「大丈夫ですよ、ヤシロさん」
点数表と睨めっこをする俺の腕にジネットの手が触れて、目が合うと優しい微笑みが向けられる。
「確かに点数は低いかもしれませんが、わたしは、ヤシロさんの優しさが一等賞だと思いましたよ」
「う…………そ、そういうの、いいから」
ジネットに優しく言われると無性に小っ恥ずかしくなる。
やっぱテレサのお守りはエステラに丸投げするべきだった。……あいつが乳の無さにこだわりさえしなければ……乳のNASA…………すげぇ、エステラのぺったんこ、宇宙規模っぽい。
「パン食い競走は絶対一番だと思ったんだが……」
「わたしは、最下位でしたし……足を引っ張ってしまいましたね」
「いいや、ジネット! お前が一番だったぞ! 他の誰よりも!」
「なんの話をしているんですか!?」
「おっぱいの揺れ!」
「懺悔してください!」
揺れポイントが加算されていれば、今現在確実に白組がトップを独走していたことだろう。
そもそも、徒競走なんか、一位に10ポイント、二位に8ポイント、三位が5ポイントで四位でも2ポイントもらえる肩慣らしみたいな競技のはずだったんだ。
最下位でもポイントがもらえ、一位と二位の差も2ポイントと少ない。
もっと団子状態になるはずだったのに……
「徒競走での出遅れがそのまま響いてるな」
「といいますか、団体競技は強いのですが――」
「――個人競技がダメダメなのです、我が白組は」
給仕長ズの指摘は的を射ている。
逆に、黄組は団体競技はそうでもないのに、個人競技がやたらと強い。
青組は安定してポイントを稼いでいるし、赤組は生花ギルドというコミュニケーション能力がチート級のオバハン……もとい、お姉さんたちがいるせいで、お客様の中にレースでダントツの成績を挙げやがった。ウェイトレスを複数有する黄組をも凌駕する122ポイント。
白組と比べれば、ほぼダブルスコアだ。
「ハビエルさん、強引に迎え入れてしまえばよかったですかね?」
「いや、それはやめておいて正解だったでしょう」
ロレッタの意見を即否定するイネス。
「この段階でミスター・ハビエルが加入すると、他のチームの反感を買います」
「そしてそうなれば、負けそうな白組が『ズルをした』という印象を与えかねません」
「午後からは団体競技がメインとなります」
「そうなった時、他の3チームから集中攻撃を受けてしまっては、万が一にも逆転の芽はなくなってしまうでしょう」
「「ね? コメツキ様」」
「惜しいな。最後のがなかったら結構カッコよかったのに」
状況把握はしっかりと出来ているらしい給仕長ズ。
ほんのちょっと、自分の立ち位置を見失っているようだが。
平均的に見て、身体能力で他のチームに劣る白組は敵の油断を突いて逆転を狙うしかないのだ。
ハビエルみたいな分かりやすい脅威を引き込んで目の敵にされたのでは真っ先に潰される。
あと一度でも最下位を取れば、優勝は絶望的になるだろう。
勝てなくても二位に食い込んでいかなければ。……それでも、青組が自爆してくれないと優勝はかなりキツイが……
「それに、次の競技にあいつを出すと…………この辺一帯が血に染まる」
「あぁ……なるほどです」
「……それは、子供たちには見せられない」
俺の説明で納得してくれたロレッタ。
そうなのだ。この次の競技は、ロレッタの弟妹が大活躍する競技なのだ。……それもあって、俺はハビエルを迎え入れたくなかった。
「それじゃあ、あんたたち。次の競技の準備をしてくるですよ」
「「「はーい!」」」
長女ロレッタに見送られてグラウンドへと駆けていくハムっ子たち。
他のチームからもわらわらとハムっ子がグラウンドへと出て行く。
あっという間に出来上がるハムっ子の群れ。
大中小、男女。様々なハムっ子がグラウンドに集結している。
「すごい数、ですね……」
イネスがハムっ子の群れを見て微かに頬を引き攣らせる。
似たような顔から同じ顔。似た者弟妹の群れは、改めて見るとやはり圧巻だ。
「あれ?」
群がる弟妹を見て、ロレッタが小首を傾げる。
そして細かく指を動かしつつその数を数えていく。
「お兄ちゃん。妹が三人足りないです」
「あぁ。そいつらにはお使いを頼んだんだが……まだ戻ってこないんだよな」
飯を食った後、ひとっ走りお使いを頼んだのだが……まずったかもしれない。
思いのほか時間がかかってしまっている。
ハムっ子たちはある程度大きくなると足が遅くなってくるらしく、俊足のピークは個体差もあるが概ね七歳~十歳なのだそうだ。
言われてみれば、ロレッタよりもハム摩呂の方が足が速い。男女による体力の差かとも思ったのだが、そうではないらしい。
赤ん坊から六歳くらいまでは発展途中で、その後にピークを迎え、十歳を超えると徐々に身体能力が『安定』してくるのだという。
確かに、あの俊足はパラメーターのバグみたいな出鱈目さだからな。
ロレッタ曰く、十歳を超えると手足が伸びて頭身が伸び、それによって体のバランスが変わるせいなんじゃないかということらしい。まぁ、ロレッタ自身も「よく分かんないですけど」と枕詞にしていたので、あくまで所感でしかないのだが。
ハム摩呂近辺のハムっ子たちは、三~四頭身くらいしかないもんな。
「あたしはすらっと八頭身ですけどね!」
「……ロレッタは六頭身」
「え、二頭身だろ?」
「あたし、そんな面白体型じゃないですよ!? 大人の女性の体つきです! デリアさん体操も毎日してるですし!」
デリアみたいなナイスバディになりたけりゃ川で鮭でも捕まえるんだな。
あの体操は、『デリアのようなナイスバディになるための体操』ではなく、『ナイスバディのデリアが教えている体操』に過ぎないからな。
まぁ、一応効果がありそうな動きを取り入れてはいるから、それなりの成果は期待できるだろうが。
それにしても帰りが遅いな、妹たち。
足の速さを見込んで八歳チームに頼んだんだが……、肝心の交渉で躓いたか? 八歳には荷が重かったかなぁ……
「「「おにぃ~ちゃ~ん!」」」
やきもきしかけた矢先、妹たちが三人仲良く戻ってきた。
おぉ~、速い速い。砂埃って、あんなに巻き上がるものなんだなぁ。
「もらってきたー!」
「マーゥルさんのおてがみ、みせたー!」
「すっごくひんやりー!」
30×40×15cmくらいの木箱を大切そうに抱きかかえ、他二人は嬉しそうに腕をぱたぱた振り回して、任務完了の報を俺に伝えてくる。
そうかそうか。きちんとお使いできたか。
「偉かったな。今度ご褒美をやるから楽しみにしとけ」
「「「ほんとー!? わーい!」」」
子供だけで知らない場所に行って『ある物をもらってきてくれ』ってミッションは少々ハードルが高過ぎたかもしれない。
けれど、時間短縮を最優先したかったのでやむを得ずこの人選にしたのだ。
ご褒美くらいはきっちりやらないとな。
「マーゥル御用達の職人を見つけるの、大変だったか?」
「んーん! すぐみつかったー!」
「じゃあ、マーゥルの認めたお使いだって信じてもらえなかったのか?」
「んーん! すぐ分かってくれたー!」
「じゃあ、迷子になったか?」
「んーん! すぐたどりついたー!」
「じゃあ、なんでこんなに時間がかかったんだよ?」
「『おつかいなの? えらいわねー』って」
「おばちゃんたちが褒めてくれてー」
「おやつい~ぱいもらったぁー!」
「遊んでんじゃねぇよ!?」
こいつら……こっちは急を要してるってのに。
「……おこられた」
「……あたしたち、ダメな子?」
「……ごほうびも、きっともう、なし……」
「「「……しゅ~ん……」」」
「ご褒美はやる! やるからへこむな!」
「「「ぅはは~い!」」」
諸手を挙げて俺の周りを踊り回る妹たち。
こらこら、箱を振り回すな! 貴重な物なんだから!
「んじゃあ、お前らも向こうに混ざってこい。まだ走れるな?」
「うんー!」
「よゆうのー!」
「ヨシュア・レイフォードー!」
「誰だ!?」
「「「ぅはは~い!」」」
「いや、誰だ!? 誰なんだよ、ヨシュア・レイフォード!?」
えぇい、もやもやする!
そこはもう『よっちゃん』とか『よしこちゃん』でよかったろうが『強制翻訳魔法』!
謎の翻訳ばっかりしやがって。
――っと、いうわけで。
ようやく目当ての物が届いたわけだが……
「参加選手はグラウンドへとお集まりくださぁ~い!」
運営委員の給仕の声がかかる。
もう始まっちまうのか。
溶けちまうことはないと思うんだが……
俺は、妹たちが届けてくれた『氷』に目を向ける。
しっかりとした造りの木箱。
この中には、例の魔物の革が張られており、マーゥルの言う通りであれば半日くらいは氷を保存できるらしい。
とはいえ、あんまり時間をかけたくない。『アレ』を長時間放置は出来ないからな。
さっさと行って処置をしてやりたいところなのだが……俺がそういう行動を取ると、やたらオーバーに受け止めるヤツも少なからずいるわけで。
で、アイツ本人もそういう『心配されてます』的なのは好まないだろうし……
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