「それを解決するのは、――あなたですよ、ソフィーさん」
フィルマンの回答にソフィーが目を丸くする。……まぁ、俺の回答なんだけどな。
麹工場は、ホワイトヘッドの名のもとにそのブランドを保っている。
バーサならすべてをうまくまとめ上げることも可能だろうが、名前ばかりはどうしようもない。
ならば、バーサからの信頼も厚く、工場で働く人間や街の連中が納得する人材をそこに置けばいい。
そう。お前だ、ソフィー。
「ソフィーさんは、バーサさんから様々なものを教わっていますよね? 味噌や醤油の作り方、大豆の育て方、そして、豆腐の作り方も。それらは、リベカさんは知らないことです。リベカさんは、麹に関することだけに特化した教育をされていますから。ですよね、バーサさん?」
「はい。ソフィー様は、あの事故以降、麹から離れられていましたので……それで」
「それを、これからもう一度やってほしいんです」
あぁ、もう!
書くの疲れた! 口で言った方が百倍速いし楽だ。
よしフィルマン。もう十分だろう、交代だ。
「ソフィー」
フィルマンに代わって、俺が矢面に立つ。
そんな怖い顔すんなって。お前だって、うすうすそんな気はしていたんだろう。
覚悟だってしていたはずだ。
だって、お前は言ったもんな?
『もし、リベカが私を必要としているというのであれば、私はリベカを助けます!』と。
『リベカがお願いしたら協力は惜しまない』と。
「お前が麹工場のトップに立つんだ」
「わ、私が!?」
そうすれば、すべてが丸く収まる。
「で、ですが、……ご存じの通り、私の耳は……」
「お前はそれでいい。そこは、リベカがやってくれる」
「でしたらリベカがトップであるべきで……」
「共同経営責任者ってことでいいじゃねぇか」
「共同……?」
どちらかに全責任を負わせようとするからうまくいかないのだ。
「お前に出来ないことはリベカに任せ、リベカが出来ないことはお前がやってやれ」
「そ、そんないい加減なこと……代表者とは、すべてに秀でて、優秀で、責任感があって……」
「そんな完璧な代表者を立てるのと、お前たち姉妹が仲良くあの工場を守っていくのと、工場の連中はどっちを喜んでくれると思う?」
「それは……」
「間違いなく、後者ですね」
バーサが言い切る。
一切の迷いなく。
そして、リベカの耳も期待にぴこぴこ揺れている。
「で、でも、私は、そんな……六年も工場を離れていた身ですし……」
「ですから、これからバーサめが、一から十まですべてお教えして差し上げますとも」
「でもっ、でも! リベカよりも能力のない私がトップというのは……それならリベカがトップで、私が補佐に……」
「それじゃ、会議の時にいないって問題が解決しないだろうが」
「で、でもでもでも!」
「ソフィー」
でもでもだってを食い止めるために、ゆっくりと、力強く名前を呼ぶ。
「大丈夫だ、お前ならリベカの上にでも立てる」
「私がリベカの上だなんて、どう考えてもおかしくて……」
「有能な部下を持つのは誇るべきことであって恥じることじゃない。そんな優秀な部下を操るのも、責任者の腕の見せ所だぞ」
「誇るべき、こと……ですか」
「あぁ。自慢の妹の才能を、存分に世間に知らしめてやればいい。どうすればよりリベカが輝けるか、それを考えるのがお前の仕事だ」
言葉とは、同じ物を指していても言い方ひとつで印象が変わることがある。
それが、まさに今だったようで。
「……そう言われると、なんだか出来そうな気がしてきます」
ソフィーの心をがんじがらめにしていた重責が、一瞬で溶けていったようだ。
「フィルマンさん」
「は、はい」
「見事な演説でした。あなたの言葉が、私に勇気と希望を与えてくださいました」
考えたの、俺だけどな。
「バーサ」
「はい」
「……私に、出来るでしょうか」
「はい」
「…………教えて、くれますか」
「もちろん。喜んで」
くしゃっと顔を歪め、泣きそうになるのをぐっとこらえる。
そして最後に、ずっとバーサにしがみついて顔を伏せたままのリベカへと言葉をかける。
「リベカ……」
「…………うん」
「お姉ちゃん、一緒に働いても…………いい?」
その返事は、体で示された。
バーサにしがみついていたリベカが、弾けるように駆け出しソフィーへと抱きつく。
「当たり前なのじゃ! ずっとずっと、そうなったらいいなって思っていたのじゃ!」
泣くかと思ったのだが、リベカは笑っていた。
それも、最高の笑顔で。
「ヤシロさん。お疲れ様です」
「あぁ」
「マグダっちょも、カッコよかったです」
「……うむ」
カンペ係を完遂した俺とマグダをジネットとロレッタが労ってくれる。
こいつらが、こ~んな顔して俺を見てるってことは……うまくいったってことだな。
とりあえず、麹工場の方はこれでなんとかなるだろう。
バーサの知識と、リベカの才能と、ソフィーの妹愛があれば、きっとうまくやれる。
結婚は、麹工場が軌道に乗ってからでも、全然間に合うだろうしな。
むしろ、それまでの期間を普通の恋人として付き合っておいた方がフィルマンたちにとってもいいことだろう。
なので、とりあえずは婚約――ってことで。
「めでたしめでたし、だな」
辺り一面に散らばったカンペの残骸を掻き集めて、俺はとりあえずの一段落にホッと息を漏らした。
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