異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

285話 四十二区の過去 -4-

公開日時: 2021年7月31日(土) 20:01
文字数:4,021

「まぁ、これはなぁに?」

 

 翌日。

 俺はムム婆さんたちジジイ5を呼び出した。

 三十五区に住んでいるオルキオとシラハにも手紙を出してもらった。

『みんな集まるけど、よかったら顔出さないか?』と。

 

 貴族とはいえ、ジジイになったオルキオには特にすることがないのだろう。

 シラハと二人、馬車に乗って陽だまり亭へとやって来た。

 

 そこで、俺はジジイ連中に封筒を差し出した。

 とある筋から手に入れた、とてもいい物だ。

 

「開けてみてください」

 

 ジネットが嬉しそうにムム婆さんたちの顔を見ている。

 昨夜。

 ジネットと話し、こいつをジジイたちにプレゼントするという了承は得てある。

 

 まぁ、一応「店長さんとかを誘って~」って言われていたものだから、ジネットにも権利があるかな~って。

 もっとも、ジネットなら二つ返事で譲渡をOKすると思っていたが。

 まさか、「それは素晴らしいアイデアですね! さすがヤシロさんです」なんて大喜びするとは思わなかった。

 

 ジネットも、常々ムム婆さんたちには恩返しがしたいと思っていたところらしい。

 ムム婆さんはともかく、ゼルマルたちジジイには恩返しなんかもったいないと思うけどな。

 

「まぁ、宿泊券? 月の……『月の揺り籠』ですって」

 

 三十五区へ餅つきに行った際、ドニスからもらった高級宿(笑)『月の揺り籠』の宿泊券と、甘酒と豆腐が楽しめる懐古酒場無料飲食券のセットだ。

 

「へぇ、二十四区にある高級宿だね」

「まぁ、オルキオは知っているの?」

「まぁね。ご近所さんだし。泊まったことはないけどね」

 

 もともと、三十五区の貴族だったオルキオ。

 隣り合う二十四区の高級宿の情報は知っていたようだ。

 

「すごいよ、『月の揺り籠』は。なにせ四階建てだからね」

「まぁ、四階? 随分と大きそうねぇ」

「とっても大きいですよ。私も、前を通ったことしかありませんけれど」

 

 シラハが小さな手を口元に添えて微笑む。

 そうしてると年配のレディにしか見えないから怖いよ。

 初めて会った時は、一人で立ち上がることも出来ない肥満体で、二言目には「おかわりぃ~」って言ってた婆さんだったのにな。

 

 人間の貴族であったオルキオと、アゲハチョウ人族のシラハ。

 この二人の結婚は、貴族のちんけな見栄とプライドのせいで長らく悲劇として語り継がれていたのだが、ウェンディの結婚式の準備段階で俺たちが総出でその悲劇をロマンチックな恋物語へと変換させ、現在は夫婦仲良く三十五区で暮らしているのだ。

 

 貴族の家を飛び出したオルキオは四十二区へと流れ着き、ジネットの祖父さんが店長をやっていた陽だまり亭と出会い、この四十二区で独り身の寂しさを紛らわせていた。

 その時に知り合ったんだよな、ジジイ5の連中と。

 

 ジジイ5は、ゼルマル、オルキオ、ボッバ、フロフトという四人のジジイと、ムム婆さんを合わせた陽だまり亭の常連客仲間のことだ。

 ジジババ5と呼んでいたらジネットが、「ムムお婆さんはババアじゃないですよ」と拗ねたので、ジジイ5に呼称を変更した。

 

 ゼルマルたちはジジイでいいんだな。そーなんだな、ジネット。

 

「おいおい、陽だまりの穀潰し」

 

 しわくちゃの顔にさらなるシワを刻み込んで俺を睨んでくるのが、ムム婆さんに恋する片思いジジイ、ゼルマル。

 こいつはもともとこの付近に住んでいたのか……

 

「どういう風の吹き回しじゃい。お前がこんなもんを寄越すなんて」

「なぁに、ただの冥土の土産だ」

「ふん、それだけか?」

「それだけだよ。冥土の土産を受け取ったらさっさと冥土へ旅立てよ」

「誰が旅立つか! お前より長生きしてやるわ!」

 

 そりゃ欲張り過ぎだぞ、ジジイ。

 

「ひゃ~っひゃっひゃっ! 言われてもぅたのぉ、ゼルマルぅ~」

「おんしゃは、まっことここへ来ると元気になるのぉ。まるで倅に会いに来とる祖父さんのようじゃ」

「おいおい、フロフト。『孫』の間違いだろ?」

「結婚もしとらんのに倅も孫もあるか!」

 

 乱暴にカップを持ち上げ、ホットコーヒーをがぶりと煽る。

 わ~ぉ、さすがジジイ。あつあつのコーヒーをごくごくと。きっと熱を感じる器官が死に絶えているのだろう。

 

「まぁ、券は六枚あるが全員で一緒に行く必要はない。それぞれ好きなタイミングで行ってくれ。特にオルキオとシラハは住んでる区も違うし、合わせるのは大変だろう?」

 

 区が違えどタイミングを合わせるのは容易い。

 だが、オルキオはともかく、シラハはこっちの四人とはあまり面識がないのだ。

 六人旅になれば、どうしても疎外感を覚えてしまうだろう。

 オルキオとシラハは二人でまったり行けばいい。

 

「でも、本当にもらっちゃっていいの? ジネットちゃんたちも行きたいんじゃない?」

「いえ。こういう形で、日頃の恩返しが出来ることの方が嬉しいですから。戴き物ですので、あまり大きなことは言えませんけれど」

「そんなことないわ。とっても嬉しい。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわね。ね、それでいいわね、ゼルマル」

「……なんでワシに言うんじゃ」

「あなたはへそ曲がりだから、素直にお礼が言えないでしょう?」

「ひゃ~っひゃっひゃっ! 違いねぇ~のぉ~、ゼルマル」

「おんしゃは、この街一番のへそ曲がりじゃけぇのぉ!」

「じゃかましいわ! ふん…………あぁ、その、なんだ。ありがたく、使わせてもらう。陽だまりの孫」

「はい。帰ったら、お土産話を聞かせてくださいね」

「……楽しみにしておれ」

 

 ジネットは、ゼルマルに対して悪感情を抱いていない。

 自分を見捨てて逃げただなんて、これっぽっちも思っていない。

 まぁ、ジネットは、人を嫌いになったことがないシスターに育てられた、母親似の少女だからな。

 

「あ、ちなみにゼルマル。その券、全部個室だから」

「ぶほぅ!? ごほっごほっ! わ、分かっておるわ、たわけもん!」

「変な期待しないように」

「し、しし、しとらんと言ぅとろぅが!」

 

 是非とも、ボッバとフロフトにも同行してもらわなければ。

 旅先でテンションが上がって――なんて、このジジイならやりかねん。

 

「ボッバ、フロフト。……ゼルマルのオモシロ失敗談、期待してるぞ」

「まかせときぃ~やぁ」

「面白い話、どーんと持って帰って来ちゃるわぁ」

「やかましいぞ、おぬしら!」

 

 騒がしジジイ三人。

 ムム婆さんは、にっこり笑ったまま、自分に不利に働きそうな会話には絶対参加しない。

 この婆さんも、したたかだよなぁ、割と。

 

「オルキオしゃんも、ご一緒したいのではなくて?」

「ん? あぁ……彼らと一緒にいるのは楽しいからね」

「それじゃあ、オルキオしゃんも――」

「でもね、シラぴょん。僕にとっては、君と二人きりの時間も大切なんだよ。他の何にも代えがたいほどにね」

「オルキオしゃん……っ!」

「シラぴょん!」

「ボッバ!」

「フロフトぉ~!」

「混ざらないでくれるかな、二人とも!?」

 

 ひゃっひゃっひゃっと、ボッバの甲高い笑い声が響く。

 こいつらが揃うと賑やかだ。

 ジネットも、ずっと嬉しそうに笑っている。

 

「オルキオさんたちにとっては、近場になってしまいますが」

「いやいや。嬉しいよ。我々世代の憧れの的だったからね、『月の揺り籠』は。今の若い人たちにとっては、少々古くさい印象かもしれないけれどね」

 

 そんなもんなのかね。

 まぁ、そうかもな。古かったし。

 

「私、お豆腐と甘酒が楽しみだわぁ」

「でも、食べ過ぎないように気を付けてくださいね、シラハさん」

「えぇ、そうね。またジネットちゃんのお世話にならなきゃいけなくなるものね」

 

 ダイエットの際、ジネットが泊まり込みでシラハの食事を作っていた。

 その時のことを思い出して笑みを交わすジネットとシラハ。

 

「ねぇ、シラハさん」

 

 そんなシラハに、ムム婆さんが話しかける。

 

「いつか、あなたともゆっくりお話ししたいわ。ご迷惑でなければ」

「迷惑だなんて。こちらこそ、是非お話しさせていただきたいわ。会えなかった間のオルキオしゃんのお話を、是非聞かせてくださいね」

「えぇ、喜んで」

「おいおい。あまり変なことは言わないでくださいよ?」

「あら、オルキオ? そんな変なことを言われる自覚があるの?」

「いや……ふふ。まったく、敵いませんねぇ、ムムさんには」

 

 額を押さえて柔和に微笑むオルキオ。

 やっぱり、仕草の一つ一つに貴族らしい気品を感じる。

 こいつが暇な時にマナー講師にでも雇いたいくらいだ。

 

「ヤシロさん」

 

 ジネットが体を寄せてきて、そっと耳元で呟く。

 

「よかったですね。みなさんが喜んでくださって」

 

 みんなを喜ばせたかったのはお前だろうに。

 

「エビせんべいでも試食させてやったらどうだ? ジジイたちは喜びそうな味だろ」

「そうですね。じゃあ、すぐに準備してきますね」

 

 そう言って厨房へと駆けていくジネット。

 出てくる頃には、ぱりっとしたエビせんべいと、熱いお茶が載ったお盆を持っていることだろう。

 

 さて、と。

 

 ジネットが厨房に入ったのを確認して、俺はムム婆さんに小声で話しかける。

 

「実はな、……大病の話を聞いた」

 

 そう言うと、ムム婆さんと、隣にいたゼルマルの表情が微かに強張った。

 

「ありがとうな。ずっとそばにいてやってくれて」

「…………私は、何も出来なかったわ。自分の身が可愛くて、怖かったのよ。感染しない子供だったジネットちゃんのそばにいることしか……私には」

「それでも、ムム婆さんがそばにいてくれたから、ジネットは心強かったと思うぞ」

「……なら、いいんだけれどね」

 

 そうに決まってる。

 あいつがどれだけムム婆さんに懐いているか。

 ベルティーナ、祖父さんに次いでナンバー3だぞ、きっと。

 

「……それに引き替え、ワシは」

 

 逃げ出した負い目からか、ゼルマルは目を伏せる。

 

「大丈夫だよ、ゼルマル」

 

 そんな顔をする必要はない。

 

「お前、もうすぐ死ぬから、すぐ忘れられると思うし」

「死んでたまるか、クソガキ!」

「なら、元気なうちは通い詰めてやれ」

 

 あいつは、お前のしかめっ面を見るのも結構好きみたいだしな。

 

「……ふん。貴様に言われるまでもないわ」

 

 

 そんなしかめっ面を見て、思わず笑ってしまった。

 このジジイは、当分死にそうにないな。

 

 

 

 

 

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