「……鉄板、準備完了」
「火も入れてあるよ」
「鉄板、熱々です! ござるさん、試しに触ってみるです!」
「うむ! 心得……ないでござるよ!?」
屋台の準備は完了していた。
みんなお待ちかねのようだ。表情が期待に輝いている。
「どんなものが出来るのか楽しみですね」
屋台のすぐそばに立つベルティーナも、もはや我慢できないといった表情を…………
「なんでいるんだ、ベルティーナ!? ……さん」
「呼ばれた気がしまして」
呼んでない!
一切呼んでない!
可能性があるとすれば、妹たちから、教会にいる弟妹たちに情報が漏れたってとこか……
「礼拝堂の掃除をしていたら、なんだか甘い香りが漂ってきましたもので」
「あんたの嗅覚どうなってんだ!?」
ここから教会までは徒歩で十分はかかる。
ウチの料理の匂いが届くなんてことはまずあり得ない。……の、だが。ベルティーナならなんとかしてしまいそうなので、これ以上の追及はやめておく。
来てしまったものはしょうがない。
試食会に参加してもらうとしよう。
「じゃあまず、俺が作ってみるから、作り方をよく覚えるんだぞ」
「うん! 任せて!」
ネフェリーを伴い、屋台の裏へと回り込む。
煌々と紅く染まる木炭にあぶられ、鉄板は程よく熱を放っていた。
二種類の鉄板が蝶番で繋がれ、ピタリと重ね合わせることが可能になっている。片方は真っ平らな鉄板だが、もう片方にはゴルフボールくらいの丸いくぼみがいくつも作られて、整然と並んでいる。
そのくぼみへ、先ほど作ったタネを流し込み、ある程度熱したところで、平らな鉄板を重ね合わせ、今度は平らな鉄板側からしばらく熱する。
甘い香りが立ち上り、俺の動きを見守るギャラリーの腹がくぅとなる。
「さて、これで完成だ」
閉じられた鉄板を開くと、ドーム状の可愛らしい焼き菓子が完成する。
こいつの名は、ベビーカステラ。
お祭りの定番であり、俺の大好物だ。
まぁ、カステラがないのにベビーカステラが先に出来るってのも変な感じがするけどな。
「わくわくしますね。そわそわしていますよ」
ベルティーナがベビーカステラを覗き込みながら、体を左右に振っている。
「わくわく、そわそわ、わくわく、そわそわ」
「あぁ、もう! うるせぇな! ちょっと待ってろよ!」
「……………………。わくわく、そわそわ」
「ホントにちょっとしか待たなかったな!?」
ベルティーナには、是非とも妹たちを見習ってもらいたい。
妹たちの方がまだお行儀よく待っているじゃねぇか。……ったく、何十倍も生きてるくせに、全然成長してねぇんだから……
「分かったよ。それじゃあ、召し上が……」
「美味しいですっ!」
「早ぇよっ!」
今、ベルティーナの手は、音速を超えた。
「じゃあ、どんどん焼いていくから、お前らも食え」
「わーい!」
「くうー!」
「こら! 『食べる』です!」
「たべるですー!」
「たべるですー!」
「『です』はいらないです!」
妹たちが大はしゃぎして、ロレッタがそれを窘める。こうしてみると、ちゃんとお姉さんなんだよなぁ。……ロレッタなのに。
「あの、ヤシロさん。お手伝いすることはありますか?」
「ベルティーナ『さん』を抑え込んでくれると嬉しいんだが」
「それは……ちょっとわたしには荷が……」
ベルティーナのすごさを知るジネットは苦笑を漏らすほかない。
まぁ、ベルティーナに関してはもう、寛大な心で諦めるしかないのだ。
「じゃあ、焼くのを手伝ってもらおうかな」
「はい!」
「ちょっと待って! それは私がやる!」
ジネットに手伝いを頼むと、すかさずネフェリーが手伝いを申し出てくる。
「私、本番までにマスターしなきゃいけないしさ」
「それもそうか……じゃあ、ネフェリーが焼いて、ジネットはさっきのタネを追加で作ってきてくれるか?」
「はい。分かりました」
「それじゃあヤシロ、焼き方教えて」
焼いてみたくて仕方ないのか、ネフェリーがぐいぐいと詰め寄ってくる。
ジネットに目配せをすると、すべてを分かっているかのようにこくりと頷き返してくれた。なら、厨房の方は任せてしまおう。
にこりと微笑んでジネットが食堂の中へと戻っていく。
こういうところで、ジネットは非常に空気が読める。実にいい。
「……鳥が攻勢に出た」
「お兄ちゃん、あぁいうのたぶん気付かない人ですよ。鈍感です」
「ジネットちゃんは人がいいからなぁ……それに引き換えヤシロは……」
なんだか向こうで言いたい放題言われている気がする。
アホか。俺はただ、祭りの成功を最優先に考えているだけだ。
この祭りが成功するかどうかで、俺の、そして陽だまり亭の未来が大きく変わるのだからな。
なので、アホどもの戯言は一切合財無視して、俺はネフェリーに焼き方を教えた。
……の、だが。これが、想像以上に骨が折れた。
焼き加減が難しいのだ。
火の調節や、焼き時間、タイミングなど、初体験のネフェリーには分からないことだらけなのだ。
ここに火力調節が楽なガスバーナーと、クッキングタイマーでも存在してくれたら初心者でも簡単に美味しく焼けるのだろうが……そういうわけにはいかない。
なので、体で覚えてもらうしかない。
ネフェリーには、本番までひたすら練習を続けてもらうことになりそうだ。その基盤を作るために、今日は猛特訓をするのだ。
で、そのネフェリーの猛特訓は数時間に及び、次々焼かれていくベビーカステラは、次々にベルティーナの胃袋へと飲み込まれていった。
また腹でも壊さないかと、一瞬不安がよぎったのだが……ベルティーナは涼しい顔をして焼き上がるベビーカステラを平らげていた。
曰く、「前回お腹を壊した後、許容量がぐっと上がったようなのです。レベルアップというヤツですね」だ、そうだ。……バケモノめ。
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