「フォ………………フォークが浮かんでいますわっ!?」
ジネットが持ってきたもの。
それはミートソースパスタだった。ただし、ソースの絡まったパスタを持ち上げたフォークが、重力に逆らうように宙に浮いているのだ。
「ど、どどどど、どうなっていますの!? 見えない人がフォークを支えていますの!?」
見えない人ってなんだよ。そんな気味の悪いヤツ置いておくかよ。即座に叩き出して玄関に盛り塩するわ。
「ヤ、ヤシロッ、これは?」
エステラも驚いて俺に駆け寄ってくる。
こいつの正体を知っているのは、俺たち陽だまり亭の従業員と彫刻家のベッコ・ヌヴー、そしてスペシャルサンクスのレジーナだけだ。
もっとも、ベッコはもはや彫刻家ではなく『蝋芸術家』とでも呼ぶべきだろうが。
そう。このフォークが浮かんだパスタの正体、そして、ここに並んでいる料理は――
「食品サンプルだ」
「食品……サンプル?」
これらはすべて、蝋で出来た精巧な偽物なのだ。
デパートの中のレストランでお馴染みの、あの食品サンプルだ。
「こ、これが、全部…………偽物?」
イメルダが驚いてそばにあったチキンカツに指で触れる。
「…………本当ですわ、じゃあ、こっちも!? これも!?」
そうして、目の前にある料理に次々触れていく。
どれもこれも、すべてが蝋で出来た偽物だ。
ベッコが「大量に余っている」と言っていた蝋を可能な限り精製し、それを使って作り上げたのだ。
本物そっくりな形と共に重要になるのが、本物そっくりな色なのだが、そこはレジーナに頼んで食紅を作ってもらったのだ。
飲み間違え防止のためにと、レジーナは錠剤に色をつけることがあった。そこでピンと来たのだ。薬に色をつけるのは食紅に違いないと。ならば、他の色も作れないかと。
結果は素晴らしいものだった。
おかげで、どこから見ても本物にしか見えない食品サンプルが出来上がったのだ。
「こいつは、たとえ十年、百年放置しても朽ち果てることはない。もっとも、しっかりと保管する必要はあるだろうけどな」
蝋で出来てるのだから食べることはもちろん出来ない。その代わり腐ることもないのだ。
……まぁ、寂れた商店街にある蕎麦屋で、悲しいくらいに薄汚れた「おいおい、これ客を呼ぶ気ねぇだろ」みたいな残念な食品サンプルもあるっちゃあるけどな。
「すげぇ……本当に偽物だ」
「この距離で見ても本物にしか見えない……」
木こりたちが興味津々に食品サンプルを眺める中、イメルダの動きが止まっていた。
ピクリともせず、俯いたまま静止している。
「…………ここに並んでいるものは、実在しますの?」
「あぁ。どれもこれも、みんなこの店のメニューだ」
食品サンプルを作るにあたり、ジネットに実際作ってもらったものばかりだ。
なにせベッコは『自分の目で見たもの』をそっくりそのまま再現することは出来るが、見ていないものを想像で作ることは出来ないのだ。
ここに並んでいるのは、実際にジネットが作ったものの精巧なコピーなのだ。
「ジネットも、ご苦労だったな」
「いえ。お料理はわたしの生きがいですから」
そう言って微笑むジネット。
当然、サンプル作成のために作った料理は後ほど従業員で美味しくいただいたぞ。
「……そう、ですの…………実在……するんですの……」
イメルダの肩が小刻みに震え始める。
「……ワタクシは、美しいものが好きなんですの。特に、美しいお料理が大好きですわ……ですが、お料理は一口食べた瞬間完璧な美しさを損なってしまう。食べ差しのお料理の美しくないこと……食べ残しの醜さ……完食した後の、空いた食器の虚しさ……それらがどうしても好きにはなれなかったんですの」
ポツリポツリと、イメルダが語り始める。
「これまでも、目に美しいお料理には幾度も出会いましたわ……その度に、ワタクシはやり切れない思いに胸が張り裂けそうでしたの。ワタクシは、美しいお料理を、美しいまま、ずっと残しておきたいんですの! 美しければ美しいほど、その思いは強まりましたわ! ……ですが、それは不可能なこと……食べなければ、お料理は朽ちていき…………無残な姿に変わり果てる……」
「ん、まぁ…………永久不変なものなんか、あり得ねぇからな。これだって時間が経てば……」
「分かりますわ、それくらい! 汚れもするでしょう、壊れることもあるでしょう……それでもワタクシは…………今……………………感動しています……わ」
顔を上げたイメルダは、ボロボロと泣いていた。
「これと同じお料理がいただきたいですわ! このお料理の味が知りたい、香りを嗅ぎたい、食感を楽しみたいですわ! そして、……これを見て、その度に何度でも何度でも幸福な気持ちに浸りたいたいですわ」
自分で食う分はなくなってしまうが……サンプルがあればまた思い出せる、か。
こいつ日本にいたら、出てきた料理を全部写メに収めてブログとかで味の感想とか載せちゃうタイプなのかもな。
こっちの世界じゃ、現物を見なければその姿を見ることは出来ないからな。
悲しくなる気持ちは、ちょっと分かる。
「店長さん!」
「はい」
「ここにあるもの、全部いただけますかしら?」
「もちろんです!」
ジネットが注文を受けると、木こりたちが一斉に手を上げた。
「じゃあ俺、ミートソースパスタ!」
「あぁ、俺も俺も!」
「俺もそれ! 二つ!」
あんなに空気だったミートソースパスタに注文が殺到している…………計画通りっ!
食品サンプルを作る際、俺は絶対にパスタだけは作ると決めていたのだ。
食品サンプルのパスタは、子供なら誰もが興味を惹かれるものだからな。
こっちでも絶対注目されると確信していた。
これで、パスタが売れるっ!
ちょっとしたアレンジで種類が豊富に用意できる、コスパ最強のパスタがなっ!
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