異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

50話 大通り劇場 -6-

公開日時: 2020年11月18日(水) 20:01
文字数:2,645

「お前は本当にバカなんだな」

 

 呆れて物が言えなかったが、なんとか言葉に出来た。

 

「……なんですって?」

「お前は、自分の置かれている場所がまるで見えていない」

「ほほぅ……興味深いご指摘ですね」

 

 勝ちを確信している者特有の、反吐が出そうな笑みを浮かべるアッスント。

 その薄ら笑いを、すぐに消し去ってやるよ。

 

「耳触りのいい言葉で人心を惑わせているのはお前だ、アッスント」

「言いがかりです」

「じゃあ、さっきのお前の言葉を、この俺が特別に、分かりやすく翻訳してやろう」

「ほぅ、伺いましょう」

「要はこういうことだろ? 『お前らは知恵などつけずに黙って搾取され続けていろ』」

「違いますね」

「違わないさ。お前はずっと論点をすり替えて自分のやましいところを誤魔化しているに過ぎん」

「人聞きの悪い……」

「積み上げてきたものを壊すと、生活が成り立たなくなるんだっけか?」

「……その通りでしょうに」

「ならなぜ、陽だまり亭は今もなお営業していられる?」

「それはあなたが奇妙なギルドを作って……」

「そうだ! 俺が作ったんだよ、新しい可能性を! 俺の国では、そういうのをこんな言葉で表現する。『イノベーション』と」

 

 イノベーションのない、守りに入った企業は遠くない未来に衰退し消滅する。

 それは街も国も同じことだ。

 

「イノベーションは未来を切り拓く。マグダ! ロレッタ!」

「……待っていた」

「さぁみなさん! これを食べてみてくださいです! 一度食べたら病みつきになること間違いなしの、夢の国のお菓子ですよっ!」

 

 俺の呼びかけを合図に、売り子スタイルのマグダとロレッタが群集にハニーポップコーンを配り歩く。

 夢の国のお菓子という表現が、なんだか妙にピッタリくる。

 

「そいつは、かつて行商ギルドが『価値のないゴミだ』と烙印を押したもので作られている」

 

 俺の説明の間にも、あちらこちらから「美味しい」の声が上がる。

 

「それから、これを見て!」

 

 バッチリのタイミングでネフェリーが声を張り上げる。

 ネフェリーが掲げて見せているのは、山積みになった大きな卵だ。五十個近くはある。

 

「これはみんな、今朝採れた卵なの! これを産んだニワトリは、かつて卵が産めなくなって『ゴミ』になるはずだった鳥たちよ」

 

 群衆が目を丸くして、大量の卵に視線を送る。

 

「彼が救ってくれたの! 『ゴミ』として処分されるはずだった命を!」

 

 ネフェリーは度胸があり、言葉もうまい。

 こういうのに向いているのかもしれない。いつか大女優になったりしてな。

 

「アッスントの言葉を借りるならば、これらは『新参者の耳触りのいい言葉に唆された結果もたらされた【こんなはずじゃなかった】未来』の形だ。これらは、『ゴミ』として処分されるべきだったのか?」

「…………」

 

 黙秘。

 アッスントは何も言わない。

 なら、畳みかけてやる。

 

「俺たちには『可能性』がある。成功が約束されているわけではない。なんだってそうさ。絶対なんてものはこの世に存在しないんだからな。……だが、望む未来に向かって歩いていく権利と自由は、俺たちに等しく存在している」

 

 誰もが口を閉じ、まぶたを開いて成り行きを見守っている。

 ここが、四十二区のターニングポイントだ。

 

「懸命に働いているここの住民が、まともに生きられないような制度を作りやがって…………なぁ、アッスントよ」

 

 俺は、この街の人間に最も『効く』であろう言葉を投げかける。

 

「お前たちの行いを、精霊神は許してくれると思うか?」

 

 どよめきが起こる。

 ここにいるほとんどの人間が信仰している精霊神。

 その女神が、苦しむ民を見殺しにするなどとは、誰一人として思っていない。

 だから、この場にいる者すべてが「精霊神がそんな非道な行いを許すはずがない」と思うに違いないのだ。

 

「ここにいる者たちには選択肢がある」

 

 アッスントが先ほど言った言葉を全否定する、真逆の意見だ。

 

「このまま行商ギルドと取引を続け、家畜以下の存在に成り下がるのか…………俺たちゴミ回収ギルドと契約をして、イノベーションをその肌で感じるのか……」

 

 ここだ! とばかりに、俺は両腕を大きく広げ、天を仰ぐように高らかに問う。

 

「お前たちは、どうしたい!?」

「「「「ぅぅぅぅううううおおおおおおおっ!!」」」」

 

 野獣のような雄叫びが上がる。

 回答にはなっていないが、これで十分だ。

 

 アッスントの顔から表情が完全に消えていた。

 群衆の心がどちらに向いているかくらい、アッスントなら分かっているはずだ。

 

「それで。どうする、アッスント? こちらの条件をのんで取引を続けるのか……四十二区での売り上げを『0』にするか……」

 

 アッスントの頬を、一粒の汗が伝い落ちていく。

 

 どんなに強気に出ようとも、売り上げを『0』にすることは出来ないだろう。

 最底辺の支部を任されたアッスントが「利益は無しです」と、上に報告できるはずがない。

 こいつのことだ。利益を上げて出世し、中央に食い込んでいこうとでも考えているに違いない。

 こんなところで己のキャリアに傷を付けるわけにはいくまい。

 

「…………分かりました」

 

 ついに、アッスントが折れた。

 

「これまでの額で取引を持続いたしましょう」

「まだ分かってないのか?」

「…………え?」

 

 すっとぼけた顔をしやがって。

 これまでの額というのが、もうすでに搾取するための不平等契約なのだ。

 

「お前は、『取引を継続してやる』立場じゃない。こちらの条件をすべてのんで『なんとか取引を継続してもらう』立場なんだよ」

 

 のらりくらりと核心から逃げ続けてきたアッスントだが、俺はそれを許すほど甘くない。

 今ここで、群衆の前で、はっきりと知らしめておく。

 

「今後は『適正価格』で取引をすること。そして、各品目ごとに商人を変えている今の制度を改め手数料を削減すること。最後に、これがメインなんだが……行商ギルドの得ているマージンの比率をこの先ずっと公開し続けること」

「なっ!?」

「以上の条件を呑むと誓うのなら、取引を継続させてやってもいいぞ」

「どれもこれも無茶苦茶です! 特に、マージンの比率を公開など……企業秘密を衆目にさらすなど言語道断です!」

「そうでなければ、お前たちはまた搾取に走るだろうが」

「…………くっ!」

 

 マージンの比率を公開する、とは。

 簡単に言えば、『○○Rbで買った食材を、□□Rbで売りました。利益は△△Rbです』という詳細を公表するということだ。

 これによって不当な買い叩きや売り渋りが防げ、食材本来の価値が保証される。

 不当な行いが発覚した際は、こちら側が行商ギルドとの取引中断を武器に交渉できるということだ。

 

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