異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

388話 試行錯誤 -1-

公開日時: 2022年9月14日(水) 20:01
文字数:4,227

「ただいまっ!」

 

 エステラがにっこにこ顔で陽だまり亭へやって来る。

 マグダたち屋台チームも上機嫌だ。

 

「……当然完売させてきた」

「物凄い盛り上がりだったです! あっ、あんかけかた焼きそばを作ってるところあったですよ!」

「ただいま戻りました。ヤーくん、ジネット姉様。テレサさんは先にお家へお送りしてまいりました。エステラ姉様たちもお付き合いくださったんですよ。ヤーくんからもお礼を言ってくださいますか。私たちのためにと申し出てくださったんです」

「ヤシロ様。カンパニュラさんはいくらで売っていただけますか」

「他所の領主候補を買おうとするんじゃねぇよ、ナタリア」

 

 いくら可愛くてもあげません。

 

「どうしたのヤシロ? なんだか眠そうだね」

 

 当たり前のように俺の向かいの席へ座って、エステラが俺の顔を覗き込んでくる。

 まぁ、ぼ~っとはしてるな。

 

「たった今起きてこられたところなんですよ、ヤシロさんは」

「え!? ボクたちが頑張って働いていた時に寝てたの!?」

「……その代わり、お前らがこの後ゆっくり眠っている間中ずっと、ノーマとウクリネスの相手をさせられるんだよ」

「いつもありがとう、ヤシロ。体をいたわって、休める時には休んでね!」

 

 ズルいとでも言いそうだったエステラが手のひらをくるっと返して俺に握手を求めてきた。

 やめい。その握手、応じたらメンドクサ担当に任命されそうで怖ぇんだよ。

 

「ヤシロさん、精油がいい感じになっていますよ」

 

 ジネットが金色に輝く液体の入った小瓶を持ってくる。

 こいつは、マセレーション法という古式ゆかしい――まぁ、昔っから使われている原始的な抽出法で作ったヘリオトロープの精油だ。

 

 ヒマワリの種から抽出したオイルに、潰して柔らかくしたヘリオトロープを入れておく。

 ドライフラワーをオイルに浸けて香りを楽しむマセレーションオイルの応用だな。

 植物の香りがオイルの中に溶け出して香料となる。

 

 ま、数時間浸けただけじゃ気休め程度の香りにしかならないだろうが……

 

「めっちゃいい香りになってる!?」

 

 えっ!?

 いやいや!

 おかしくない!?

 

 数日かけて作ったマセレーションオイルでもここまで強い香りはしないぞ!?

 なに? どんな化学反応!?

 もしかして、ヘリオトロープによく似た魔草だった!?

 

「わぁ、いい香りですね」

「すごく甘い香りだね。ボク、こういうの好きだなぁ」

「むはぁ! 本当にすごく美味しそうな香りです!」

「……いっき、いっき、いっき」

「マグダ姉様、いくらロレッタ姉様といえど、さすがに油の一気飲みは危険だと思いますよ」

 

 カンパニュラが止めるが、多少の無茶は許容範囲と認識してる物言いだな、アレは。

 カンパニュラのことだから、正確に「ここまではセーフ!」という線引きをしているのだろう。

 さすがロレッタだ。カンパニュラにも弄られる余地があるのか。

 

 いや、それよりも……

 

「本当は、申し訳程度の香りでも付けばラッキーって思ってたんだが……」

「ここまで香りがついたのは想定外なのかい?」

「あぁ。だから、ミリィに頼んで蒸留法でちゃんとした精油を作ってもらうことになってるんだ」

 

 蒸留法で作ったエッセンシャルオイルは純度が高く、純粋な香りを堪能できる。

 植物油の中に香りが溶け込むマセレーションオイルよりも、よりダイレクトにヘリオトロープの香りが楽しめるだろうと思ったのだが……このマセレーションオイルで十分だな。

 

「じゃあ、上の二人が起きる前にハンドクリームの試作を始めるか」

 

 材料はレジーナからもらってきている。

 より肌に優しく、しっとりと保湿力の高くなる配合を考えたとかで、品質はかなりいいものになっている。

 もっとも、俺がここで作れば品質は面白いほど落ちてしまうが……まぁ、試作品だし、本製品にする時には専用の工場を作る予定なので問題はないだろう。

 

 工場の建設、運営は行商ギルドが全面バックアップしてくれる。

 もともと、商品を作るために様々な工場を作ってきたのが行商ギルドであり、ノウハウはかなりの量蓄積されている。

 

 なので、丸投げでいいだろう。

 アッスントなら、きちんと利益の出る体制を整える。

 俺は新事業を立ち上げ、それを適所へ販売する。あとのことはその道のプロがやってくれる。

 

 これで、行商ギルドから売り上げの一部が領主へと流れ、そこから俺へと幾分か入ってくる。

 エステラを噛ませているのは、後々の権利とか管理が面倒だからだ。

 俺のおかげで儲けているのだから、俺のわがままくらい喜んで聞いてくれればいいのによぉ。おっぱいカーニバルとか。でなければおっぱいフェスティバルとか!

 

「おっぱい感謝祭サンクスギヴィング!」

「君のもたらした改革による貢献のほとんどが逮捕免除に消えているのはもったいない事実だよね」

「はい。領主への貢献がなければ今頃懲役刑の真っ只中でしょうね、ヤシロ様は」

「なんだ、領主の前でおっぱいの話をするのは重罪か!? 羨ましいからか!」

「その不敬な態度が問題なんだよ!」

「エステラ様の前でおっぱいの話をするのは、殺人未遂に等しい行為です」

「そこまで心抉られていないから!」

「「いや、抉れてるけど?」」

「君たちは二人まとめて投獄されたいのかい!?」

「ナタリアが牢屋でも真っ裸で寝るならな!」

「はい、私は牢屋でも真っ裸で寝ます!」

「今日からの十日間で、ボクが君たちをきっちりと教育し直してあげるよ!」

「もう、ヤシロさん。……ダメですよ」

 

 ぺきょっと、額を押してくるジネット。

 また俺ばっかり。

 ナタリアだって全力疾走で暴走してただろうに、今。

 

「お兄ちゃん、試作品を作るなら、あたしがお手伝いしてあげるです!」

「……マグダも、きっとそういうのは得意」

「疲れてねぇのかよ?」

「陽だまり亭で鍛えられたあたしたちは、イベントくらいじゃ疲れないです!」

「……余裕のヨシュア・レイフォード」

 

 だから、誰なんだよ、ヨシュア・レイフォード。

 

「じゃあ、今日あったおもしろエピソードでも聞かせてくれ」

「あ、それはわたしも聞きたいです」

「任せてです! とっておきのお話があるですよ」

「……第一回、担々麺の乱」

「あぁ、その話はあたしがしたいです!」

「あぁ、確かにアレはすごかったよね」

 

 エステラも知っているようで、口元がちょっと笑っている。

 

「では、お茶を用意しますね。みなさん、お腹は平気ですか?」

「食べたは食べたんだけど……なんか、小腹が空いてる感じがするんだよね」

 

 イベントで物を食うとそうなる時がある。

 飲み会の後、家に帰ってからお茶漬けが食いたくなる感じだな。

 

「では、軽いお食事を用意しますね」

「うん。ありがとうね、ジネットちゃん」

「お手伝いいたします」

「ありがとうございます、ナタリアさん。では小鉢の用意を――」

「……では、ロレッタはお風呂の用意を、カンパニュラはマグダと一緒に閉店準備を」

「合点承知です! あたし、もう一人でお風呂沸かせるですからね!」

「では、私がテーブルを拭いておきますね、マグダ姉様」

 

 ぱっと役割分担がなされ、各人が散らばっていく。

 

「で、一人働かない領主なのであった」

「ボクは君の監視役だよ」

「目の保養してるだけじゃねぇか」

「あれ、知らないのかい? 視力って、酷使しても強靱にはならないんだよ」

 

 あぁいえばこう言う。

 口の減らないヤツだ。

 乳は減りきってるくせに!

 

「イベントはどうだった?」

「大盛況だったよ」

 

 人が捌け、二人きりになったので試作の準備をしながら聞いてみる。

 

「『BU』からもたくさん人が来ていてね、アトラクションには長蛇の列が出来ていたよ。明日も、人出は減らないだろうね」

「入場料取っとけばよかったのに」

「ホントだね。あ、ミスター・オルフェンも来てたんだよ。会場を見て、入場料を取ることに自信を見出してた」

 

 ま、小規模ながらも、テーマパークでやろうとしていることをそのまんまやってるわけだからな。

 そこが人気なら、三十一区のテーマパークに手応えを感じるのも頷ける。

 

「ちょっと惜しくなったか?」

 

 三十一区より先にテーマパークを作ることも、四十二区なら出来るだろう。

 そうすれば、客をごっそり奪い取れる。

 

「まぁ、もったいない気はするけど、でもやっぱり、テーマパークは三十一区に任せるよ」

 

 会場の狂乱でも思い出したのか、エステラは「にししっ」と嬉しそうに笑う。

 

「ウチの領民たちはお祭りが大好き過ぎるからね。常設しちゃうと経済が停滞しちゃうもん」

 

 おぉ、誰にも強要されていない素の「もん」が出たな。

 エステラは最近、こういう油断したような表情をよく見せる。

 

「エステラ、か~わいい~」

「へぅ!? な、なにさ、急に!?」

「『しちゃうもん』だって」

「そ、そんなこと言った、ボク?」

「言ったもん」

「うわぁ、可愛くな~い」

「そんなことないもん。可愛いもん。ミリィとお揃いだもん」

「なんでミリィ? ……あぁ、そういえば生花ギルドの人が何か言ってたな。君がミリィに悪さしたんだね?」

「悪さはしてねぇよ。可愛さを添加しただけだ」

「悪さじゃないか。ミリィの可愛さを独占するのは重罪だよ」

 

 くつくつと笑い、生花ギルドと話した内容を教えてくれる。

 ゴムの木とヘリオトロープを空いている土地に移植して管理するという話だ。

 

 ゴムの木は東側の、レジーナの家の近くに移植するらしい。

 

「ヘリオトロープも東側にと思ったんだけど、大通りからこっちへ少し入ったところにある空き地を利用しようと思うんだ。ミリィが通いやすいように」

「そうだな。うまくいけば株を増やして香料用に栽培することになるからな」

「土地は領主と生花ギルドの共同出資ということになったよ」

 

 つまり、格安で貸し出すということだな。

 

「お人好しは破産するぞ」

「大丈夫だよ。十二分に利益の見込める投資だからね。ばっちり売れる商品を頼むよ」

 

 まぁ、適度に頑張るさ。

 四十二区の財政破綻なんて御免だからな。

 

「万事うまくいったら、いつかまとめてご褒美をあげるよ」

「じゃあ、真っ裸で首にリボンを――」

「却下」

「しょうがねぇ。真っ裸でおっぱいをリボンで隠すように――」

「却下」

「大丈夫だ。その際、おっぱいには立体的に見えるトリックアートを施してやるから」

「その話、もうちょっと詳しく」

「『却下』って言えや」

 

 食いついてんじゃねぇよ。

 

「楽しそうですね」

「あぁ。おっぱいの話で盛り上がってな」

「ボクは盛り上がってないよ!?」

 

 お茶と軽食を持って戻ってきたジネットに「めっ、ですよ」と軽く叱られ、夕飯にはちょっと遅い、夜食をいただいた。

 

 炙った鯛が載った、贅沢な鯛茶漬けだった。

 

 うまーっ!

 

 

 

 

 

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