異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

11話 食堂の品格 -2-

公開日時: 2020年10月10日(土) 20:01
文字数:2,150

「それで、何か具体的な案はあるのかい?」

「なきゃこんな話してねぇよ」

 

 俺には秘策がある。

 というか、とても王道で、日本では当たり前のことなのだが。

 

「制服を作った」

「「制服?」」

 

 ジネットとエステラが揃って首を傾げる。

 

「格を上げて客の質を向上させるには、訪れる者をこちらの思惑に引き摺り込む必要がある。要は人心掌握が必要になってくるわけだ」

 

『この店にいる間はこうしなければいけない』『これはしちゃいけない』という意識を植えつけるのだ。

 それには、相手の心を掴んでおく必要がある。

 潜在意識の中で、『あ、こいつには逆らえないな』と思わせることが出来ればこちらの思惑はすんなりと通る。

 

「人の心を掴むには、『権威を着る』ことが最も手っ取り早い」

 

 人間は制服に弱い。

 警備員の制服を見ると、たとえその中身が学生バイトであったとしても威圧感を与えられるものだ。

 通りすがりの一般人に「そこに自転車を停めるな」と言われても、「は? うっせぇよ!」と返せるだろうが、警備員相手なら「はい。すみません」と素直に従うことだろう。

 両者の違いは制服を着ているか否かにしかなく、着るものによって権威は大きく左右されるということだ。

 

「というわけで、これだ!」

 

 俺は、自分用に作った大きめの鞄から一着のエプロンドレスを取り出す。

 

「わぁ!」

 

 それを見た途端、ジネットが瞳をキラキラさせる。

 食い入るようにエプロンドレスを見つめ、「わぁ~」とか「ほぁ~」とか空気の抜けるような声を漏らしている。

 

「これ、ヤシロさんが作ったんですか?」

「あぁ。前に物置の布をもらっただろ? あれでな」

「すごい! すごいです! あの古い布がこんな可愛いものになるなんて!」

 

 この世界の人間は、自分で自分の服を作るのが一般的なようで、裁縫道具や布はそれなりのものが揃っていた。

 ジネットがいつも着ている服も、どう見てもお手製というクオリティだ。

 まぁ、服を買うなんてのは、この世界の人間には贅沢なことなのかもしれないがな。アウトレットとかなさそうだし。古着はあったけど、高かったし。

 

 そんなわけで、余っていた布をもらい受け、俺はせっせと夜なべをしてエプロンドレスを作っていたのだ。

 

「プロ並みの美しい縫製だ…………本当に君が作ったのかい?」

「その嘘吐きを見るような目は称賛だと受け取っておくよ」

 

 エステラがエプロンドレスを手に取り、その縫製技術にため息を漏らす。

 素人が作ったとはとても思えないクオリティだ。俺が着ていたブレザーに負けず劣らずの出来栄えだと言えよう。

 つまり、こいつさえ着ていれば「この店、グレード高ぇ!」と思わせることが出来るのだ。なにせ、ブレザーを着ているだけで俺を貴族だと勘違いするようなヤツがいたからな。

 

「このひらひらが可愛いです!」

 

 ジネットは肩口にあしらったフリルが甚くお気に入りのようだ。

 そういえば、こいつのパンツはフリルのものが多かったな。きっとこういうのが好きなのだろう。

 パンツといえば、レースのものもあったっけな。

 時間があればレースでも編んでやりたかったのだが、まぁ、それは追々でいいだろう。

 この先ずっと現状維持ってわけにもいかないからな。客は常に進化を求めるものだ。

 レースは次の段階でいいだろう。

 

「ヤシロさんって器用なんですね」

「ふふん。もっと褒めるがいい」

 

 なにせこちとら、各種ブランド物の『バッタもの』を手製していたからな。

 服だろうが鞄だろうが、靴だって作れるのだ。……靴は、マスターするのに本当に苦労した。腕時計もしんどかったけど。

 ちなみに、俺の鞄も俺が作ったものだ。いろんなポケットがあちこちについている非常に『使える』鞄となっている。

 具体的には、万引きした商品をバレにくいポケットに隠して、「どこに隠したって言うんだよ!? 鞄の中見てみろよ!」みたいなことに使えたりする。

 もっとも、『精霊の審判』で、「盗った?」と聞かれれば一発アウトだけどな。

 

「あの! これ、さっそく着てみてもいいですか!?」

「おう。集客アップのためだ、大いに着てくれ」

「はい!」

「あ、ちょっと待て」

 

 普段着の上からエプロンを着けようとしたジネットを制止し、俺はもう一着服を取り出す。

 

「こいつをエプロンの下に着てくれ」

「もう一着あるんですか!? わぁ……綺麗な色」

 

 完璧主義者として名高いこの俺が、エプロンドレスだけで終わるはずがない。もちろん、その下に着るワンピースも制作済みだ。

 ジネットの明るくてぽわぽわしたイメージを活かせるように華美ではない薄桃色のワンピースに純白のエプロンドレスを合わせて着てもらうのだ。

 

「公と私をきっちりと分け、それを着ている時はプロフェッショナルな振る舞いを心がけるようにするんだ。そうすることで、客も、そしてこの店も、自然と格が上がっていくことだろう」

「プロフェッショナル…………はい! 分かりました!」

 

 ジネットの表情が真剣なものに変わる。

 可愛いとキャーキャー喜んでいた表情から一転、プロの顔つきになった。

 

「それでは、着てきます!」

 

 ワンピースとエプロンドレスをギュッと抱きしめ、ジネットはカウンターを越えて店の奥へと姿を消す。

「手伝おうか?」と、申し出たかったのだが……エステラが怖い顔でこちらを睨んでいたのでやめた。

 ……俺の行動を先読みして抑制するのやめてくれないかな。

 

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