異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

155話 トラブルを呼び込む体質 -1-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:4,448

 エステラと二人、並んで川へと向かう。

 ジネットは一度陽だまり亭へ戻り、マグダたちに事情を話してから追いかけてくることになっている。マグダたちも、いろいろ気にしているだろうからな。

 

 教会を越え、街道をさらに進む。

 

「本当に綺麗になったよね」

「俺か? ありがとう」

「そんなわけないだろう……道だよ」

「お前、まだ言ってんのか? 街道が整備されて、もう随分経つだろう?」

「それでも、嬉しいんだよ」

 

 両サイドに光るレンガが配置された広い道。幾筋も車輪の跡が付いてはいるが、轍にはならず平らなままだ。ウーマロ陣頭指揮の元、ハムっ子たちが頑張って整備してくれたおかげで、どんな重い馬車が通っても道が荒れることはない。……とはいえ、定期的に整備し直しているのだがな。

 ちなみに、道路整備には木こりギルドと狩猟ギルドから少々の寄付をもらっている。

 よく使うという理由で、それぞれのギルド長直々に申し出てくれたのだ。

 

「昔はさ、雨が降ればぬかるんで、晴れが続けばヒビ割れていたんだよ、この道は」

「そしてデコボコだから、お前はよく転んでたよな」

「そっ、……そんなに転んでないよ」

 

 俺の知る限りでも、何度か転んで全身ずぶ濡れになってたろうが。

 

「覚えているかい? ヤップロックの家に行く道が整備されていない酷い状態だったことを」

「あぁ。領主の怠慢でなぁ……気の毒だった」

「……君の記憶力の良さと底意地の悪さには本当に舌を巻く思いだよ」

 

 小柄で軽いヤップロックたちオコジョ人族一家の体重では地面が踏み固められず、雑草が伸び放題になっていた。

 あの時は酷い雨が降っていて、足元がびしゃびしゃになったっけな。

 

「その時オメロが手伝ってくれたんだよね」

「いや、それは違う。あれは、オメロの依頼を聞き入れ、その見返りとして労働で返してもらったんだ。依頼料みたいなもんだから、一切感謝する必要はない」

 

 雨が続いて漁が出来なくなっていたデリアが、金欠に悩んだあげくオメロを川に沈めようとしていた時――俺は一切間違ったことは言っていない――俺がデリアに陽だまり亭のバイトを斡旋してやったのだ。その時命を救われたオメロは俺に感謝しながら労働に勤しんだというわけだ。

 

「まぁ、さすがに今年は去年みたいなことはないだろうがな」

 

 雨も降っていないし、デリアも去年とは違い蓄えもあるだろう。

 四十二区はこの一年で全体的に裕福になったのだ。

 

 

 ……だというのに。

 

 

 街道から川へと続く道の途中に、オメロをはじめとした川漁ギルドの男たちが数十人、深刻な表情でたむろしていた。

 遠目で見ても、あからさまに「何かトラブルがありました」みたいな空気が充満している。

 

「雨が降り過ぎても降らな過ぎても、何かしらトラブルを抱え込んでしまうみたいだね、彼らは」

「なんというか……お前といると、しょっちゅうこういうトラブルに巻き込まれる気がするんだが」

「今の言葉、そっくりそのまま返すよ。『ヤシロの行く先にトラブルあり』っていうのは、四十二区の中では常識だよ?」

 

 いやいや、絶対お前が持ち込んだトラブルの方が多いだろう。

 俺はいつも巻き込まれる可哀想な被害者だ。

 

「あっ! あ…………あぁ…………っ!」

 

 俺たちが近付いていくと、川漁ギルドの連中が一斉にこちらを見て、オメロが変な声を上げ始めた。

 ……なんだよ、辛気臭い顔をして。気味の悪い連中だな。

 

「兄ちゃんっ!」

「ぅげっ、こっち来た!?」

 

 オメロが、両目尻から壊れたスプリンクラーみたいに涙を撒き散らしながら突進してきやがった。

 他のオッサンどももそれに続く。

 

 あまりにもあんまりなオッサン密度に逃げることも敵わず、俺はオメロに捕らえられる。……というか、オメロが俺の手前2メートルくらいから地面にスライディング正座して、勢いそのままに突っ込んできたのだ。怖いっ!

 そして、俺の腰をがっちりキャッチ。だから、怖いって!

 

「遅いっ! 遅ぇよ、兄ちゃんよぉ! オ、オレッ、オレらが、どんんんんんだけ兄ちゃんを待っていたか!」

「なんだよ!? なんなんだよ!?」

「もっと早く会いに来てくれよぉ!」

「オッサンに言われても一切嬉しくない言葉を泣きながら吐くな!」

「ぅう…………でも、会えて嬉しいぜぇぇえぇえええええん、びぇぇええええん!」

「だぁ~からっ! オッサンに言われても嬉しくねぇんだ、そういうセリフ! あと泣くな!」

 

 俺にしがみついて号泣するオメロ。

 それを取り囲むようにずらりと居並ぶ川漁ギルドのオッサンたちも、皆自身の腕に顔を埋めて泣いていた。

 

 なんなんだよ、この異様な暑苦しい光景は!?

 

「ヤシロ」

 

 野太いオッサンの嗚咽に混じって、エステラが清々しい声で俺の名を呼ぶ。

 振り返ると、軽やかなウィンクと共に「ね?」という短い言葉を送ってきた。そして。

 

「トラブルの渦中にいるのはいつも君だろ?」

 

 嬉しそうにそんなことを抜かしやがった。

 ……違う。俺はどう見ても被害者で、呼び込んでいるのは俺以外のヤツなのに、結果的にいつも俺が押しつけられるだけなのだ。

 

 と、いうかだな……なんでかなぁ………いつの間にこんなオッサンどもに泣きつかれるほど気に入られちまったんだろうな、俺。

 

「…………心の底から、すっげぇ聞きたくないんだけど…………何があった?」

「親方の機嫌が最悪なんだよぉぉぉおいおいおぃおぃ……」

「自分らでなんとかしろよ、それくらい!」

「それが出来りゃあ、苦労しねぇよ!」

 

 出来なきゃダメだろう、そこは。

 

「やっぱり、川の水位が下がったことで、漁に影響が出ているのかい?」

 

 安全圏からオメロに問いかけるエステラ。

 ……お前もこっち来いよ。このオッサンの輪の中に踏み込んできやがれ。

 

「ぐず…………、あぁ、まぁそれもあるんだが…………なんつぅか……もう、ずっと不機嫌なんだ」

 

 で、ず~~~っと不機嫌な自分たちのリーダーに理由を確認することも出来ずに、こんなところで束になって沈んだ顔をさらしてたわけか。……お前ら、「意気地」って言葉知ってるか?

 

「今、親方に会うのは危険だからよぉ、ここにいて、川に行こうとしてるヤツがいたら説得して帰ってもらってたんだよ」

「それで、街道に続く道の前にいたんだね」

 

 オメロたちがここにたむろしていられるってことは、川漁は行われていないのだろう。

 発散するあてもなく、イライラを溜め込んでいるんだろうな、デリアは。

 

「そんなに思い詰めていたんなら、どうしてヤシロに会いに行かなかったのさ?」

「おい、待てエステラ。トラブルがあったら真っ先に領主のところに行くもんだろうが」

「陽だまり亭の方が近いじゃないか」

「陽だまり亭は飯を食うところだ! よろず悩み相談所じゃねぇ」

「それがなぁ……、どっちにも行けない理由があったんだよ」

 

 深ぁ~いため息を漏らしてオメロが肩を落とす。

 燃え尽きてるなぁ、こいつはいっつも。

 

「親方がな……兄ちゃんと領主様には会いに行くな……って」

「どこの封建社会だよ、お前らのギルド……」

 

 王様の言うことは絶対なのか?

 逆らうと極刑にでも処されるというのか。

 

「親方の言いつけを破ると……」

「「「洗われる…………」」」

「いや、それオメロだけじゃねぇの!?」

 

 川漁ギルドのオッサンたちが揃いも揃って怯えている。

 川漁ギルドの言う「洗われる」って、具体的に何されるんだよ……

 

「だからよぉ、俺たちは毎日ここに立って、ずっとずっっっっっっと、陽だまり亭に向かって念を送ってたんだよ。『兄ちゃん来てくれぇ~!』ってな」

「あ~残念。全然伝わってなかったわ、その念」

 

 なんなら今もなお伝わってないしな。

 

「オメロは分かってないな。ヤシロを呼びたいなら、ここで巨乳を揺らせばすぐだったのに」

「いやいや、いくら兄ちゃんでも、これだけ離れた場所で揺れたそんな音までは聞き分け………………られ、るのか?」

 

 なんで、「こいつならあり得ないとも言い切れない!?」みたいな顔してくれてんだ。ねぇよ。

 

「とにかく、兄ちゃん。あとのことはよろしく頼む!」

「いや、んなこと言われても……」

「「「よろしくお願いしますっ!」」」

「おいおい……」

 

 なんだ、この回避不可能な精神攻撃。

 ここで拒否ったら、こいつら毎晩毎晩ずぶ濡れの姿で俺の夢枕に立つんじゃないか?

 そして、柳の葉のように両方の手首から先をだら~んとさせて、「あ~ら~わ~れ~たぁ~……」って。

 それで、毎朝目覚めると枕元がぐっしょり濡れてて……う~っわ、掃除がメンドクセェ。

 

「……分かったよ。どうせデリアに会いに来たんだし、話を聞いといてやるよ」

「兄ちゃん! 大好きだっ!」

「ちっとも嬉しくねぇっ!」

「「「大好きですっ!」」」

「だから嬉しくねぇって!」

 

 こんな暑苦しいオッサンに囲まれてそんなこと言われても、恐怖と不快感以外の感情が湧いてこねぇっての!

 

「じゃ、オレら、これからなるべく遠ぉ~~~~くに避難するから。出来れば今日中になんとかしてくれな」

「……あのなぁ」

「もし無理なら家に立てこもるから、親方の機嫌が直ったら呼びに来てくれ」

「ビビり過ぎだろう!?」

「嵐が来れば家に閉じこもるのは当たり前だろう!?」

「デリアは自然災害かよ……」

 

 最初のお通夜みたいな辛気臭い表情はどこへやら、川漁ギルドの連中はなんとも晴れやかな表情になって解散していった。……なんでもう解決した後みたいな顔してやがんだ、あいつらは?

 

「信頼されてるね」

「あぁ……料金を取りたいくらいにな」

 

『デリア保険』とか始めたら、俺、一財産築けんじゃねぇか?

 

「とりあえず、デリアに会いに行こうか……」

「行く前から疲れてどうするのさ?」

「傍観者が何を抜かしてやがる……この薄情者」

「あはは。仲良しの戯れを邪魔しちゃ悪いと思ったまでさ」

「まったく、情まで薄いヤツだ!」

「……他にどこが薄いのかな、ボクは? ん? 言ってごらんよ?」

 

 ふん。どんなに睨んでも、さっきのオメロたちのオッサン光線に比べれば可愛いもんだ。

 むしろどんどん睨め!

 もっと見つめるがいい!

 

 オッサンより百倍マシ!

 オッサンに比べたらエステラは天使みたいだ!

 NOオッサン! YESエステラ!

 

「あぁ、エステラは可愛いなぁ……」

「ふえぇっ!? な、なんだよ、急に!? ……べ、別にそんなおべっか使わなくても、そんなに怒ってるわけじゃないのに……ヤシロはちょっと気にし過ぎだよ……ふふっ」

「エステラはオッサンより可愛い」

「もうちょっと気にしてくれるかな、ボクの気持ちとか、そういうのをさぁ!?」

 

 感情の起伏が激しく、突然大声を出したりする。

 こいつは心療内科とかにかかった方がいいんじゃないか?

 ストレスが溜まってるんだろうなぁ。現代人なんだなぁ。

 

「エステラ。ストレスを溜め込むのはよくないぞ」

「君が常識的な思考を身に付けてくれるだけで随分と解消されると思うよ、ボクのストレスは」

 

 重く深いため息を吐いて、エステラは川へと向かって歩き始める。

 その背中を追うように俺も進み、そして、川の上流、デリアに初めて出会った絶好の鮭漁ポイントにて、デリアを発見した。

 やっぱ、デリアはこの場所が好きなんだな。だいたいここにいる。

 

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