異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

218話 『宴』の準備4 -2-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,801

「はぁぁあ!? な、何してるですかノーマさん!?」

 

 突如、ロレッタが大きな声を上げる。

 何事かとノーマを見ると、普通にたい焼きを食べていた。

 

「頭から丸かじりなんて、可哀想です!」

 

 ……でた。「可哀想」。

 どこから食ってもたい焼きは「可哀想」じゃねぇよ。

 

「折角お魚の形してるんですから、尻尾から食べてあげるべきです! それが通です!」

 

 そう言って、たい焼きを尻尾からかじかじ囓っていくロレッタ。

 

「痛っ、いたたたた! 痛いさね! なんか視覚的に痛そうさね、そっちの方が!」

 

 顔が最後まで残る分、鯛が身体を食われていく様がまざまざと見せつけられる。

 俺も、こっちの方が「可哀想」な気がする。

 

「……二人とも分かっていない。魚を食べる時は、まず喉笛を噛み千切る」

「野性味溢れ過ぎですよ、マグダっちょ!?」

「その食べ方が一番ないさね!?」

 

 マグダが噛み千切ったたい焼きは、まさに「首の皮一枚」でつながっている状態だった。捕食だな、まるっきり。

 

「……店長の意見を仰ぐべき」

「そうさね! 店長さんなら一番適した食べ方を示してくれるさね!」

「店長さん、教えてです! たい焼きの正しい食べ方を!」

「えっ!? え……っと……」

 

 ちらりと俺を見て助けを求めてくるジネット。

 だが、たい焼きの食い方に正しいルールなんかない。好きに食えばいいのだ。

 なので、なんとも言ってやることは出来ない。

 

 首を振ってみせると、ジネットは困ったように眉毛を寄せた。

 そして、詰め寄ってくる三人に向かってしどろもどろになりながらも自分なりの回答を口にする。

 

「ま、まず、三枚におろします……」

「たい焼き全否定か!」

 

 たい焼きを三枚におろしたら、生地・あんこ・生地じゃねぇか。

 一緒に食えよ!  ハーモニーを楽しめよ!

 

「なんでもそうだが、食い物は美味しく食うのが一番のマナーだ。他人のやり方にあれこれ口を出すもんじゃねぇよ」

 

 格式高い料亭でのマナー違反とかでもない限りは、他人など気にせず自分の食い物に集中していればいいのだ。

 特に、たい焼きなんて庶民的なおやつなんだ。そんなもんにまでルールやマナーを求めるもんじゃない。

 

「そうですね。美味しく、好きなように食べてもらうのが一番ですよね」

「……一理ある」

「じゃ、じゃあ、あたしも一度頭からチャレンジしてみるです!」

「どう食おうが、たい焼きの可愛さと味は変わらないさね」

「はい。とても美味しいです……もぐもぐ」

 

 みんなが分かってくれた。……と言いたいところなんだが、ベルティーナ。両手に一尾ずつ持っていっぺんに食うのはやめてくれ。清楚な見た目とのギャップで悲しい気持ちになってくるから。もっとこう、可愛らしく食べてくれると嬉しいんだがな、俺は。丸呑みしそうな勢いなんだもんよ。

 

「好きなように食べる、それがたい焼きのルールです!」

「……陽だまり亭推奨」

「金物ギルドも、そのルールに乗ったさね!」

 

 妙に熱い。

 たい焼き同盟がここに誕生した。

 

「んじゃ、次は俺が作るかな」

 

 やり方をレクチャーした後はほぼジネットが作っていた。

 マグダやロレッタ、ノーマまでもがやりたがったので一度ずつやらせてみたりもした。

 俺は後半ずっと見ているだけだった。

 

 もうそろそろいいだろう。

 

 たい焼きは、あんこだけじゃない。

 たい焼きはもっとグローバルな食べ物だ。

 

 アメリカの人気バンドがハマって持ち帰って広まっただとか、アニメの影響で広まっただとか、理由は諸説あるが、たい焼きはアメリカでも広く人気がある。

 そして、そのアメリカ版たい焼きの中身はあんこではなく――ベーコン。

 

 日本でも『お好み焼きたい焼き』なる商品が出回っている。

 たい焼きは甘味だけには留まっていないのだ!

 

 というわけで、砂糖やハチミツを使用していない生地を鉄板にひき、刻んだキャベツとベーコンを載せ、たっぷりとソースをかけて焼き上げた。

 陽だまり亭風お好み焼きたい焼きだ!

 

 さぁ、試食してみてくれ!

 美味い美味いの大合唱を期待しているぞ!

 

「……邪道」

「お兄ちゃん。たい焼きにはたい焼きのルールがあるです」

「甘いのを想像して食べたら口がビックリしちゃったさね!」

「おいお前ら!? たい焼きは好きなように食べるのがルールなんじゃねぇのか!?」

 

 なんなんだ、この手のひら返しは!?

 なんだかんだと、四十二区の住民だって固定概念に囚われまくりだ。『BU』のことを強く批判は出来ねぇぞ、これじゃ。

 

「でも、こういうものだと思って食べると、美味しいですね」

 

 そんなフォローを入れてくるジネットも、いまいちわっしょいわっしょいしていない様子だ。

 

「ヤシロさん! おかわりを!」

 

 唯一、この食いしん坊シスターだけがお好み焼きたい焼きの有用性を理解してくれた。

 

「ベルティーナ! お前は俺の、心の拠り所だ!」

「ほにゃっ!? あ、あの……きょ、恐縮です……もぐ、……もぐ……」

 

 なんかペースダウンした!?

 食べて! 

 もっとじゃんじゃん食べて!

 

「……なぜでしょう、胸が……いえ、お腹がいっぱいです」

「そんなわけないだろう!? まだ七人前くらいしか食べてないじゃないか!?」

「いえ、あの……ヤシロさんが変なことを言うからです……」

 

 ぷくっと、頬を膨らませるベルティーナ。

 違うだろ!? 空気じゃなくてお好み焼きたい焼きを詰めろよ、そのスペースに!

 

「わ、わたしが、代わりに食べます! これはこれで、美味しいですので!」

 

 うむ、ジネットがなんか無理をしている。

 いいよ、別に。無理やり食べなくても……俺は好きだもん、お好み焼きたい焼き。いいもん一人で食べるもん。

 

「ぷーん、だ」

「はぁあ……ヤシロさんが拗ねてて、なんだか可愛いですっ!」

「……店長さんだけさね、アレを可愛いと思うのは」

「店長さんは、たま~に変なスイッチが入るです」

「……おそらく、空気感染」

 

 おいこら、マグダ。「何が」空気感染したと言いたいんだ、お前は?

 ジッとこっちを見るんじゃねぇ。

 

 まぁ、しかし。

 いきなり何種類もあると方向性がブレるか。

 まずはオーソドックスなあんこで知名度を上げて、「こんな味もある!」ってバリエーションを増やしていくのがベストだろう。

 

「あんこ以外にも、うぐいすあんや抹茶あん、カスタードクリームやチョコクリームとかを入れても美味いんだぞ」

「……それは興味深いっ」

「是非作ってほしいです!」

「アタシ、カスタード食べたいさね!」

 

 お前ら、ルールや邪道がどうこう言ってなかったか? ん?

 

「とにかく、あんこの味が安定して定着するまでは他の味は解禁しない。まずはあんこで人気を得るんだ」

 

 お好み焼きたい焼きも否定されたしね!

 

「……売り込む」

「頑張るです! カスタードのために!」

「ア、アタシも協力するさね! ウチの連中にも買わせるっさよ!」

「……デリアも引き込む」

「それはいいです! デリアさんなら四百個くらい余裕です!」

「それだけ売れれば、カスタードが登場するさね!」

 

 お前ら、甘い物のための結束力凄まじいな。

 で、それ「安定」とも「定着」とも言わないから。

 

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