異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

156話 デリアの思い -3-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:4,686

「ミ、ミリィッ!?」

 

 デリアの肩がビクッと跳ねる。

 エステラを解放し、慌てて俺の背中に身を隠す。

 ……はみ出てる、はみ出てる。

 

「お、怒りに来たのかな?」

 

 それはないって。

 

「な、殴られたらどうしよう?」

 

 いやいやいや、それだけは絶対ないから。

 

「どれくらいの強さで反撃すればいい?」

「やめてあげて、ミリィ飛んでっちゃうから……」

 

 やられると反撃はするんだな。

 

「じゃ、じゃあ……我慢して受ける……」

 

 いや、だから……

 

「大丈夫だから、ミリィの話を聞いてやれって」

「でも……」

「デリア。いいか、よく聞けよ?」

 

 こんなに怯えているデリアは初めてだ。

 嫌われるってことが、本当に怖いらしい。

 

 だから、少しだけ勇気をやろう。特別だぞ?

 今回だけ特別に……請求はエステラに行くようにしてやる。

 

「俺が『大丈夫』って言ってんだから、絶対大丈夫だ」

 

 前髪から覗く瞳を見つめて、力強く頷いてやる。

 ミリィは怒ってない。むしろ、お前と同じ気持ちなんだよ。

「怒ってないかな?」「嫌われたらヤだな」ってな。

 

 その証拠に、見てみろよ、ミリィの手を。

 両手で大切そうに握られた、あの可愛らしい袋を。

 

 断言してやろう。

 五分以内に、お前たちはちゃんと仲直りをしている。………………いや、やっぱ十分以内にする。うん、ゆとりは必要だからな。

 

「う……うん。ヤシロがそう言うなら…………信じる」

 

 俺の背中から身を離し、背筋をまっすぐに伸ばす。

 大きな胸が天を突くようにババンと張り出し、なんかもうわっほ~い。

 キリッとした表情は、ギルドを代表する責任者の風格を纏い、端正な顔立ちのデリアを一層美しく見せる。

 そんな中、いまだ残る微かな不安に震える唇が、可愛らしさを添えていたりもするわけだが……

 

 大丈夫。デリアならこんな不安、乗り切れるさ。

 俺はお前を信じているぞ。

 

「ねぇ、ヤシロ……デリアを励ます間に一回だけふざけたこと考えなかった?」

「なんの話だ?」

「いや、一瞬だけ顔つきが『わっほ~い』みたいな感じに…………いや、なんでもない」

 

 エステラめ……鋭いヤツだ。

 まぁ、エステラのことはどうでもいい。

 

「ほら、デリア。行ってやれよ」

「あ、あぁ……分かってる……って」

 

 デリアが動かない。

 背筋を伸ばし、胸を張って、目を逸らしている。……往生際の悪い。

 

「おーい、ミリィ! こっちまで来てくれ。デリアが話したいってよ~!」

「ちょっ!? ヤシロ!? ま、まだ、心の準備が……っ!?」

 

 慌てふためくデリア。

 しかし、ミリィは小さな歩幅で、しっかりと一歩一歩こちらへと近付いてくる。

 

 ミリィが接近するにつれ、デリアの動揺は大きくなり、ミリィの緊張した息遣いが聞こえるくらいにまで接近した時、その緊張はピークに達したようで…………フリーズした。

 まるで、美しい彫刻のように雄々しい立ち姿で固まっているデリア。

 ……その張り出した乳は揉み放題だと解釈していいのか?

 

「ぁ……ぁの、ね……でりあ、さん」

「ほぅっ、お、おぉ! ミリィか!? 奇遇だな、こんなところで!」

 

 奇遇なわけないだろう……落ち着けよ、デリア。

 

「ぁ……ぅん…………奇遇、だね」

 

 乗っからなくていいから。

 変な気を遣わなくていいんだぞ、ミリィ。

 

 そして、お互いの顔を見つめ合ってもじもじもじもじ……微妙な空気が辺りを包み込んでいく。

 

「……ヤシロ」

 

 エステラが背後から近付いてきて、俺の脇腹を肘で小突く。

 

「……君が招いた状況なんだから、責任取りなよ」

「俺が言わなくても、こうならなきゃ始まんないし終わらなかったろうが」

「……いいから。任せたよ」

 

 何がいいものか……ったく。

 

「ミリィ」

「は、はぃっ? な……なに、てんとうむしさん」

 

 ミリィも言いたいことはあるんだろう。

 だが、第一声というのはどうしても勇気がいる。

 

 きっかけがあれば楽なんだろうが。

 

 なので、そのきっかけを、俺が与えてやる。

 

「デリアに渡したい物があるんだろ?」

 

 その、両手で大切に握りしめている可愛い袋。

 渡してやれば大喜びするぞ。

 

「ぅ、……ぅん」

 

 俯き、唇を噛みしめ……意を決したように顔を上げる。

 

「ぁの、でりあさん……っ」

「な、なんだ!?」

「もし、迷惑だったら……その……ごめんなさい、けど……ぁの…………これ、よかったら……」

「……え?」

 

 両腕を伸ばし、可愛らしい袋を差し出すミリィ。

 デリアは状況が把握できずに、俺へと視線を寄越す。

 

 頷いてやると、恐る恐る、その袋へと手を伸ばした。

 

「開けてみろよ。きっと喜ぶから」

「……う、うん」

 

 俺が背中を押してやると、デリアはそろりそろりと袋を開ける。

 

「……………………あっ!?」

 

 そして、中身が何かを知ると、勢いよく手を突っ込んで一粒摘まみ出した。

 

「ネクター飴だぁ!」

 

 それは、デリアの大好物。甘い甘い、ネクター飴だった。

 三十五区の花園にあるやたらと美味い花の蜜をブレンドしたとても甘い蜜の味。

 それを飴にすることで長くその甘さを楽しめる。

 

 デリアみたいな甘党には堪らないお菓子だ。

 

「こ、これっ、あ、あたいにくれるのか!?」

「ぅ、ぅん。……喜んでくれると……ぅれしい……な?」

「喜ぶ! 嬉しい! やったぁ! あたい、これ好きなんだぁ! 美味しいよなぁ!」

「ぇ、ぇへへ……『美味しい』って言ってくれて、ありがと、ね?」

「こっちこそありがとうだよ、ミリィ!」

 

 ネクター飴を見て急上昇したテンションのまま、デリアはミリィの手を取る。

 

 

 そして、はたと我に返り、固まってしまった。

 

 

 顔を合わせづらいと思っていた、嫌われたくないと思っていた、謝らなければと思っていた相手が、今、目の前にいる。

 そんな状況を、急に突きつけられて、デリアの思考は停止してしまったのだろう。

 

「あ…………いや、……あの……」

 

 いつもは歯切れのいいデリアの言葉も、今日ばかりは濁る。

 言いたいことが喉の奥でつかえて出てこない。

 

 そんな自分に焦りと苛立ちを覚えて……微かに涙が浮かぶ。

 

 デリアの今の気持ち、少し分かる。そういうことは、誰しも経験したことがあるはずだ。

 そして、その感情は――

 

「ぁの、ね…………みりぃ、ずっと謝りたかったの」

「…………へ?」

「でりあさんの気持ち、無視して自分たちの話ばっかりして……ごめんなさい」

「……っ!?」

 

 ――優しさに触れれば一瞬で瓦解する。

 

「あっ、あたいの方こそ…………ごめんよぉおおっ! あたい、ミリィに、酷いことっ、言って…………ごめんなぁぁああっ!」

「ぅうん、ちがう、ちがうよっ、でりあさん、悪くない、ょ? ぁの、みりぃ……ぐすっ、みりぃも、ひどいこと言って…………でりあさん悲しませて……」

「ミリィも悪くないもんんんっ!」

「はいはい。どっちも悪くないから。ね?」

 

 お互いに自分を責め続け、相手に嫌われることを恐れ続けていた。

 ところが、実際話してみれば責められるどころか謝られて、優しい言葉をかけられて……そりゃ泣いちゃうよな。デリアとミリィだもんな。

 デリアは、体はデカいけれど、心はミリィと大差ない、少女のようにもろいんだ。

 

「ほら、二人とも。もう大丈夫だから。これで仲直りできたよね? もう、泣かなくていいんだよ」

 

 緊張から解放されて涙を流す二人の『少女』を、エステラが慰める。

 二人の『少女』はエステラの真っ平らな胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。

 

「……ヤシロ。今、何考えてた?」

「お前がいてくれてよかったなぁって。俺には真似できねぇもん、それ」

「…………絶対、違うこと考えてたね」

 

 なんでこんな感動的な場面で邪推するのかねぇ……ちょっとぺったんこだって思っただけなのに………………ホント、鋭いヤツだ。

 

「あ、あのな、ミリィ! あたいさ、ミリィのとこの手伝い、何か出来ないかなってずっと考えてたんだ! たまに、川でミリィを見かけてさ……なんか、疲れてるみたいに見えたから……だからな、なんか出来ないかなって」

「ぅん……ありがと」

「けどあたい、そういうのよく分かんなくてさ……」

「みりぃも、よくわかんない、よ。どうすればいいのかなって、いっつも悩んでる……お揃いだね」

「あぁ。お揃いだな」

 

 顔を近付けて、涙で赤く染まった目を細めて笑い合う。

 

 無事に和解できてよかったな。

 まぁ、話を聞いて、和解は容易だろうとは思っていたが。

 こういう時は、一回思い切って、顔を突き合わせりゃどうにかなっちまうもんなんだよ。

 特に、デリアやミリィみたいな、『ジネット寄り』な人種の場合はな。

 

 俺やエステラみたいなタイプじゃ、そう素直にはいかないかもしれないけどな。

 

「けどな、もう大丈夫だぞ!」

 

 デリアが「でん!」と胸を叩き、盛大に「ぽよぉおん!」と揺らす。ナイスッ!

 

「……ヤシロ。うるさい」

 

 おかしい。

 俺は一言も言葉を発していないはずなのに……エステラ、変な能力に目覚めたんじゃないか?

 

「なにか、いい方法を思いついた、の?」

「いいや。あたいにはさっぱりだ」

「でも……大丈夫、なの?」

「あぁ!」

 

 そして、自信満々にデリアは俺を指さした。

 

「ヤシロがなんとかしてくれるって!」

「んんっ!?」

 

 なんだ、この丸投げ、無茶ぶりは!?

 

「さっき言ってくれたんだ。『俺が「大丈夫」って言ってんだから、絶対大丈夫だ』って!」

 

 いや、言ったけど!

 それって、ミリィとの和解の話であって、水不足関係ないよね!?

 

「川を堰き止めずに、ミリィたちの苦労も解消してくれる、なんかすごいこと考えてくれるって! な、ヤシロ!? そうなんだろ!?」

 

 …………いやいやいや。

 なに、俺って殿様に無茶ぶりされ続けるとんち坊主か何かなの?

 

「あ~……デリア、お前はきっと、極度の心労と緊張で記憶に齟齬が生じてるんだ。その直前にエステラの小難しい話を聞いていたのも影響してるかもしれないな。いいか、俺が『大丈夫だ』って言ったのはな……」

「…………違う、のか?」

 

 うわぁ……卑怯だわぁ…………その顔、すげぇ卑怯だわぁ……ジネットに負けず劣らず超ズルい。なんなら隣でミリィがおんなじような顔してんのがさらに凶悪。

 え、なに? 君ら『かわいいテロ』とかあちこち振り撒く闇の組織かなんか?

 

 あぁ、もう………………っ!

 

「…………善処する」

「やったぁ!」

「ぁりがとう、てんとうむしさん!」

 

 もう解決したみたいな喜び方しやがって……

 

「さて、これが君にどんな利益をもたらすのか、楽しみだねぇ」

 

 うるせぇよ、エステラ。にやにやした顔でこっち見んな。

 

 くそ。この街に俺の天敵が増えてきてないか?

 なんだかんだと反発はしてみるものの、結局こうなるんだな…………

 

 だがまぁ、あいつとあいつを利用すれば、なんとかならないこともない……って方法なら思いついたけどな。

 さて、一体どうやって………………俺に持ちかけられたこの面倒くさい事態をそいつらに押しつけるか……

 

 なんてことを考えていると――

 

「ヤシロさーん! みなさーん!」

 

 堤防からジネットの声が聞こえてきた。

 陽だまり亭七号店を曳いたマグダとロレッタ。そしてウーマロとハムっ子、さらにどこで拾ってきたのかモーマットとイメルダまでを引き連れて。

 

「なぁ……ヤシロ。今度は何をする気なんだ?」

 

 突然やって来た大所帯に、デリアの口元がヒクつく。

 各方面に摩擦が生じている今だからこそ不安になっているのだろうが……モーマットもいるし……でもまぁ、心配すんな。

 

「何って、決まってるだろ?」

 

 時刻はそろそろ夕刻。

 随分と店を空けちまったが……まぁ、今日は大目に見てもらおう。

 

 夕刻にすることと言ったらそう多くはない。

 

「飯を食うんだよ」

 

 腹一杯美味いものを食って、それから落ち着いて話せばいろんなわだかまりも溶けるだろうよ。

 

 それに、デリア。お前は運がいいぞ。

 ジネットに感謝するんだな。頼もしい連中を連れてきてくれた。

 

 

 今回の一件、もう解決したようなもんだ。

 

 

 

 

 

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