「で、そこにいるソレはなんなんだ?」
「……君、敵意を隠すつもりはないのかな?」
俺がエステラを指さして問うと、ジネットは不思議そうな顔をする。
「エステラさんですよ?」
それはさっき聞いた。
ジネットも「さっき言いましたよね?」みたいな顔をしている。
そうではなくて…………どういう関係なのかとか、そういうことなんだが…………
「つかお前、何しに来たの?」
「ここはどんな人も受け入れてくれる公正で平等な教会だよ? ボクがここにいたって不思議なことはないだろう?」
「不思議はないが、不愉快ではあるな」
「……君、友達少ないだろう?」
うるさいなっ! 一番気にしていることを!
これだからイケメンは!
「友達の作り方? さぁ、考えたことないなぁ。気が付いたら仲良くなってて……なんでだろうね?」って、それはお前がイケメンだからだよぉ! イケメンと知り合いってのはステータスになるからね!
「こっちは貧乏なのに食材を無償提供してんだ。無駄飯食らいにはご遠慮願いたいのだが?」
「ん~……それは出来ないなぁ」
あぁ、イラッてする、その爽やかな「困ったなぁ」みたいな顔!
「ジネットちゃんのご飯は美味しいからね。一度食べてしまうと、もう他の食事じゃ満足できなくなるんだよ」
「そうなんですか? 嬉しいです」
喜ぶなジネット。お前はたぶらかされている。
「陽だまり亭で絶賛発売中だ。『金を出して』食いに来い」
「時間が取れればそうするよ」
「食ってる時間がないなら金だけ置いて食わずに帰れ」
「……それ、ボクにメリットないよね?」
メリットが必要か? 生まれながらにイケメンで、人生勝ち組で、この上まだメリットが欲しいと抜かすのか? 強欲の権化め、地獄で閻魔様に舌でも抜かれてろ! 「あ、嘘吐きじゃないのに舌抜いちゃった」って、地獄の鬼にテヘペロされろ!
「とにかく、朝食はジネットちゃんの料理がいいんだ。この時間は、お店開いていないだろう?」
「だったら、店先に金を置いて帰れ」
「……だから、ボクがそれをする理由がないって……」
理由が必要か?
イケメンが世の中に貢献するのに、理由が必要なのか?
美人のわがままとイケメンの奉仕活動に理由なんかいらないだろうが!
「お店は開いていませんが、ここに来ていただければ召し上がっていただけますので」
「うん。だから毎朝早起きしてるんだ。ジネットちゃんの朝食は、毎日食べたいからね」
「そうなんですか、ありがとうございます。わたしの朝食でよければ毎日でも……」
「ストップだ、ジネット!」
何も考えずに恐ろしい決断をしかけたジネットを、俺は慌てて制止する。
危なかった……
一歩遅ければ取り返しのつかないことになっていた。
「いいか、俺の国ではその言葉はプロポーズの言葉なんだぞ」
「プロポ……ッ!?」
ジネットが素っ頓狂な声を上げ、顔を真っ赤に染める。
「へぇ。『毎朝、朝食を作ってくれ』が転じて、『ずっとそばにいてほしい』ってことか……なかなか洒落ているね。君が考えたのかな?」
「昔からある定番の言葉だよ」
「だとすれば、君の故郷は随分とロマンチックなお国柄なんだね」
バカモノ。
三歩下がってついてこいのお国柄だぞ? ロマンチックとは程遠い、いぶし銀なお国柄だよ。
「けどまぁ、ボクに言う分には問題ないんじゃないかな、ジネットちゃんの場合は」
「まぁ、そうですね」
なん……だと?
それはつまりあれか?
お二人は実はもうすでにそういうご関係で、今さら的なことだって、そういうことか?
じゃあ、ゆくゆくは、あの食堂にこいつが居座るような展開に…………
「貴様に娘をやるわけにはいかん」
「……いつから君はジネットちゃんの父親になったんだい?」
だって、ヤだもんよ!
同じ屋根の下でイケメンと巨乳がイチャイチャしてるなんてよ!
不許可だ、不許可! 断固拒否する!
「あ、あのヤシロさん……?」
俺を説得でもしようというのかジネットが恐る恐る声をかけてくる。
そんなジネットの手を取り、俺は真摯に言葉を投げかける。
「いいかジネット、よく聞け…………イケメンは、敵だ!」
「え……と…………はい?」
えぇい、くそ!
イケメンが翻訳されないのか!
「こういうタイプの男は、一番信用しちゃいけない!」
特に、お前みたいに胸が大きくてちょっとどころかかなり抜けている天然娘はな!
「男……? あ、ヤシロさん、違います!」
「何がだよ!?」
「エステラさんは女性ですよ!」
「冗談は育ち過ぎたおっぱいだけにしろ!」
「わたしの胸は冗談ではありませんよっ!?」
「ボクの性別も冗談ではないんだけどね」
エステラが女だと?
そんなバカな。
俺はエステラの全身を隈なく、舐めるように、上から下から眺め倒す。
「こんなしょぼくれた乳の女がどこにいる!」
「……悪かったね、ここにいるよ」
エステラの口角がぴくぴくと引き攣る。
「ヤシロさん! 女性にそんなことを言うなんて失礼ですよ!」
「つらい現実を突きつけるのがか?」
「そうです! たとえ心で思っても、口にしないのがマナーです!」
「お前も、結構酷いこと言ってると思うぞ?」
「はっ!? す、すすす、すみません、エステラさん! わたし、嘘が苦手なもので!」
「うん……ジネットちゃん、もういいから、これ以上抉らないでくれるかな?」
エステラが、ジネットの悪意のない『口撃』をくらい、胸を押さえる。
「胸が抉れたのか?」
「心が抉られたんだ!」
「それでそんなにしぼんだのか?」
「元からずっとしぼんでるよ! ……悪かったなしぼんでて!」
エステラが柳眉を逆立て牙を剝く。目尻に微かに光るものが浮かんでいる。
「ヤシロさん! 女性にそんな……胸の話とか……体の話をするのは、よくないですよ!」
ジネットは俺を「めっ、ですよ!」と可愛らしく叱りつけると、エステラのそばへ行き、そっと背中をさする。
「大丈夫ですか、エステラさん?」
「いや……慰められると、それはそれで悲しい気持ちになるんだけどね……」
「あぁ、すみません!」
ジネットがペコペコと頭を下げる。
エステラは弱々しい笑顔で片手を上げ、ジネットのお辞儀をやめさせる。
というか……
「お前が女のフリなどしなければ、こんなややこしいことにはならなかったんじゃねぇか」
「フリじゃなくて、ボクは女だ!」
「『精霊の審判』!」
俺がエステラを指さしてそう唱えると、エステラの体が淡い光に包まれた。
おぉ……俺にも使えた。本当に唱えるだけでいいんだな。
「……これは、宣戦布告ととってもいいのかな?」
淡い光の中で、エステラが不敵な笑みを浮かべている。
しばらくすると、光は弱まり、やがて消えてしまった。
エステラは人の姿のままだ。
ということは……
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