異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加22話 習い事、教え事 -1-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,162

 バルバラが教会での『お勉強会』に参加する傍らで、四十二区ではもう一つの『お勉強会』が開催されていた。

 

「何回かやってみて、生徒たちも少しずつ変わりつつあるんさよ」

 

 嬉しそうにそう語るのは、『お勉強会』の講師を務めるノーマだ。

 午前の『お勉強会』を終えて、報告がてら陽だまり亭にお茶を飲みに来たのだそうだ。

 

「最近は自分の料理ばっかり食べてるから、たまには店長さんの料理が食べたくなったんさよ」

「お腹に余裕があるなら、何かお作りしますよ」

 

 嬉しそうにジネットが言う。

 久しぶりに雨が止み、今日はそこはかとなく客が多い。雨で外出を控えていた連中が「久しぶりに~」と陽だまり亭の飯を食いに来ているのだ。

 なので、朝からずっとジネットは嬉しそうに料理を作りまくっている。

 それでも、仲のいいノーマにそんなことを言われると格別の喜びがあるようで、今にも踊り出しそうな喜色を分かりやすく浮かべている。

 

「油ぎっとりの、体に悪そうなものが食べたいさねぇ」

「健康食ばかり作っている反動でしょうか? うふふ。少しだけ、その気持ちは分かります」

 

 イケナイことが楽しいみたいな顔で肩を揺らす。

 ノーマも、なんとなく気を緩めているようで、笑顔がいつもよりも柔らかい。

 

「でも、生徒さんに見られると困らないですか? ダイエット教室の講師としては」

 

 ロレッタの言うとおり、現在ノーマは四十二区で『食べて綺麗に痩せる、健康食ダイエット教室』の講師をしているのだ。もちろん、エステラからの要望でだ。

 四十一区の『素敵やんアベニュー』が完成する前に、四十二区である程度の実績を作り、それを基盤にして四十一区へ輸出しようという目論見だ。

 

 ダイエット教室の生徒は四十二区で無理なダイエットをしていた若い女性たちと、仕事に忙しくオシャレに時間を取れなかった奥様方。そして、『素敵やんアベニュー』で教室を開く予定の講師見習いの四十一区民たちだ。

 

 現在四十二区では、デリアの『素敵プロポーションを作る、シェイプアップ教室』と、イメルダの『本物のお嬢様が伝授する、メイクアップ教室』と、ノーマの『食べて綺麗に痩せる、健康食ダイエット教室』の三講座が開催されている。

 

 もう少ししたら、ウクリネスの『ワンランク上のオシャレを着こなす、ファッション教室』と、エステラの『心の美しさを磨く、淑女のマナー教室』、ナタリアの『痴漢を美しく撃退する、護身術教室』も試しでやってみるらしい。……こっちは忙しい連中だから定期開催は難しいんだがな。

 

 連日の大雨がいい方向に影響し、デリアやイメルダが講師をする時間を確保できていた。ノーマは雨に影響されない職業なのだが、同僚(乙女ハートのマッチョメン)たちからの「四十二区の乙女たちのために一肌脱いであげて! あたしたちも通うから!」という力強い後押しによって講師を引き受けてくれている。

 

「だ~いじょうぶさよ。一度や二度羽目を外した程度で台無しになるような半端な料理は教えてないさよ」

 

 食事は二日ワンセットと捉え、なんらかの理由で暴食してしまった場合は、翌日に摂生すればうっかりの暴食をリセット出来ると言われている。

 

「アタシの教えは、『楽しく食べる』なんさよ。無理をしたって、続かなきゃ健康的なダイエットは無理だからねぇ」

「そうですね。お食事は楽しく食べるのが一番だと、わたしも思います」

 

 食のベテランと食のプロは、食べることを『罪』だとは思っておらず、また食べる相手にも罪悪感など与えたくないようだ。

 ダイエット中は、ついつい食べることを『罪』だと考えてしまいがちだからな。

 暴食するのでない限り、食べることは『罪』ではない。

 食べてしまったならばその分動けばいいのだ。

 そっちの方が、食べないよりも断然いい。健康的にも、美容的にも。

 

「だから、店長さん! 油とニンニクでギットギトになった肉の塊を持ってきてほしいさね」

「とはいえ……限度はあると思いますよ、ノーマさん」

 

 健康食教室はあくまで『教室』なので、毎回初心者が混ざっている。

 なので、基本の部分を何度も教えることになり、『飽きないように献立をやりくりする』というポイントは後回しで、健康食の基本を繰り返す羽目になる。

 それが、講師を務める者を苦しめる最初の難関だ。

 

 初心者向けのサラダを作ったなら、次はステップアップしてヘルシーな肉野菜料理、魚を使ったオシャレなローカロリー料理、罪悪感を覚えなくていいカロリーオフデザート……と、ステップアップしていきたいのに、ずっと初心者向けサラダばかりを作っている状態なのだろう。ノーマの目が肉を欲している。カロリー度外視の、むしろ無駄にカロリー満載の。なんなら脂身丸かじりでもいいくらいの。

 

「では、ニンニクたっぷりのビフテキをお持ちしますね」

「パンも一緒にお願いするさね」

 

 ノーマがご満悦だ。

 ……お茶を飲みに来たと言っていたはずなんだが……ビフテキをお茶扱いか?

「カレーは飲み物」よりも強烈な発想だな。

 

「まだお昼ですのに……ノーマさん、今日はもうこの後男の人に会えないですね」

 

 と、鼻を摘まんで指摘するロレッタ。

 

「失礼さね、ロレッタ!? 大きなお世話さよ!」

「……そう。心配は無用。どっちにせよ、ノーマに会うべき男などいない」

「マグダは輪をかけて失礼さよ!?」

 

 まだ食べてもいないのに臭い女認定を受けたノーマが机をバンバン叩く。物にあたるなよ。

 

「ここ数日、頑張ってきた自分へのご褒美なんさよ。今日はいいんさよ!」

「……なぜ自分へのご褒美が甘い物ではないのか、マグダには理解が……女子として」

「なんか残念です、ノーマさん。女子として」

「やかましいさね! アタシの体が肉を欲してるんさよ!」

「エロい意味で、やね!」

「どっから紛れ込んだんさね、この卑猥薬剤師は!?」

 

 いつの間にか陽だまり亭へ紛れ込んでいたレジーナがノーマの背後で「言ぅたったわ」みたいな満足気な表情をさらしている。

 そして、ノーマのいるテーブルの斜め後ろの席へ座る。……同じテーブル座れよ。面倒くせぇな。

 

「あ、普通はん、注文えぇか? ウチ、『お好み焼き~弟妹には絶対言えない長女の恥ずかしい話を添えて~』を一つ頼むわ」

「添えないですよ!? 墓場まで持っていってやるです、その話は!」

 

 ロレッタが厨房へ戻ると、レジーナは「ぐでれぇ~」と机に突っ伏した。

 

「なぁ、聞いたってやぁ……」

 

 愚痴りたいらしい。

 斜め後ろの席に座られたせいで、ノーマは椅子を引いて体を後方へ向けなければいけない。……あ、席を立ってレジーナの向かいに座った。面倒見いいなぁ、ノーマは。「ならお前が、こっち座れよ」とか言わないもんな。

 

「おサルはんの妹の知的幼女はん……あ、『知的はぁはぁ幼女はん』いるやん?」

「なんで言い直した? 『はぁはぁ』いらなかっただろ」

「自分の心の声を代弁したったんやん」

「代弁できてねぇし、余計なことしなくていいから話続けろや」

 

 誰が知的幼女にはぁはぁするか。…………ハビエルはするだろうけどな。

 

「目ぇの具合が良ぅなってなぁ、おぼろげながら物のシルエットが認識できるようになったんや」

「へぇ。あのテレサって娘、ついに見えるようになったんかぃね? よかったさねぇ」

「店長はんが朝となく夜となく、栄養のある料理をご馳走してはるさかいな」

「いえ、わたしはただ、ヤシロさんに指定された物を作っているだけですよ。おかげというなら、ヤシロさんです」

 

 いいタイミングで戻ってきたジネットがスムーズに話に加わり、ノーマの目の前にニンニクたっぷりのビフテキを置く。隣にはかっちかっちのパン。

 

「そんなに精つけて……キツネはん、今晩はどんだけハッスル……」

「レジーナ。今アタシの手元に鈍器並みに硬いパンがあるんさよ?」

 

 武器を掲げ『黙れ』と脅迫するノーマ。

 やっぱ武器としての需要の方が高いよな、あの黒パンは。

 

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