「ぁの、てんとうむしさん」
からころと、下駄を鳴らしてミリィが駆けてくる。
手には綿菓子とリンゴ飴がそれぞれ握られている。
「お、もらったのか?」
「ぅ……こ、……こどもたちにって…………みりぃ、もう大人なのに……」
いやいや。
ミリィは永遠の幼女だよ。
もしゲームでミリィをゲットしたら、進化させずにずっととっておくもん。
18禁ゲームみたいに、進化する度に衣装がエロエロに変わる系なら課金して即進化させるけど。…………いや、ミリィの場合は穢すことなく初期状態で保護しておくべきか…………
「……どうしよう。ミリィにちょっとエッチなことをしてもいいのかどうか、悩む……」
「ぁう……ぁの、ゃめて、……ね?」
手に持ったリンゴ飴よりも赤く頬を染め、綿菓子の影に顔を隠すミリィ。
よく似合ってるな。テントウムシのお面もつけて……あ、あれはいつもの髪飾りか。
「それで、何か用だったか?」
「ぁ。ぁの、ね。みりぃとなたりあさんね、今日は三十五区で一泊するの」
「な、なに!? ……まさか、馬車と花園の花の見返りに、ミリィを差し出せと!?」
「ち、違ぅよ!? ぁのね、三十五区の生花ギルドのみんなにぉ世話になったから、そのお礼と、ぉ裾分け……」
ミリィの背中には大きなバスケットがくくりつけられていた。
聞けば、ジネットの作った料理と、屋台で売っていた食べ物が入っているのだとか。
「そうか。なら、世話になったなって伝えておいてくれ。すげぇ助かったって」
「ぅん! 伝えてぉくね」
「で? なんでナタリアまで?」
「ぁう……それは、その……」
「護衛です」
護衛…………って、あぁ、そうか。
「浴衣姿のミリィさんが三十五区に入れば……入った瞬間ヤツが来ますので」
「おいおい、ナタリア。仮にも領主に対して『ヤツ』なんて呼び方はどうかと思うんだが……確実に仕留めてくれ。ミリィは四十二区の財産だから」
「この命に代えても」
「ぉ、ぉおげさだょぅ……るしあさん、そんな人じゃない、ょ?」
バカだなぁ、ミリィは。
ルシアは、そんなヤツなんだよ。
「薄桃色から濃い桃色へとグラデーションしている、まるで可憐な桃の花のような可愛らしい浴衣を着たミリィを見て、虫人族好きで、幼女好きで、節度や限度といった言葉を知らない無駄に身体能力の高い行動派な変態であるルシアが、何もしないわけがない!」
「そ、そんなこと、なぃ…………ょ、ね?」
「ナタリア。最悪、戦争になっても、それは仕方のないことだ。死力を尽くしてくれ」
「かしこまりました」
ビシッと敬礼を交わし、俺とナタリアはその使命を心に刻んだ。
「なに面白いことやってんのさ、二人とも」
藤色の大人っぽい浴衣を見事に着こなしているエステラが、いつものように嘆息している。
衣装が違うだけで、色気が28%程増すな。
髪型もなんとかかんとかアップにまとめてある。そのなんとかかんとか感が逆に可愛く見える。
本当に、冗談ではなく、エステラは浴衣が似合う。
まぁ、これを言うと「どうせ胸がないからだろ!?」って怒られるので言わないが。
っていうか、さっき怒らせたからな。
「胸がないのでよくお似合いですよ、エステラ様」
「お前っ!? 俺が今必死に我慢した言葉を!」
「よし二人とも、表で勝負だ」
結局言ってしまい、結局怒らせた。
まぁ、真顔で「可愛いぞ」とか言われた方が、エステラは困るんだろうけどな。
「照れ隠しじゃな。ワシもヤシぴっぴくらいの年の頃には、わざと意地悪をして好きな女性の気を引いたもんじゃ」
「お前の初恋は二十歳の頃だろうが」
そして相手は九歳。
……日本じゃ即逮捕なんだがな。
俺とエステラが話していると妙に嬉しそうな顔をするドニス。
だから、そういうんじゃないからな?
「ミスター・ドナーティ」
ナタリアがドニスの前へ立ち、深々と頭を下げた。
「酒宴の場において、長々と席を外してしまいましたご無礼、何卒お許しくださいませ」
「よい。気にしてはおらんよ」
俺の頼みで席を外していたナタリアだが、領主の付き添いで来た身としては、先方をほったらかして離席するってのは無礼なのかもしれない。
しまったな。俺の配慮が足りなかった。
俺も無礼を詫びておくか。
「それはそうと、ミスター・ドナーティ」
俺が何かを言う前に、ナタリアが体を『S』の字に曲げ、とてもセクシーなポーズでため息を「はぁ~ん……」と、漏らす。
「どうも、今『BU』で話題沸騰の美人です」
「ワ、ワワ、ワシには心に決めた相手がおるのでな! め、目の毒だ!」
ドニスは大慌てで体を半回転させ、ナタリアに背を向ける。
「親子かっ!」
「そのツッコミはもっともだが、まずは今の無礼をしっかり詫びておけ」
離席の無礼とか、もうどうでもいいから。
「大丈夫です、ヤシロ様」
そして、今度は俺の方へと向き、浴衣の前、足下をはだけさせ白くなまめかしい太ももをちらりと露出させる。
「まだ私は、全力の色気を出してはいませんでしたので」
「こっちに向けて全力出さないでくれるか!?」
「「「「はぁぁぁああんっ! ナタリアさん、マジいろっぺーっすー!」」」」
「ガキどもがウーマロみたいに!?」
お前、ナタリア……マジで責任とってガキどもの病気完治させろよ?
ここでの戦争は許容できないからな?
「お兄ぃぃぃいちゃぁぁぁあん!」
「……救援要請」
ロレッタとマグダがすごい勢いで走ってくる。
なんだ? 何があった!?
「店長さんを止めてですぅぅうう!」
「……教えて魔神」
「……え?」
見ると、獣人族の脚力に引き離されてしまっているが、ジネットが二人を追いかけてきていた。
ぽぃんぽぃんぽぃんぽぃん揺らしながら。
「マグダさん、ロレッタさん、肉まんのレシピを教えてくださぁ~い」
……帰ったら教えてやるっつってんだろうに。
「……曰く、ヤシロに教わる前に予習して、予備知識を付けておきたいらしい」
「店長さん、お兄ちゃんをも凌駕するつもりです!」
「……あの社畜を治す薬、作れねぇのかな」
ワーカーホリック。
恐ろしい病だ。
「とりあえず出迎えてやろう」
「……店長は、足が遅い」
「その代わり、他のところの運動量が他の追随を許さないです」
そうして、俺たちは並んでジネットを待った。
首を上下に揺らしながら。
「く、首を上下に揺らさないでくださいっ!」
いや、だって。視線は釘付けなのに激しく上下に揺れるから……
「ジネットちゃん……浴衣でも、すごいんだね……」
「エステラさん!? なぜ泣き崩れているんですか!? ゆ、浴衣が汚れますよ、立ってください!?」
「ワシはぁー! 心に決めた人がぁー!」
泣き崩れるエステラに戸惑うジネット。と、叫ぶジジイ。黙れ一本毛。揺れる乳に動揺してんじゃねぇよ。
「ぐす……とにかく、そろそろ帰りの準備を……ひっく……しよう…………ぐすっ」
「あ、あの、エステラさん……泣かないでください……なぜ泣いているのか分からないんですが」
ジネットよ。現実って、厳しいんだぜ?
「ウーマロー!」
「はいッス」
「そっちは頼むなー!」
「任せてッスー!」
「「「「大船への、ご乗船やー!」」」」
屋台の撤収はトルベック工務店の連中とハムっ子に丸投げだ。
ナタリアとミリィは三十五区へ。……なんだかんだ言って、ルシアにも筋を通して礼を言いに行くのだろう。
エステラはハビエルのところへ行くっぽいし。まぁ、手紙でも渡しておけば、ルシアなら汲んでくれるだろう。
「あの、ヤシロさん」
ジネットが俺の前へとやって来て、もじもじとし始める。
「トイレか?」
「違います」
上目遣いで俺を見つめる。
「……レシピは帰ってからな」
「はぅっ……そ、それは、出来れば早くお願いしたいですが、今はその話ではなくて……」
とは言いつつも、未練が全身からにじみ出している。……今日は徹夜になるかもしれない。
「あの、わたし、帰りはシスターたちと同じ馬車で戻りますね」
「ん? そうなのか?」
「はい。子供たちの数が多いですし、シスター一人では大変でしょうから」
「まぁ、そりゃそうか」
ベルティーナも、なんだかんだで疲れてるだろうしな。
「それで、出来ればマグダさんとロレッタさんもこちらの馬車に……っ!」
「あたし、お兄ちゃんと同じ馬車がいいです! 話し足りないです!」
「……現在のマグダにはヤシロ分が不足している」
「はぅっ!?」
俺の両腕を、それぞれ「ぎゅぅぅぅうう!」っと抱きしめるロレッタとマグダ。
……本気でしんどいんだな、ジネットの追求。こりゃ、今後サプライズはなくなるかもしれないなぁ。
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