異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

297話 関係者たち -4-

公開日時: 2021年9月16日(木) 20:01
更新日時: 2021年9月17日(金) 19:02
文字数:4,104

「それで、そのルピナスさんは今、どうされているんでしょうか?」

 

 少し不安げな表情でジネットが尋ねる。

 ウィシャート家に真っ向から逆らった一人の女性のその後が気にかかるようだ。

 ウィシャートのことだから、執拗な嫌がらせをしているか、幽閉していたとしても驚かない。

 だが、意外にもオルキオの答えは平和なものだった。

 

「彼女は今、平民――というと言い方は悪いけれど、一般人として暮らしているよ。ね、シラぴょん」

「えぇ。ルピナス様は、三十五区でご結婚されて、今はご家族と暮らしているそうよ」

 

 長らく三十五区を離れていたオルキオ。

 ルピナスの情報はシラハから聞いたのだろう。

 

「シラハは知っていたのか、ルピナスのその後を」

「えぇ。とてもお世話になったのに、火事に遭った後、私たちは自分のことで精一杯になっちゃって、お礼も恩返しも出来ないままだったから……」

 

 火事の後も、オルキオとシラハは周りとの摩擦に抗っていたと聞いている。

 それでも、二人きりでは立ちゆかなくなり、二人は離ればなれになって暮らすことを余儀なくされた。

 

 ウィシャートとしては、それで溜飲が下がったのだろうか。

 今現在、オルキオの周りにウィシャートの影は見えない。

 

 先ほどオルキオが、『四十二区に流れ着くまで、本当に心が休まる日はなかった』と言っていたことからも、オルキオがあの火事で死んだとは思っていないはずだ。

 貴族ではなくなり、最愛の人とも離ればなれになり、最貧区四十二区へ逃げるしか出来なかったオルキオを見て、ウィシャートは『勝った』と思ったのだろうか。

 

 ……ウィシャート家にしては大人しいような気もしないではないが。

 

 まぁ、一人にいつまでも時間を割けないからな。

 もっと別のことに目が向いたのかもしれない。

 

 なんにせよ、オルキオは現在ウィシャート家に狙われてはいないようだ。

 

 今はシラハがいる。だからオルキオはウィシャートと対立するようなことは避けていたのか。

 あの火事も身内の恥として飲み込もうとしたように。

 

 もしかしたら、四十二区に来て知り合った友人たちを巻き込まないために、ずっと前から自身の屈辱を飲み込んでいたのかもしれない。

 最愛の人と引き離され、おのれのすべてを奪った連中への恨みや怒りを、一人で、じっと耐えて…………

 

「ジネット、オルキオにクレープをご馳走してやってくれ!」

「あぁ、いや。大丈夫だよ、ヤシロ君!? 確かにつらい時期もあったけれど、今は幸せだから」

 

 立ち上がりかけたジネットを制して、そしてにっこりと優しい微笑みを浮かべて俺とジネットを見つめる。

 

「君たちのおかげで、ね」

 

 そして、シラハの肩を抱いて引き寄せる。

 オルキオの肩に頭を乗せて、シラハがうっすらと頬を染める。

 

「爆ぜろ」

「情緒不安定ですか、お兄ちゃん!?」

「……ヤシロは素直な子」

 

 いや、若干な? 若っ干だけど、イラッてしたもんで。

 

「お兄ちゃん、その人に会いに行くです?」

 

 ロレッタの質問に、全員の視線がこちらを向く。

 俺としても、オルキオに紹介してもらって会いたいとは思っていたんだが……

 おそらく俺は今物凄く監視されてると思うんだよなぁ。

 だってほら、街門前広場で大暴れして、『俺が中心だ!』って見せつけたわけじゃん?

 絶対ウィシャートは俺の動向を探ってると思うんだよなぁ。

 俺がウィシャートの立場で似たような権力持ってたら絶対探らせるもん。

 

 そんな俺が、ウィシャート家に絶縁状を叩き付けるような直系の姉を訪ねたら……絶対巻き込んじまうよなぁ。

 くそ。大暴れするのはもうちょっと後にすればよかった。

 

「まぁ、ルピナスに会っても、有用な情報は得られないかもしれないけれどね。なにせ、もう何十年も前に家を出た娘だから」

 

 確かに、今のウィシャート家のことは分からないかもしれないが……

 

「あぁ、そういえば、ウィシャート家の女は問答無用で外に放り出されるんだっけ?」

「そうだね。おそらく、本館の中心部には入ったことがないんじゃないかな?」

 

 ウィシャートの館には一族が家族単位で住む離れがいくつもあり、その中で当主によって選ばれた者だけが本館への立ち入りを許されると、ルシアが言っていた。

 客人が立ち入れるのも本館のごく一部だけだと。

 ってことは、本館の隠し通路とか、危険物の隠し場所とか、そういうきな臭い物のことは知りそうにないな。

 

 あんまり会う意味はないかもしれない。

 

 いや、会ってみたいという気持ちはある。

 会う前から『意味がない』と決めつけるのは愚策だとも思う。

 だが、こっちの都合でルピナスとその家族に累が及ぶのは本意ではない。

 

 何か、さりげなくすれ違えるような、すれ違い様にぽろぽろっと情報がもらえるような、そんな状況があればいいんだが……四十二区と三十五区の距離で、面識もない俺らじゃ無理だよな。

 オルキオを巻き込むのは……ジネットに余計な心配をかけることになりそうだし。

 

 おそらく、オルキオやシラハの関係者がルピナスと接触を図るとウィシャートはそれを潰しに来るだろう。

 こういう状況だ。自分たちのアキレス腱になりそうな部分は特に用心深く見張っているはずだ。

 俺ならそうするし。

 

 ……うむ。やっぱ無理か……いや、でも何か方法が…………

 

「おやおや、もしかして私をお呼びではありませんか、ヤシロさん?」

 

 にっこにこ顔で、アッスントが陽だまり亭へとやって来た。

 話し声が外まで丸聞こえだったのかと身構えたが、アッスントはここにいる顔ぶれで何の話をしていたのかを推測したようだ。

 それにしてもあの顔……

 

「ブタそっくりだな」

「ブタ人族ですからね!? え、なんです、今さら? もしかして忘れてましたか?」

 

 ちょっと驚かされたことに対する報復だ、気にするな。

 

「これはミスター、ミセス。お話の場にお邪魔するご無礼、お許しください」

「よしておくれよ。私たちは別に貴族でもないんだ。普通にしてくれるとありがたいな」

「ご無沙汰ね、アッスントさん。結婚式の時はありがとうね」

「いえいえ。三十五区の虫人族のみなさんに商品を勧めていただいて、こちらとしては大助かりでした」

 

 あの結婚式のパレードで、人間は触覚カチューシャを、虫人族は浴衣など人間と同じような格好をして互いの距離を縮めていた。

 シラハが間に立ってくれていたのか。

 

「アッスントさん、何かお飲みになりますか?」

「ではお願いします」

「じゃあジネット、アッスントに陽だまり亭懐石~彩り~を」

「せめて飲み物でお願いします!」

 

 んだよ。

 ここ最近、陽だまり亭懐石~彩り~はずっと割引価格でしか出てねぇんだよ。

 たまには定価で売らせろよ。

 

「コーヒーと果実ジュースとどちらがいいですか?」

「では、果実ジュースを」

「子供か!?」

「いいじゃないですか! ……コーヒーは苦いのですよ」

 

 おまっ!?

 マジか!?

 コーヒー飲めないのか!? これから流行らせようとしてるってのに。

 

 ジネットが厨房へ向かい、アッスントがオルキオの隣に腰を下ろす。

 そして、斜向かいから俺の顔を覗き込むくらいの勢いで満面の笑みを向けてくる。

 

「『Re:Born』販促行脚をいたしませんか?」

「販促行脚?」

「えぇ。四十二区と、四十二区へ来やすい二十九区や近隣の『BU』内ではそれなりに支持を得た『Re:Born』ですが、外周区の遠い区まではその勢力が届いていないのです」

 

 そりゃそうだろう。

 現在、クーポン券が使えるのはほとんど四十二区だ。

 たかが数十Rbのために遠くの区まで行こうなんて変わり者はそうそういない。

 

「『Re:Born』の有用性が知れ渡れば、協賛者も増えますし、各区の店がこぞってクーポン券を出すでしょう。そうすれば、他区へ行ってみたいと思う顧客が増え、他区間の行き来が活発になれば乗合馬車の本数も自ずと増えるでしょう。そうして経済が循環していくことは、我々行商ギルドにとって非常に望ましいことなので、全面協力させていただきますよ」

「要するに、『リボーン』を持って外周区で売り歩けってか?」

「それに加え、移動先でも出来る簡単な体験教室なども出来るといいですね。たとえば、ムムさんのしみ抜きとか、マッサージ……は、ベッドが必要になるので難しいですが、美容か健康にいい何か――」

「足つぼなんてどうでしょうか!?」

 

 ジュースを持って戻ってきたジネットが大きな瞳をキラキラさせてアッスントに訴えかける。

 

「……え、えぇ、まぁ、そういうのも有り、です……かね?」

「足つぼでしたら、椅子を一脚用意するだけで可能ですし、場所も手間も時間も取られません! きっと向いていると思います!」

「そ、そうですね……」

 

 アッスントがチラチラとこちらを見ている。

 が、お前が『マッサージ』とか言うからだぞ? 責任はお前が取れ。

 

「ですが、いい講師が見つかるかどうか……」

「なんでしたら、わたしがお手伝いします!」

 

 あ~ぁ。

 一番ダメな結末に行き着いちゃったな。

 どーすんだよ、おい。

 

「そ、それは、後日考えるとして!」

 

 あ、強引に話を打ち切りやがった。

 

「我々は、現在憎い敵である情報紙を倒すために全力を挙げている――と、思われているはずですので、こういう大きな行動も取りやすいと思うのです」

 

 なるほど。

 建前上は、こちらを攻撃してきた情報紙――ひいてはウィシャートへの反撃に見せかけて、それは目くらましってわけか。

 

「そして、三十五区に行った際に――」

「ルピナスと――たとえばマッサージ体験なんかで――こっそり密会できれば」

「えぇ、話を聞くくらいは出来ると思いますよ。もちろん、ヤシロさんは彼女の素性をまったく知らないという体で、です」

 

 それは面白そうな提案だ。

 少々準備と本番に時間と労力がかかるが……

 

「情報紙へのいい打撃にもなるし、やってみるか」

「では、もろもろこちらで手配させていただきますね。あ、大工さんを数名お借りしてもいいですか?」

「エステラに言え、そういうことは」

「では、言ってまいります」

 

 嬉しそうに陽だまり亭を飛び出していったアッスント。

 あの喜びようは――

 

 

 きっと、ジネットの説得から逃げ出せた喜びだろうな。

 くそ。

 足つぼに浮かれたジネットをどう鎮めりゃいいってんだよ。

 

 

 はたして、アッスントを生け贄に捧げれば、足つぼ魔神は鎮まってくれるだろうか……

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート