イベントの前日……その日のことを、こう表現する者が多い…………修羅場、と。
「ごめん、ジネット! ちょっと後ろ留めて!」
「あ、はい! あの、ネフェリーさんのが終わり次第向かいますので、少々お待ちを!」
「店長さん! パウラさんのはあたしがやるです!」
「ではお願いします、ロレッタさん!」
「ちょいと待ちな、マグダ! それじゃあパンツ丸出しさね!?」
「……セクシー」
「バカなこと言ってないで、こっち来るさね! 直してやっからさぁ」
「おや、デリアさん。胸が今にもはちきれそうですね」
「そうなんだよ……なんか苦しくてさぁ……」
「エステラ様が言ってみたい言葉ランキング第四位のセリフですね」
「勝手に決めないでくれるかな、ナタリア!?」
実に賑々しい。
…………隣の部屋は。
「くそぉ! なぜ俺はこっちの部屋で、ムサイ男どもと一緒にいなければいけないんだっ!?」
「当たり前ッスよ!?」
「聞けば、この建物……ヤシロ氏の覗き防止のために殊更壁を頑丈に作ってあるらしいでござるぞ」
「ウーマロ、貴様ぁ!?」
「だから当たり前ッスって!」
ウーマロが裏切りやがった。
こっちからは丸見えなのに向こうからは見えない、マジックミラー的なものでも作っておいてくれればいいものを……気の利かないヤツだ。
「おいおい、あんちゃんさぁ。レディの着替えを覗こうなんてのは、ちょっとどうかって思っちゃうぜ?」
今日もアイメイクがバッチリ決まったパーシーが紳士を気取って「チッチッチッ」と舌を鳴らす。
つか……
「なんでいんの?」
「いてもいいだろう!?」
「四十二区のパーティーなのに」
「あんちゃんが俺を呼んだようなもんだろう!? 砂糖、いっぱい貢いだじゃん!?」
マジ泣きが入ったので虐めるのはこの辺にしておく。
料理と一緒に、四十二区中のケーキも食べられる立食パーティー形式にしたため、パーシーの砂糖は大いに役立った。
ケーキは数を集めると途端に華やかになるからな。
「はい、モーマットちゃん。完成」
「お、おぉ……こ、こんな服着るの初めてだぜ……なぁ、ヤシロ。変じゃねぇか?」
パーティー用のタキシードを着せられたモーマットがガチガチに緊張しながら、俺に向かって気をつけをしている。
男性用の正装として、タキシードとスーツの型紙を渡しておいたのだが……
「変だな」
「はっきり言うなよ!」
なんだろう、この違和感。
まぁ、タキシードからワニの顔が生えてりゃ違和感どころの騒ぎじゃないよな。
ちなみに、女子たちのドレスは「ちょっとしたパーティーに着ていける」感じのカクテルドレスやら、もうちょっと違う形のカジュアルなドレスだ。
誰がどれを着ても似合うのだろうなという気はしている。
お披露目が楽しみだ。
「ねぇ~、なんだか胸のところに変なしわが入るんだけど……」
とは、ネフェリーの声だ。
パーシーの耳が「ぴくっ!」と動いた。……スケベめ。
「それでしたら、パッドを入れると綺麗な形になりますよ」
「そうなの?」
「はい。こういう服の場合、形を整えるために使用するのだと、ウクリネスさんがおっしゃっていました。正しい使い方をすれば、とても綺麗に見えるのだそうです」
ジネットがウクリネスに教わった知識を披露している。
ウクリネスは男どもの着付けをしなければいけないため、女子チームはジネットとロレッタが着付けを教えているのだ。
ここ三日間ほど、ウクリネスのところに通い必死に勉強していたらしい。
「あたいも入れた方がいいのか、パッド?」
「デリアさんは、もう入るスペースが…………というか、どうしましょうかね……本当にはち切れそうですね」
見てみたいなぁ、デリアが今どうなっているのかっ!?
「みなさん、あたしの胸元に注目です! これが、エステラさん直伝、正しくパッドを入れた綺麗なおっぱいラインです!」
「「「おぉー!」」」
「さすがエステラ!」
「プロの域ね」
「年季が違いますから」
「……師匠」
「うるさいよ、みんな! あとマグダ、師匠言うな!」
「ねぇ、エステラ! 秘伝のパッド術を伝授してよぉ!」
「私も、教えてほしいなぁ、熟練の技!」
「パウラ、ネフェリー……悪意はないんだろうけど……刺さってるからね」
「年季が違いますから」
「ナタリア、いちいちうるさい!」
本当に賑やかだ。
「なぁ、ヤシロ。エステラ……様は、領主様なんだろ?」
モーマットがハラハラした表情で隣からの声に耳を傾けている。
「パウラもネフェリーも、あんな口の利き方してていいのかよ?」
「いいんだよ。エステラはエステラだ。さっきのお前みたいに、変に距離を取られる方があいつは傷付いちまうぞ」
「そ、そうなのか……」
「そうだよ。だからお前もこれまで通り…………『顔、見たことあるかなぁ?』くらいの関係でいればいいんだよ」
「そこまで知らない仲でもねぇと思うんだけどなぁ、俺もよぉ!?」
モーマットとエステラが仲良く話をしている姿なんか見た記憶がないからなぁ……知り合いの知り合い程度の仲でいいんじゃないのか?
「それではみなさん、準備が出来ましたらヤシロさん……じゃ、なかったですね……ウクリネスさんに見せにまいりましょう!」
「「「「はーい!」」」」
どうやら女子たちは着替えが済んだようだ。
「あらあら。みなさん素直ですねぇ。ねぇ、ヤシロちゃん?」
「うるせぇよ」
ニヤニヤと、ウクリネスが俺に視線を向ける。
こいつは……楽しんでやがるな。
ちなみに、ウクリネスは自他ともに認める『オバサン』であり、「今さら殿方の肌を見てもなんとも思いませんよ。服屋ですもの」というわけで男どもの着付けを行っている。
まぁ、ウクリネスに照れてもな……素っ裸になるわけでもねぇし。
「ヤシロさん……」
遠慮がちにノックの音が響き、扉の向こうからジネットの声が聞こえてくる。
「ちょっと待ってろ。今開ける」
ドア付近にいた男どもを退けて、ウクリネスと共にドアの前まで移動する。
押し開くドアであるため、ドアの向こうの人間にぶつけないように、ゆっくりとドアを開ける。
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