そして、すべての経緯を話し終え、メドラが空気を切り替えるように息を吸い込んだ。それだけで場の空気がピリッと引き締まったような気がした。
「今回の一連の騒動、アタシに責任が無いとは思っちゃいない! ウチのバカどもが仕出かしたことは、責任者であるアタシの監督不行き届きだ! きっちり詫びを入れさせてもらう! すまなかった!」
誰よりも漢らしい土下座を見せるメドラ。
筋肉どもには、これが一番効いたかもしれない。尊敬し、心酔するメドラに土下座をさせてしまったのだ。自分たちの愚かさを恥じて、もう二度とこんな愚行は繰り返さないだろう。
「だが、これだけは分かっておくれ! リカルドには責任はない! あの子は何もしちゃいない! アタシが勝手に視察を指示したんだ。リカルドに言われてやったことじゃない! 全部アタシが、アタシの考えでやったことだ! リカルドは、このことを知りもしなかったんだ! 信用できないなら、アタシに『精霊の審判』をかけてくれても構わないよ!」
ザワッ……と、空気が波打つ。
筋肉たちが不安そうな表情を見せる。
メドラほどの人物が『精霊の審判』を受けることなど、これまではなかったのだろう。
メドラにそんなことをしようとすれば、たちまちのうちに狩猟ギルドの連中に叩きのめされるだろうからな。
今、メドラは己の人生を差し出した。
信じていても、不安は拭えない。万が一という可能性を否定できないからだ。
もし俺が今、メドラに指を向けたら……筋肉たちは飛びかかってくるだろう。俺の息の根を止めようとするに違いない。それくらい必死に、他の何を犠牲にしてでも、『精霊の審判』は阻止したいものなのだ。
そいつを脅し以外で使う勇気は、ちょっとやそっとでは出せねぇな。
メドラの人生は、俺には重過ぎる。背負い込む覚悟もねぇしな。
「メドラ。お前の言葉を信じるよ」
ほっ……と、空気が弛緩する。
安堵の空気が、波紋のように広がっていく。
そもそも、『単純に気に入らないから』以外で、リカルドが四十二区のケーキを邪魔する理由が無いんだよな。
今の話を聞けば、「あぁ、なるほどな」と納得できる。
こちらから見れば、すべてが関係づけられた大きなうねりに見えた数々の事象も、蓋を開けてみれば勘違いと思い込みと、個人的な欲求が折り重なっておかしな方向にぶっ飛んでいってしまった結果だったってわけだ。
案外、現実とはそういうものなのかもしれない。ドラマじゃないからこそ、ふとしたきっかけで思いもよらない方向へ突き抜けてしまう。
だが、恐ろしいのはそれらの感情が『積み重なっていく』ということだ。
積み重ねて、高く積み上がってしまったら……そいつはいつか崩れ落ちてしまう。
そうなる前に、危ないものは除去してやった方がいい。
誰の目から見ても明らかで、白黒ついて、尚且つ誰もがスッキリする……そんな方法で。
「とりあえず分かったよ。この件に関してリカルドを責めることはしない。約束しよう」
「そうかい……ありがとうね、ダーリン」
「……ダーリンやめない?」
「名前で呼ぶのは……恥ずかしいじゃないか」
照れるな、おぞましい!
つか、ダーリンの方がよっぽど恥ずかしいわ。
「だが、俺らにだけ謝るんじゃなくて、迷惑をかけたカンタルチカと檸檬に……」
「もちろんだ。これから行って、丁寧に謝罪をしてくる。許してもらえるように、誠意を込めてね」
「そっか」
迷惑をかけたすべての者に、一軒一軒、真摯に対応していくつもりらしい。
「だが、まずはあんたに聞いてほしかったんだ」
メドラが薄く笑みを浮かべる。
どこまでも潔い性格をしている。
「謝罪だけで気が済まないなら、アタシのことを、煮るなり焼くなり、慰み者にするなり、好きにしておくれ!」
「いや、それはいい」
「そう言わずに!」
「いらねっつってんだろ!?」
「好きにしておくれ!」
「ちょっと意味深になってんじゃねぇか、そのワード!」
「滅茶苦茶にしておくれ!」
「だから怖ぇっつの!」
迫りくる魔神を押し返し、俺はジネットへと視線を向ける。
目の保養……でもあるのだが。
「……ってことで、いいか?」
「はい。もう十分いただきました」
謝罪はもう十分だそうだ。
ま、分かってたけどな、そう言うだろうなって。
怯えるマグダとロレッタにはなるべく触れないようにしつつ、俺はごつい男と、それ以上にごつい女を引き連れてカンタルチカを目指した。
いきなりこんな団体が来たらパウラが泣いちまうからな。
俺が間に入って説明をしてやったのだ。
それからまた、盛大な土下座が繰り広げられた。
最初は汚物を見るような目でゴロツキどもを睨んでいたパウラだったが……
「まぁ、ギルド長さんがそこまで言ってくれるなら……許してあげてもいい、かな。もう二度としないって誓ってくれるならね!」
「「「「はいっ! 誓いますっ!」」」」
床に這いつくばる筋肉たちの絶叫。
……トラウマになりそうだ。
その後檸檬へ移動し、同じような土下座を繰り広げ……この騒動は終結した。
……と、思ったのだが。
「よぉし、あんたら! 今日一日は、ご迷惑をおかけしたお店でタダ働きしておいで! どんな仕事も嫌がらず喜んで引き受け、人が嫌がる仕事は率先してやらせていただくこと! 分かったね!?」
「「はいっ! ママッ!」」
「「「「うっす! 了解っす!」」」」
メドラが……なんか不吉なことを言い出した……
「ね、ねぇ、ヤシロ……もしかしてだけど…………手伝わせろって、こと?」
「……みたいだな」
「いや、ムリムリムリ! ウチ、あんな筋肉置いとくとこない!」
インテリア扱いかよ……
そして、悪夢のような一日が始まった……
「通行人ども、よくお聞き!」
カンタルチカの前でメドラが大声を張り上げる。
「あんたらぁ、今日の飯はカンタルチカか、陽だまり亭で食いな! そして、食後には檸檬でデザートを食べるんだ! いいかい、分かったね!?」
「「「「「はいっ!」」」」」
なぜか、四十二区の住人たちまでもがメドラの命令に従順に従う。
これが、カリスマ性…………いや、恐怖だな、うん。
「全~員~整~列~!」
軍隊もかくやという、見事な足並みであっという間に通行人の隊列が組まれる。
なに……軍事演習?
「一番から十八番までは店内に入んな! 残りはここで待機だよ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
この状況……メドラと四十二区の住民、どっちが異常なんだろうな?
「ヤシロー!」
筋肉とオッサンどもに埋め尽くされたカンタルチカから、パウラが泣きそうな顔で駆けてくる。
「すごいお客さんの量!? なにこれ!? どうすればいいの!?」
「とりあえず、普通に営業しとけ」
「筋肉がいるだけで全然普通じゃないんだけど!?」
「コキ使ってやれよ」
「もう! 他人事だと思って!」
ぷぅ! と頬を膨らませるパウラ。
だが、店にお客さんが溢れ返ってとても嬉しそうだった。尻尾がパタパタしている。
「ん? ダーリン、尻尾が好きなのかい? よしきた!」
「やめてください。お願いします」
「そう遠慮すんじゃないよ!」
「やめないと四十二区の出入りを禁止するぞ」
「ん~ん! 控え目なところも好感触だよ、ダ~リン」
ぞわぞわぞわ……
「ヤシロ……あんた……」
「違うぞ。とにかく、違うから」
俺と同じく、メドラの言葉でぞわぞわしているパウラ。
そんな目で見ないでくれ……俺、泣いちゃうぞ。
「パウラの姐さぁーん!」
「誰が姐さんよ!?」
店の入り口から、ガタイのいい男がパウラを呼ぶ。
「店、回ってないです! 戻ってきてくださぁーい!」
「もう! なんでこれだけの数で回んなくなるのよ!? しょうがないなぁ!」
ぷりぷり怒りながらも、パウラは楽しそうな顔で店へと戻っていった。
きっとあのゴロツキどもは、このあと一日きっちりとしごかれて、午後にはそれなりの接客が出来るようになっているだろう。
パウラなら、そういうところをうまくやる。
「それじゃ、アタシらも行こうかね」
「……行くって、どこにだよ?」
大通りに二人。俺とメドラは並んで立っている。
嫌な予感しかしないメドラの言葉に、自然と顔が引き攣ってしまう……
「陽だまり亭は、アタシが手伝ってやる!」
正直…………今すぐ帰ってほしい……っ。
「さぁ、行くよ! もりもり働かないと、客は待ってくれやしないからねぇ!」
首根っこを掴まえられ、俺は引き摺られるようにして陽だまり亭へと戻った……いや、連行されていった。
その日一日限定で……陽だまり亭に新しいウェイトレスが誕生した…………ご指名、してみるか?
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