「まいど、おおきに~」
「大変さね! レジーナが来たさよ!」
「早くカンパニュラちゃんを避難させてです!」
レジーナの声が聞こえたかと思うと、外で煙管を吹かせていたノーマが血相を変えて飛び込んできて、それに合わせてロレッタがカンパニュラを店の奥へと避難させようとする。
デリア。気持ちは分かるが、「がるるるぅ」はやめてやれ。もう十分顔見知りだろう?
「なんやのん、人を未確認の病原菌みたいに」
登場と同時に、穢れなき幼女を全力防衛し始めた一行に対し、レジーナが面白がるような表情を見せる。
「安心しぃや。ウチ、飛沫感染なんかせぇへんさかいに」
レジーナが飛沫感染するなら、今頃四十二区はパンデミックだよ。
「その代わり、卑猥感染はするけどな、ぷぷぷー! おもしろっ!」
「よぉーし、カンパニュラを避難させろ! いろいろとよくないものが感染しそうだ」
しょーもないダジャレで、一人腹を抱えて笑うレジーナ。
「かいかいかいかい」と奇妙な声で笑う。お前は何科の生き物なんだよ。霊長類の枠からはみ出し過ぎだろう。
「あっ! いい魔法使いのお姉さん!」
「ん? 魔法使いって、ウチのことかいな?」
周りの不安をよそに、カンパニュラはレジーナを見て顔を輝かせる。
両腕を広げて駆け寄りたそうに体を揺らす。
――が、その行動はロレッタによってしっかりと妨害されている。
賢明な判断だな、ロレッタ。
「はて、ウチどこかで会ぅたやろか? こんな可愛らしい萌えきゅんはぁはぁ幼女はんに?」
「あぁ、過去に出会って、同じようなことを言ったらしいぞ」
お前は一度、ルピナスにきつめのお仕置きを受けてくるといい。
たぶん、デリアレベルの破壊力だとは思うが大丈夫だ。お前の身に何かあっても、俺は我関せずを貫き通せる自信がある!
「いい魔法使いのお姉さん。その節は大変お世話になりました」
「こらご丁寧に。せやけどウチ、何かしたやろか?」
「カンパニュラが倒れてたところに通りがかって、薬を処方してやったらしいぞ」
「ウチが通りかかって、やて? その可愛らしい幼女はん、いつの間にウチの家に忍び込んだんやろ?」
「あんたが通りかかる可能性があるのは、自分の家だけなのかぃね……」
ノーマが呆れて息を漏らす。
もっと外出しろ。
で、外出した時の記憶を早々に脳内からデリートするのをやめろ。
「あれは、二年前、私が七歳の年でした」
「七歳っちゅーことは、今よりもオパーイの成長度合いがx%少ないと仮定して、yミリメートルマイナスしたとしたら表面角度がz度やから……あぁ! あん時の娘ぉかいな!?」
「何で思い出してんだ、お前は!?」
二年前で思い出せよ、めんどくせぇな!?
「ん……二年前の三十五区……倒れてた……幼女…………に、はぁはぁ……」
「途中まで真剣に何かを思い出そうとしていたはずなのに、なんで最後でレジーナに戻っちまうんだ、お前は」
二年前に、何か引っかかる記憶があるようで、レジーナはふざけたことを口にしながらも真剣な目で記憶の中を探っているようだった。
「……あっ、あの時の娘か!」
さっきのセリフは、思い出してもいないのにノリで発したものだったようだが、今度こそ本当に思い出したらしい。
レジーナがメガネのフレームを持ってカンパニュラを凝視し始めた。
「レジーナさん、ヤラシイ目で見ないでです!」
「これ、一応真剣な目ぇなんやけど?」
「しょうがねぇだろ。レジーナ自体がもうヤラシイんだからさぁ」
「クマ耳はんは、相変わらず言葉がドストレートやなぁ。おっぱいはそんなに真ん丸やのに」
ロレッタとデリアの反応が不服なようで、珍しくむくれているレジーナ。
何を言われても涼しい顔でやり過ごして、家に帰ってからうじうじ悩むのがレジーナのスタイルだ。
それを、こうも分かりやすく表情に出すってことは――
こいつらには甘えたいって感情の表れなんだろうな。そういう顔をすれば構ってくれるって確信があるのだろう。
「はぅっ!? レジーナさんがむくれてしまったです」
「怒んなよぉ、レジーナ。自縄自縛だろ?」
「誰が一人亀甲縛りやねん!?」
「言ってねぇよ。そういう発想が自業自得だっつーんだよ」
なんだか、デリアは最近難しい言葉を誰かからまとめて教わったようだな。やたらと使いたがっている。そして、ことごとく言い間違えている。
ま、それに乗っかって卑猥な方向へ持ってくレジーナはもはや手遅れだけどな。
「それで、レジーナさん。カンパニュラさんのことを思い出されたんですか?」
「ん? あぁ、思い出したで。そうか、あん時の娘ぉか。よかったなぁ、元気んなって」
「はい。いい魔法使い様のおかげです」
「あはは。ウチは魔法使いやあらへんで」
「聞きました。やくじゃいしゅ……やくじゃい…………や、く、ざ、い、し、さん、なんですよね」
「ちょう、自分! なんなんこの可愛ぇ生き物!? お持ち帰りOK?」
「デリアに勝てればな」
「そら無理や。ウチ、出来ひんことと、頑張ったら出来ることはやらへん主義やねん」
「頑張ったら出来ることはやれよ」
「ウチ、努力って……好きちゃうねん」
「自堕落を擬人化したような人間だな、お前は?」
「楽な方を優先させてノーブラノーパンで生きる女子みたいやってか? 照れるわぁ」
「そんなことは言ってないし、それは照れるようなことでもないし、是非率先してやってみてはくれないだろうか?」
「ヤシロさん。め、ですよ」
「ホント、変なところばっかり似てるさね、この二人は……」
ノーマは平等に呆れてくれるのに、ジネットは俺ばかり叱る。
ジネットの依怙贔屓には困ったものだ。
俺以外贔屓が顕著になりつつある。
「なぁ、自分。呼吸は苦しゅうないか?」
「はい」
レジーナがカンパニュラの前にしゃがみ、同じ目線で問診を始める。
過去一度きりとはいえ、自分が関わった患者のことが気になるのだろう。
「ご飯は食べられてるか?」
「はい」
「運動は出来てるか?」
「運動は……あの、苦手……なので」
「すぐしんどぅなるんか?」
「はい。体力不足でお恥ずかしい限りなのですが」
「…………」
レジーナの声が止まった。
口を閉じ、そっとカンパニュラの顔に指を触れさせる。
額、首筋、頬、そして下まぶたを引き下げ毛細血管の色合いを確認する。
その間、レジーナはずっと黙ったままだった。
口を閉じていれば美人に見えるレジーナ。
だが、今はその美しさが冷たく感じてしまう。
なんというか、レジーナはへらへら笑っているくらいがちょうどいいと思う。患者を緊張させることもないしな。
「……あの、薬剤師様?」
「なぁ、自分」
沈黙に不安を覚えたカンパニュラがレジーナを呼ぶのとほぼ同時に、レジーナがカンパニュラを呼んだ。
そして、真剣な目をしたまま、カンパニュラに尋ねる。
「おっぱい見せてもろてえぇか?」
ロレッタとデリアの拳が、レジーナの脳天に突き刺さった。
「いっっった!? 穴開いたかと思たわ!?」
「突然何言い出すですか、この妖怪風紀乱しは!?」
「そんなことばっかり言ってると、ヤシロみたいになるぞ!?」
ほほぅ。
それはどーいった意味合いなのかな、デリア君。ちょっとゆっくりと話し合おうじゃないか、ん?
「ちゃうねん! ウチは別におっぱいが見たいんやのぅて、この娘の胸が見たいねん!」
「一緒です! お兄ちゃんのみならず、ハビエルさんまで発症したですか!?」
こらロレッタ。人の名前を治療困難な病の名称みたいに使うな。
そして、ハビエルと並べるな。
「ん~……しゃーない。ほな、見ぃひんから触らせて」
「レジーナさん……懺悔してください」
「ちゃうねん、店長はん!? そんな、『ついにこの言葉をヤシロさん以外に解禁します』みたいな重々しい雰囲気でこっち見んといてんか!?」
え。なに?
やっぱジネットの懺悔って俺専用なの? 昔はそうじゃなかったはずなんだけどなぁ。
いつからそんな悪しき風習が根付いてしまったのやら。
「ちょっとばかし厄介な――」
と、言いかけて、レジーナは口を閉じる。
そして、何事もなかったかのような明るい笑顔で言葉を変える。
「経過が気になってるだけやねん。完治してへんかったら、また新たに薬処方せなアカンなぁ、思ぅてな」
その誤魔化し方が、どうにも引っかかった。
「そうだったんですか。では、ここではなんですから、わたしの部屋を使ってください」
「ほなそうさせてもらうわ」
カンパニュラを連れて、レジーナが歩き出す。
一瞬合った目が、「話がある」と言っていたように見えた。
カンパニュラが倒れた二年前の症状。それには何か裏があるようだ。
「俺も一緒に行こう」
おそらく、こいつらの前では言わない方がいいとレジーナは判断したのだろう。
だから、さりげなさを装って俺だけが同行する――はずが、ジネットに腕を掴まれた。
「ヤシロさん。……懺悔してください」
「いや、違うぞ!?」
「お兄ちゃんが、さりげなさを装って、さりげなく幼女のおっぱいを覗こうとしてるです!?」
「してねぇわ!」
「ダメだぞ、ヤシロ。ゴン、するぞ?」
「デリアの『ゴン』死んじゃうから!? 落ち着いて!」
「ヤシロ、ハビエルみたいになったら、――終わりさね」
「その発言はさすがにイメルダに失礼だぞ、ノーマ!?」
「ミスター・ハビエルには失礼じゃないと言いたげだね」
エステラが苦笑する。
そりゃ、ハビエルはしょうがないだろう。アレなんだし。
「ヤシロのお目付け役としてボクも行くよ。それで問題ないだろう?」
「なら、アタシも行くさね」
「じゃああたしも!」
「あたいも!」
「みなさんで押しかけては、カンパニュラさんが怖がってしまいますよ。診察はレジーナさん一人で行い、その結果をヤシロ様とエステラ様が聞くということでどうでしょうか?」
押しかけたがる連中をナタリアがうまく抑えてくれた。
エステラとナタリアも勘付いたようだ、レジーナのサインに。
「では、わたしも行きますね」
話がまとまりかけた時、ジネットがにこりと言った。
「俺、そんなに信用ないかな!?」
「あ、いえ。折角なのでカンパニュラさんに家の中を案内しようかと」
あぁ、そういうことね。
「ただ、そうですね……」
安心しかけた俺に、ジネットが追い打ちをかけるがごとく、こんな言葉を放った。
「最近のヤシロさんは、言動が行き過ぎているので、念のため監視させてもらいますね」
……くっ、なんて素敵な笑顔で。反論できないじゃねぇか。
「一人亀甲縛りやなぁ、自分」
「自縄自縛じゃなくて、自業自得だろうが……誰が自業自得だ」
仲間が出来て嬉しそうなレジーナのデコをピンと弾いて、俺たちはぞろぞろと厨房へ入っていった。
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