「あの……英雄様」
「なんだ、セロン?」
「なぜ、僕は狩猟ギルドの支部で正座をさせられているのでしょうか?」
四十二区の狩猟ギルド支部。
そこの硬い床に、セロンが正座している。
周りを取り囲むのは厳つい顔の野郎ども。
どうしてこんな状況になっているのか、当のセロンは理解していないようだ。
理由が知りたいか?
しょうがないなぁ、今回だけ特別だぞ?
「非常に愉快なプロポーズをしやがって」
「えっ!? 自分ではかなりやりきった気分だったのですが……?」
衝撃を受けたような表情を見せるセロンに俺が衝撃を受ける。
マジでか、お前!?
なんだ、この残念イケメン!?
「俺も質問していいか?」
と、怖い顔をしてウッセが会話に割り込んでくる。
怖い顔だなぁ……コワメンだな。
「質問を許可しよう」
「偉っそうに…………お前ら、なんでここにいる?」
「そこに山があるからさっ!」
「ねぇよ! 室内だ!」
「それでしたら、私も聞きたいのですが……なぜ私はここに呼ばれたのでしょうか?」
と、シニカルな笑みを浮かべるブタメン、アッスントが尋ねてくる。
「そこに山があるからさっ!」
「……今日は、それで押し切るおつもりなんですか、ヤシロさん?」
アッスントをはじめ、この場に集った精鋭たちが揃いも揃って苦笑いを漏らす。
精鋭たちの内訳は、ウッセ、アッスント、モーマット、ウーマロ、ベッコにパーシーだ。
そして、俺と、正座しているセロンの計八名が狩猟ギルド四十二区支部の執務室で顔を突き合わせている。
ザ・メンズの集い。
実に男くさい絵面だが、今回はこれでいい。あえてこういうラインナップにしたのだ。
「お前らを男と見込んで、この残念イケメンを『漢』にしてやってほしい」
「あの……残念イケメンというのは、僕のことでしょうか?」
他に誰がいる?
野郎で、「天然なところもあってかわいい~」なんてのは高校生までが限界だぞ。二十代も半ばを過ぎて可愛い路線は無理がある。
もっとクールに決めるべきなのだ。
「本当なら、ラグジュアリーのポンペーオとか、スタイリッシュ・ゼノビオスとかを呼んできたかったのだが……さすがに四十二区内の問題で他区の人間に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
ダンディズムという点において、その二名は一定以上の資質を持ち合わせている。群を抜いていると、はっきり認めてやっていいレベルだ。
「いや、つぅかさぁ。オレ、他区の住人なんだけど?」
メイクバッチリ、砂糖工場のパーシーが訳の分からないことを言う。
他区の住人って……
「お前の住まいは養鶏場のそばの空き地だろ? ずっと入り浸ってるじゃねぇか」
「ちょっ!? バッ!? あ、あんちゃん! それは……『しー!』だろ!?」
いやいやいや、全員知ってるし。
つか、お前の四十二区滞在時間は、完全に四十区滞在時間を凌駕してるよな?
砂糖工場は、疑う余地もなく妹のものになっているよな?
「もしよろしければ、風除けのシートでもお譲りしましょうか? お安くしますよ?」
「商売っ気を出すな、アッスント」
空き地にシートって……完全にお家のない人じゃねぇかよ。
「…………値段によるな」
「悩むな、パーシー!」
居座るんじゃねぇよ。家に帰れ、な?
「それで、ヤシロさん。オイラたちはなんで呼ばれたんッスか?」
「お前も見てただろう? こいつのプロポーズの場面を」
「「「「プロポーズ!?」」」」
その事実を知らなかった、ウッセ、アッスント、モーマット、パーシーがセロンに詰め寄り、口々に賞賛の言葉を発する。
「ついに決心したのか!?」
「おめでたいですね」
「やるじゃねぇか! 見直したぜ!」
「うっは! あやかりてぇ! ちょっと触っとこ!」
「いやぁ……お恥ずかしい」
「褒めるな! そして、照れるな!」
今日はそんなほのぼのした会ではないのだ!
ピリッと厳しい、『漢』の会なのだ!
「あんなものは全然ダメだ! 実際、ウェンディにはアレがプロポーズだと明確に伝わってはいない!」
「そう……なのでしょうか?」
「いや、空気で察してはいるだろうが……こう、『ガツン!』と決まってないだろう?」
「『ガツン!』……ですか?」
そうだ。
プロポーズというのは、一生に一度。何十年も心に残る、そういうものでないといけない。
「『ガツン!』と決まったプロポーズでは、相手の女子が…………泣くっ!」
「な、泣くのですか!?」
「感涙だ!」
そして、その涙は……世界一美しい輝きを放っているのだ。
「その涙は、きっと、世界一美しい輝きを放っているんッスね」
「お前と意見が被ると、なんかムカつくな」
「なんでッスか!?」
ポエマー狐め。
そんな臭いセリフを吐いてよく平気でいられるもんだ。俺は口にしてないのでセーフ!
「英雄様!」
セロンが床で正座をしたまま手をついて、俺に真剣な眼差しを向けてくる。
「どこがいけなかったのでしょうか!? どうか、ご教示くださいっ!」
いや、どこがって……
「あ~……まず、人から聞いた言葉をそっくりそのまま真似するのは、なんつうかこう……思いやりに欠けると思わないか?」
「……確かに。僕は、美しい言葉に憧れるあまり……借り物の言葉で話していました」
うん、美しい言葉かどうかはこの際置いておくとして、――つかお前、一回『黄身と白身で乾杯』を採用しようとしてたからな? 美しいかもう一回よく考えてみろ、な?――借り物の言葉でプロポーズというのは、やはり味気ないものだ。
定型文は、大きく外さない代わりに温かみに欠ける。
王道の中にも、オリジナリティが欲しいところだ。
「というわけで、ここに参考意見を出してくれる野郎どもを集めた」
「って、オイ、ヤシロ!?」
ウッセが物凄い勢いで俺の襟首を掴み引き寄せる。
なんだよ、顔近ぇよ、気持ち悪い。あと顔が怖い。
「お前……まさか俺らに女の口説き方を教えてやれとか言うつもりか?」
「さすがウッセ。よく分かってるじゃねぇか」
「ふざけんな! 出来るか、そんな恥ずかしい真似!」
「口説き文句も言えずに、何が狩猟ギルドだ!?」
「テメェは狩猟ギルドをどんな場所だと思ってやがる!?」
あれだろ? ハンティングするんだろ?
「魔獣を狩る勢いで、可愛娘ちゃんを狩ったりするんだろ?」
「するかっ!」
ウッセは顔を真っ赤に染め上げ、湯気でも噴きそうな勢いで怒鳴り散らす。
そんなムキにならなくても……
「セロンは今、人生の岐路に立たされているんだ。協力してやれよ」
「関係ねぇだろ、俺らには!?」
「セロンのプロポーズがイマイチで、結婚が頓挫したらどうする!? 責任を持ってセロンの嫁になってやるのか!?」
「なるかっ! つか、お前が教えてやりゃあいいだろうが!」
「ヤシロはまだ、十六だから」
「だからなんだ!? あと自分を名前で呼ぶな、気持ち悪いっ!」
「……あ、ごめん。十七になったんだった」
「だから、どうでもいいっつってんだろ!?」
そんな非協力的なウッセを援護するように、ウーマロも困惑気な表情で口を開く。
「あの、ヤシロさん。そもそも、プロポーズなんて、貴族がお嬢様を口説く時くらいしかしないもんッスから、オイラたち一般人はそこまでこだわらなくて……」
「だまらっしゃい!」
他所は他所! ウチはウチ!
ここできちんとやり直しをさせておかないと、四十二区に間違ったプロポーズ文化が蔓延することになるのだ。
ツンデレ調だったり、トレンディドラマ調だったり……しかも、そのどちらもが『ヤシロ調』などという誤った認識のもと酷い風評被害を撒き散らすわけだ。
……なんとしても、『俺以外の誰か』による発案で、四十二区の定番を作り上げる必要がある。
「黙って俺に付いてこい」的な、ベタなプロポーズというヤツを。
『俺とは無関係なものとして』定着させる必要がある。
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