そして、やって来た、美味しいケーキを出すお店。
「まぁ、そうだろうなとは思ったけどね」
「ここのケーキが一番美味い。この店知ってるか? 四十二区で今話題のお店なんだぜ?」
「へぇ~、そうなんだー。なんてお店なのかなー?」
「『陽だまり亭』っていうんだぜ」
「はは、知ってるよ」
「なんだ、この小芝居」
よく分からないままに始まった小芝居に、二人して笑う。
「それじゃ、レディーファーストで……」
「へぇ、そんな気の回し方も出来るんだね。感心感心」
ドアに手をかけ、そっと開く。
エステラを先に中へと入れ、俺はその後ろから続いて入店した。
「「「いらっしゃいませ。ようこそ陽だまり亭へ」」」
落ち着いたデザインのメイド服を着た、可愛い店員が出迎えてくれる。
「あ、新作だね」
「はい。ティータイム用の制服なんです」
今後、陽だまり亭では、朝からランチまでと、ティータイムからディナーまで、ディナー以降の三つの時間帯でそれぞれ別の制服を着ることにしたのだ。
その時々の雰囲気に合うようにという配慮だ。
ランチはガッツリ食いたいし、ティータイムはのんびりと、そしてディナー以降は大人の雰囲気で食事を楽しむ。そのための演出なのだ。
「……予約、承っている。こっちへ」
マグダが俺たちを奥の座席へと誘導してくれる。
店内にはほんのり甘い香りが漂っている。
「お手持ちの花束は、こちらに飾ることが出来るです。どうぞご利用くださいです」
「へぇ。花瓶まで貸し出すんだね」
「水は入ってないけどな」
デートをするなら花束を持って誘いに来てほしい。
エステラが垣間見せた女の子らしい一面。そいつはおそらく、この街に住む多くの女子の憧れなのだろう。
で、あるならば、ケーキという最先端のスウィーツを食べに来る恋人たちは花束を持っている可能性が高い。オシャレなスウィーツに敏感に反応するヤツは、きっと女の子の気持ちを理解できるヤツに違いなく、そういうヤツはデートのお約束を蔑ろにはしないからだ。
セロンに頼んで、サイズの違う花瓶を数種類用意してもらった。
一輪挿しから、誕生日の時にジネットがもらったくらいの巨大花束まで、どんなサイズでも花の見栄えがよくなるようにサイズを選べるようにしたのだ。
で、持って帰る時に服が濡れないよう、水は入れない。希望すれば入れるけどな。
「お客様」
俺たちが席に着くと、ジネットがメニューを持ってテーブルにやって来た。
ティータイムのメニューは壁に張ったりはしないのだ。
「メニューでございます」
いつもと変わらない柔らかい声で、でもほんの少し高貴な雰囲気を醸し出しつつ、ジネットがメニューを差し出してくる。
こいつも楽しんでいるようだな。口の端が少し緩んでいる。
「えっ!? ……こんなにいっぱいあるの?」
メニューには、七種類のケーキに加え、紅茶の名前が載っている。
紅茶は、ナタリアに頼んで領主御用達の茶園を紹介してもらったのだ。
「見返りは……そうですねぇ…………ケーキが食べたいなぁ……」
……今度、ナタリアにもご馳走してやらなきゃいけないんだろうな…………
「けど、名前だけじゃどんなものなのか想像できないよ……」
「でしたら、こちらを……マグダさん」
「……了解」
ジネットに呼ばれて、マグダがトレーを持ってやって来る。
トレーにはベッコ作のケーキの食品サンプルが、色彩鮮やかに並んでいる。まるで本物のようだ。間違えて口にしても不思議じゃない。
「ど……どうしよう…………余計に決められなくなっちゃったよ…………」
これだ。これこそが狙いなのだ。
ハーフサイズのケーキをセットで提供……というのもいいのだが、ケーキが完全に浸透するまでは出し惜しみすることにした。
こうして、「どれにしよう」と悩み、悩みに悩んで、切り捨ててしまった他のケーキを、「すぐまた食べに来なきゃ!」と思わせる作戦だ。
「ねぇ、ヤシロ。どれがいいと思う?」
こいつ、決められなくて丸投げしてきやがったな。
「ショートケーキは前に食べたよな?」
「うん! 美味しかったぁ……」
「じゃあ違うのにするか」
「え、でも……あの時は人数が多くて一人分はすごく少なかったし…………」
「じゃあショートケーキにするか?」
「でもでも! 他の物も食べてみたいしっ!」
「じゃあどれにするんだよ?」
「………………おすすめは?」
結局丸投げか。
「チーズケーキかな」
「……美味しい?」
「当然だ」
「じゃあ……うん、それにする」
「かしこまりました」
悩むエステラを微笑ましそうに見つめ、ずっと待っていたジネット。
今度は俺に視線を向けてくる。
「ヤシロさ…………お客様はどうなさいますか?」
一応、これはデートでもあり、陽だまり亭にとってのデモンストレーションでもあるのだ。本番を想定して、一連の流れを確認する意味合いがある。
なので、ジネットも必要以上にかしこまっているのだろう。
「じゃ、モンブランで」
「なんで!? チーズケーキがおすすめなんだよね!?」
「いや、だって。お前がチーズケーキ食うんだろ?」
「はっ!? ……本当はそのモンブランが一番美味しいんじゃ……」
こいつは、俺のことをそういう目でしか見られなくなっているんじゃないだろうな?
「……お客様」
猜疑心にまみれた視線で俺を見つめるエステラに、マグダがそっと耳打ちをする。
「……二人で別の物を食べれば……『ねぇ、そっちも食べてみたい』『じゃあ、一口交換な』『うん』『はい、あ~ん』『あ~ん…………美味しい!』『おいおい、ほっぺたにクリームがついてるぞ』……が、出来る」
「ヤシロ。モンブランにするといいよ」
この娘……企みが透けて見え過ぎなんじゃない?
「では、少々お待ちください」
ジネットとマグダが厨房へ引っ込み、しばらくすると、ロレッタがティーセットを持って出てきた。
やはり、ケーキは紅茶とセットで食べたいものだ。
「セット価格なんだね」
「お得感あるだろ?」
「でも、単品もあるんだ?」
「基本、セットで注文されるだろうが、単品でいいってヤツもいるだろうから、一応な」
彼女がケーキセットで俺はお茶だけで、ってヤツもいるだろう。
ラグジュアリーのように、単品しかなく、しかもお高いなんてのは落第点だ。
「しかも、紅茶の一杯目は店員が入れてくれる」
「どうして?」
「お嬢様気分に浸れるだろう?」
「…………? ボクは、別に」
そりゃ、お前は普段がそうだからだよ。
「こ、紅茶を、お入れしますです!」
「ロレッタ、緊張し過ぎだよ。もっとリラックスして」
カチャカチャと音を立てるティーセット。ロレッタは力み過ぎだ。
「そう。高いところから落とすように。よく空気を含ませて……うん、上手だよ」
エステラが紅茶の入れ方をレクチャーしている。
そこはさすがというか、慣れたものだ。
「出来たです! ヘイ、お待ちっ!」
「うん。最後で台無しだね」
ロレッタ。再教育決定。
「あ、美味しい。ウチのと同じ味だ」
「ナタリアに教えてもらった茶園のお茶だからな」
……ケーキ奢りと引き換えに。
「淹れ方も教わったのかい? 香りがいいね」
「淹れ方は俺流だ。悪くないだろ?」
「うん、今度ウチでも淹れてほしいくらいだよ」
「タダ働きは御免だね」
くすくすと笑い、紅茶を嗜むエステラ。
こうしていると、本当にお嬢様なんだよなぁと思う。
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