「おぉっ!? すげぇ!」
ミリィが連れてきてくれた場所には、何本ものリンゴの木が立ち並び、枝には真っ赤に熟れたリンゴの実がびっしりと生っていた。
こう、たくさん生っていると……ジネットのパンツ桃源郷を思い出すな。
「……てんとうむしさん?」
「大丈夫だぞ!? 考えるだけはセーフだ!」
「……? ぅ、ぅん……たぶん、セーフ……かな?」
よし、お墨付きいただきました。
考えるまではセーフ!
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!
お~っぱいおっぱいおっぱいおっぱいぱ~い!
「……? てんとうむし、さん?」
「さぁ、ミリィ! リンゴを採ろうぜ!」
「ぁ……ぅん!」
いかんいかん。
体の外に何かが漏れ出てたらしい。うん、真面目にリンゴを採ろう。
「これって、手で引きちぎっていいのか?」
「ぁ……待って。いま、はさみ出すから……」
そう言って、ミリィはボストンバッグサイズのポシェットから柄の長~い剪定バサミを取り出した。
高枝切りバサミっぽいの出てきたっ!?
んで、もう一回だけ言うね、それポシェットじゃないよね!? いや、でもミリィが言うならポシェットか!?
「ぁ、ぁのね」
高枝切りバサミっぽいものを抱え、ミリィがもじもじと体を揺する。
「みりぃが、りんごさん採ってきて、ぁげる……ね?」
「え、……あぁ。じゃ、頼む」
「ぅん! 見てて」
言うなり、ミリィは一人でリンゴの木へと向かっていった。
一緒に採った方が早いと思うんだけ…………訂正。俺、足手まといにしかならねぇわ。
ミリィは、のんびりとした、なんだが「ほゎ~ん」とした動きで木の周りをくるくると踊るように移動しているのだが……枝の切れる音がおかしい。
バズズズズズゾゾッゾゾッゾゾッゾズッジャゾズズズッジャバスッスバスッ!
その後リンゴの雨が地面に降り注ぎ――ボドドドドドドドドドドッ!――と、直撃したら痛そうな音を鳴り響かせる。
その降り注ぐリンゴの雨を、ミリィは優~雅にかわし、舞うようにリンゴを枝から切り落とし続けている。
リンゴが地面に降り注ぐ中、チラッチラッと、こちらに視線を向けてくるミリィ。
あぁ、見ててほしいんだな。
小さく拍手などを送ってみる。
「ぁは……っ!」
するとミリィの顔は「ぱぁっ!」っと明るくなり、一層激しく、猛々しく、荒々しく、でもミリィ本人だけはのほほ~んと、リンゴを切り落としていった。
……過激だな、ミリィ。これ、環境破壊じゃないよな?
物の数分で、地面は切り落とされたリンゴに埋め尽くされてしまった。
落下させないで傷が付かないように気を付けた方がよかったんじゃないかと、リンゴを拾い上げてみると……傷など一つも付いていない。……え? なんで?
「ぁ……りんごさんは、優しく扱ってあげてね? 傷付きやすい果物だから」
いやいやいや!
えっ!? じゃあなに!? さっきのミリィのリンゴ乱舞は、リンゴを大切に扱ってたの!?
しかし、事実リンゴには一切傷が付いてない。……すげぇ落下音してたのに…………地面がふわっふわってわけでもないし、石とか枝とか落ちまくってるし、普通に落下させてれば絶対リンゴが傷だらけになってるはずなのに……………………ミリィ、一体何をした!?
俺には一切関知できないところで、プロの技が発揮されていた……そうとしか思えない現象を目の当たりにして、俺は呆然とするしかなかった。
落ちたリンゴを拾い上げるミリィは、砂糖細工を取り扱うかのように優しい手つきをしている。……分からん。一体何が起こっていたのか。
「ぁの…………生花ギルドの人以外には……ちょっと、分からないかも……だよ?」
リンゴが落下しても傷が付いていない理由を尋ねると、そんな答えが返ってきた。
何か複雑な理論でもあるのだろうか。
『物が切れるってつまりどういう原理?』と聞かれても「知るか! ハサミでチョキチョキすりゃあ切れんだよ!」としか説明できない……みたいなこと……で、いいのか?
「ぁの……このワザをマスターしたいなら……その……みりぃのぉウチに住み込んで……三年くらい、修練を積めば……てんとうむしさんにも……出来るかも……だよ?」
どうする?
みたいな視線を向けられるが……いや、そこまでするほどのことでもない。
たぶんこの先、俺がこんな大量のリンゴをくるくる踊りながら収穫することはないだろうからな。
「いや。リンゴが欲しい時はミリィに頼むようにするよ」
「…………そぅ」
なんだかしゅんとして、ミリィが高枝切りバサミっぽいヤツをポシェットにしまう……ポシェット……いや、もう何も言うまい。生花ギルドルールがあるのだ、うん。……でも、ポシェットって……
「なぁ、ミリィ。ポシェットってさ、『小物用の』肩掛けカバン、だよな?」
「ぅん。小物」
と、高枝切りバサミをチラリと見せる。
えぇ……それよりデカいハサミがゴロゴロあるの、生花ギルドって……それもう武器じゃん。
「てんとうむしさん、りんごさんいっぱいほしい?」
「ん?」
リンゴを拾い集めていたミリィが両手で大きなリンゴを持って俺を見上げてくる。
そうだなぁ……
「いっぱいもらおうかな。ミリィが頑張って採ってくれたしな」
「ぅんっ!」
天使のような笑みを見せ、大きなリンゴを俺へと差し出してくる。
受け取ると、リンゴがデカいんじゃなくて、ミリィの手が小さいんだということに気が付いた。まぁ、リンゴもそこそこデカいけどな。
受け取ったリンゴに鼻を近付け、「すぅー」と息を吸い込むと、爽やかな香りが肺に溜まっていく。うはぁ、美味そう……よし。
俺はリンゴの一面を服でごしごしと拭くとガブリと齧りついた。
「うまっ!?」
甘い! すげぇ甘い!
蜜、すっげぇ出てる!
もう少し酸味の強いリンゴを想像していたのだが……
「瑞々しいし、甘い。もっとぱさぱさして喉が渇くかと思いきや、すげぇジューシーで口の中が潤うし……これ、本当にリンゴか?」
「ぇへへ。ぁのね、この森のりんごさんはね、みりぃたちが一所懸命お世話しててね、生花ギルドのね、自慢なんだょ」
褒められた子供のように、やや興奮しながらミリィが言う。実に誇らしげだ。
「ぁの……でも……ちゃんと洗ってから食べた方がいいょ? ずっと外にあったものだし、雨とかにあたってるし……」
「いやいや、ちゃんと拭いたろ?」
「ぁう……拭いても……」
「これで十分なんだよ。俺の故郷ではこうやって食うのが普通だったんだ」
「そぅ……なの?」
もっとも、日本で丸齧りする際は、表面のワックスを拭い落とすって意味合いの方が強かった気がするけどな。
ワックスなんか使わなくてもツヤッツヤだ。
と、俺がリンゴを見つめていると、ミリィも同じくリンゴを見つめていた。俺の持ってるリンゴを。……ちょっと口が開いている。…………うわぁ、指突っ込みてぇ……いや、しないけど。
「食うか?」
「ぇ……でも…………おぎょうぎ、わるく、……ない?」
「外で食う時は、多少ワイルドでもOKなんだよ」
「そぅ……なの?」
「そうなの」
断言すると、ミリィは顔をほころばせ、そっと両手を伸ばしてきた。
俺の齧りかけでいいのか? とも思ったが、まぁ、ミリィが外で丸々一個食い切れるとも思えないし……シェアするか。ミリィの方も、嫌がってる感じじゃないし。
リンゴを渡すと、両手で持ち、ジッと見つめて……遠慮がちに服でリンゴの皮を拭く。
そして、恐る恐る、小さな口で齧りついた。
かしゅ……っ。
遠慮がちな音を立てて、リンゴを齧るミリィ。その甘みが口に広がっていくのに合わせて、ミリィの顔にも笑みが広がっていく。
「……ぁまぁ~ぃ」
幸せそうに笑うミリィ。
どこか照れたような顔で俺を見上げて、いつもとは少し雰囲気の違う笑みを浮かべる。
「……なんだかね…………わるいことをしてるみたいで……ちょっと、ドキドキするね」
リンゴの丸齧りは行儀が悪い、そう思っているのかもしれないな。
まぁ、日本でもあんまり行儀がいいとは思われないか。悪くもないと思うが。
今までしたことがなかった行為に、ミリィは少しだけ高揚感を覚えているようだった。
……俺色に染めてやりたくなるな、なんだか。
「それじゃ、この後どうする?」
「ぁ……ぁのね…………」
二つの歯形がついたリンゴを持って、ミリィがもじもじと肩を揺らす。
何か、言い出しにくいことを言おうとしているようだ。
窺うように、上目遣いの大きな瞳が俺を見上げてくる。
「みりぃ……デートのときは…………ケーキ、食べたいなぁ……って、思ってた……」
おねだりか。
いいだろう!
美味しい物を食べさせてあげるから、ちょっとオジサンについておいでよ、でへへ!
うそうそ。
もっと健全な気持ちで、ミリィをケーキに誘おうではないか。
「それじゃあ、この街で一番美味いケーキを出す店に行こうか」
「ぅん! 陽だまり亭、行きたいっ」
上機嫌なミリィと手を繋ぎ、俺たちは森を後にする。
あの大量のリンゴは、ミリィが肩に下げているカバンの中にすべて収まっている。
…………相当重いと思うんだけど…………ミリィはにこにことしてそんな素振りを見せもしない。
……獣人族って、やっぱ反則だよな。…………ミリィは虫人族だけど。
こうして、大量のリンゴと大量のハチミツを手に入れた俺たちは、ジネットとレジーナをはじめ、様々な人間を巻き込んで試行錯誤を繰り返した結果……美味いカレーを完成させた。
作業工程は割愛する。
…………地獄絵図だったからな。
「辛ー!?」「今度は甘っ!?」「まずっ!?」「臭っ!?」みたいな感じでな……はは、苦労したぁ……
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