泥と雲 -3-

公開日時: 2021年9月11日(土) 20:01
更新日時: 2021年9月14日(火) 07:29
文字数:3,349

「ジネットちゃん」

 

 ド三流を追い返してから数時間後。

 ティータイムも終わり、そろそろディナーに向けて準備をしようかなという時間帯に、ムム婆さんが陽だまり亭へやって来た。

 

「あのね、オルキオとシラハさんがいらしてるのよ」

 

 ムム婆さんの後ろからオルキオとシラハが並んで入ってくる。

 

「こんにちは、ジネットちゃん」

「ジネットちゃん、お久しぶりね」

「オルキオさん、シラハさん。どうでしたか、二十四区は?」

 

 ムム婆さんたちが三泊四日という贅沢なのか、「二十四区でそんなに長い間何するんだよ?」という地獄なのかよく分からない旅行から戻ってきたのはもう結構前だ。

 ゼルマルたちは土産話をしに何度か陽だまり亭へ来ていたが、オルキオは三十五区に住んでいることもあり、旅行以降顔を合わせることはなかった。

 なので、ジネットは顔が見られて嬉しそうだ。

 

「おかげ様でとっても楽しかったわ。あのね、みなさんに三十五区の花園にも来ていただいたのよ」

「花園の蜜は、とても美味しかったわ」

「ふふふ、ゼルマルのはしゃぎようといったら……おっと、話が逸れるところだったね」

 

 楽しい旅の思い出に表情を緩ませたオルキオだったが、咳払いをして表情を引き締める。

 

「それよりも、情報紙を見たんだ」

 

 三十五区に住むオルキオのところへ、情報紙が回っていったのだろう。

 もともと流通していなかった外周区にも、情報紙は出回るようになっていた。

 売り上げが落ちてなりふり構っていられなくなったようだな。

 

「一部50Rbは高いと思ったけれど、一応全部買ったよ」

「なんで外周区なのに税金分上乗せされてんだよ……」

 

 回収できないから税金がかからない外周区からも税金取ろうってか?

 それとも、三十五区は遠いから輸送費だとでも言うのか?

 そういうセコいところが客離れを起こす要因だってのに。

 

「四十二区のことをよく知る者として、記事の内容は信用していないよ。けれど、あれだけ悪意のある記事を書かれるということは、何かよくない力が四十二区を狙っているんじゃないかって不安になってね」

「まぁ。それでわざわざ様子を見に来てくださったんですか? シラハさんまで。遠いところを、ありがとうございます」

「とんでもないわ、ジネットちゃん。だって、私にとっても四十二区は特別な区だもの。ジネットちゃんやヤシロちゃんにはお世話になったものね」

「お世話だなんて。こちらこそ、シラハさんにはよくしていただいて」

「あぁ、もう。ジネットちゃんは本当にいい子ね。若い頃の私にそっくり」

 

 お前はよくそれを言うな、シラハ。

 まぁ、以前のハムみたいな体だった時は『精霊の審判』をかけかけていたが、今ならまぁ、多少は許容できるかな。

 多少は、な。

 

「四十二区と三十五区、世話になった二区が『BU』から攻撃を仕掛けられた時、私は何も出来なかったからね……」

 

 いや、お前に情報をやらなかっただけだろう。

 ルシアとしては、領民に手を借りるまでもないと踏んでいたんじゃないのか?

 あの時は四十二区の方が打倒『BU』で盛り上がってたし。

 

「まぁ、ヤシロ君がいるから、私なんかが何かをするまでもないかもしれないけれどね」

 

 ロマンスグレーのジジイがウィンクを寄越してくる。

 ばっとキャッチして、シラハに向かって投げつけておく。

「あはぁ……刺激的……☆」と、シラハが腰を抜かしジネットにしな垂れかかる。

 よかったぁ、ダイエットさせておいて。昔の体型だったらジネットが潰されていたところだ。

 

 けどまぁ、ちょうどよかった。

 

「オルキオ。お前に聞きたいことがあったんだよ」

「私にかい?」

「とりあえず、みなさん。座ってください。コーヒーでもいかがですか? シラハさんは紅茶がいいですか?」

「ううん。私もコーヒーをお願いするわ。オルキオしゃんに教えてもらって、最近飲むようになったのよ」

「ははは。まだまだ陽だまり亭の味には遠く及ばないけれどね」

「では、陽だまり亭の味がオルキオさんの味とどう違うのか、是非楽しんでくださいね」

 

 ジネットはコーヒーの味を謙遜しない。

 あのコーヒーは祖父さん直伝の味だからな。否定する箇所がどこにもないのだ。

 

「はぁ……」

 

 テーブルにつくなり、オルキオがため息を漏らした。

 

「あぁ、っと。失礼。いや、どうしてこうなるのかと思うとやるせなくてね」

 

 弱々しい微笑みを見せるオルキオ。

 オルキオが言うには、水害や貧困に喘いでいた四十二区がようやく立て直し、これからだという時にこうして貴族からの横やりが入ったことが許せないのだそうだ。

 

 さすが元貴族。

 こういうやり方は貴族の仕業だってすぐに分かったようだ。

 

「四十二区を疲弊させて、それで取り入ろうとでもいう腹づもりなんだろうけれど……あまりに浅はかだよ。四十二区は、穏やかで優しさに満ち溢れているからこそ価値があるというのに……貴族が横から手を突っ込んでぐちゃぐちゃにかき混ぜたりしたら…………どうしてそれが分からないんだろうね、貴族ってヤツは」

 

 それは、貴族だからとしか言い様がないな。

 オルキオ自身も気付いているのだろうが、それを肯定したくないのだろう。

 貴族は自身の利益にしか興味がない。

 そこに住む一般人の都合や心情なんぞ慮る価値もないのだ、連中にとっては。

 

 旨みがあるなら奪い取る。

 邪魔なら排除する。

 どこまでも自分本位なのが、貴族という連中だ。

 

 例外は割といるようではあるが。

 

「ヤシロ君。君が三十五区でいろいろ働きかけてくれただろう? だから、今三十五区はいい意味で変わりつつあるんだよ」

 

 はて?

 とんと記憶にないな。

 

「人間に脅えていた虫人族たちが歩み寄りを見せてくれてね。私なんかを頼ってくれるんだよ。きっとシラぴょんの人徳のなすところだとは思うのだけれど」

「ううん。そんなことないわ、オルキオしゃん。私たち虫人族の方こそ、人間たちに温かく迎え入れてもらえてほっとしているのよ。やっぱり、花園の外を怖がっていた子たちは多かったもの。そこに、オルキオしゃんのような優しい人間が現れて、緩衝材になってくれたおかげで、虫人族みんなの可能性が広がったのだわ」

「話をまとめると、『ジジイとババアがいちゃつくな鬱陶しい』ってことでいいか?」

「全然違うわ、ヤシロちゃん」

 

 ムム婆さんが崩れない笑顔で俺を窘める。

 背中を撫で撫でして「どぅどぅ」じゃねぇんだわ。俺は猛牛か。ぶるるる……

 

「なんの因果か、かつて私の実家がやっていたような仕事をね、始めることになったんだよ」

「あぁ、獣人族の斡旋か」

「そう。……はは、ヤシロ君は知っていたんだね」

「まぁ、最近小耳に挟んでな」

 

 かつて実家が行っていた斡旋は、きっと褒められたようなものではなかったのだろうが、オルキオはその過去を隠すような素振りを見せない。

 過去のことであろうと、それを隠すでなく向き合う。

 オルキオらしい潔さだと思う。

 

 その過去があるからこそ、これからオルキオが行う仕事は人間にも獣人族にも、双方にとって有益なものになるだろう。

 

「ジネットと話してたんだ。オルキオの家でよかったなって。少なくとも、一人は獣人族側の立場に立ってくれるヤツがいるからってよ」

「ヤシロ君……。君にそう言ってもらえると、嬉しいなぁ」

「オルキオしゃんは、本当にただ一人、私たちの味方でいてくれたのよ。いつでも、いつまでも、ずっと」

 

 小さい頃からオルキオを知るシラハの瞳には、絶対的な信頼が溢れている。

 それだけでどういう関係だったかは容易に想像が出来る。

 

「出会った頃から、オルキオしゃんはずっと優しくて……そして、年頃になった私を外で――」

「はい、その話ストップ!」

 

 あっぶねぇ!?

 こいつ、隙あらばそのエピソード話そうとしやがるな!?

 つーかオルキオ、ちゃんとしつけとけよ! 危うく過去三日分の食事をリバースするところだったぞ!

 

「シラぴょん……覚えていてくれたのかい?」

「もちろんよ。だって、あの時、私は外で――」

「黙れぇぇぇえええい!」

 

 出禁にするぞ、この老夫婦!

 

「お待たせしました~」

 

 ジネットが人数分のコーヒーを持って戻ってくる。

 

「とっても楽しそうでしたね。なんのお話をされていたんですか?」

「お前も蒸し返すな!」

 

 ヤバいヤバい。

 ここには地雷が多過ぎる。

 

 で、この話題の間ずーっと我関せずな顔してたな、ムム婆さんよ?

 やっぱ、この婆さんもしたたかだよなぁ。

 

 

 

 

 

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