「たーのもー!」
「たのもー!」
「あもー!」
賑やかに、ガキの声が響いてくる。最近よく見かけるママ友グループのガキたちだ。
陽だまり亭のドアを開け、ダンジョン最深部のボスの部屋へ挑む勇者パーティのような真剣な表情で食堂へと入ってくる。
伝説の武器か、はたまたレア装備か……そんな雰囲気で、ガキどもは領主のエンブレムが描かれた旗を握りしめている。いや、装備している。
「あのね、この旗ね、装備してるとね、パワーがたまってね、くじ引きでね、当たりがね、出やすいんだよ!」
「「そうなんだよ!」」
ガキどもが自慢げに教えてくれる。
はっはっはっ、そーかそーか、そーなのか。
うん、ガセだぞそれ。
何を真に受けてやがるんだ。そんなわけないだろうが。これだからガキは……バカなんだからよぉ。
「よし、お前らの夢を踏みにじってやろう!」
「ダメですよ、ヤシロさん! 子供の頃はあぁいうおまじないとかジンクスとか、すごく重要なんですから! 命がけだったりするんですから!」
まぁ、確かに。『白線から落ちたら死ぬ』とか、すげぇ真剣にやってたっけな。
そういえば……
俺は左腕に巻きついているプロミスリングに視線を向ける。
高校入学の日に切れてしまったはずのプロミスリングは、この世界に転生してきた時、どういうわけか復活していて、今もなお、俺の左腕にしっかりとくくりつけられている。
襟元に隠した五百円玉といい、俺の高校入学時の装備をそのまま再現してくれたってことなんだろうな。
で、このプロミスリングも、言ってしまえばくだらないおまじないに過ぎないわけだ。
けど、どういうわけかいまだに外そうって気にはならない。
つまり、ガキたちが領主の旗を後生大事に握りしめてるのも、そういうことなんだろう。
……やれやれ。しょうがねぇな。
「ジネット」
俺は、ジネットを呼んで耳打ちをする。
「あのガキどもに、『おまじないは本当だった』って思わせてやってくれ」
「それは、『クジの中身を全部当たりにしておけ』ということですか?」
「露骨に言うなよ。不正みたいだろ」
「うふふ……そうですね。優しさと不正は、きっと違いますよね」
ふん。違うもんか。
どんな崇高な考えがあろうが不正は不正だ。
まぁ、オマケのオモチャがガキどもの手に渡るくらい、大した損失ではない。
だが、ここであのガキどもが『おまじないは本当だった』と言いふらしてくれれば、おまじないを信じたガキどもが親におねだりをして、またお子様ランチを食いにやって来てくれるという寸法だ。
これを俺は『撒き餌』と呼んでいる。
ケチって一等を出し渋る店よりも、たまに大当たりを出して「ここは当たるんだ」というイメージを客に与えている店の方が結果的には儲けが大きくなる。
UFOキャッチャーなんかに、大当たりしたヤツの写真を貼り出してあるのは、まさにそういう意図だ。
ガキどもから数分遅れて、ママ友グループが来店する。するや否や、勝手に入店した我が子に拳骨を落とす。
こっちの母親はパワフルだな、相変わらず。
「んじゃ、俺はそろそろ戻るぜ。あ、そうだ。このアスパラよかったら使ってくれ」
「おう。ウーマロあたりを突っついて遊ぶよ」
「食いもんで遊ぶな! ちゃんと食え! 茹でて食え!」
「いや、食い方は好きにさせろよ……」
畑の報告に来ただけのモーマットがのそのそと食堂を出て行く。
……あいつも、たまにはなんか食っていけっての。
「ぅほぉぉおおおおおっ! あたったぁぁぁああああっ!」
モーマットが出て行くのとほぼ同時に、ガキの奇声が響き渡る。
見ると、領主の旗を掲げたガキんちょが立ち上がって拳を突き上げていた。
他の二人は羨ましそうな顔でそのガキを取り囲む。
「いーな! いーな!」
「おまじないきいたー!?」
「きいたぁぁぁああああああああぃぃぃぃっやったぁぁあぁああああああっ!」
……そんな嬉しいか。
「それじゃあ、次の人~。今度は当たるかなぁ~?」
教育番組のお姉さんみたいな口調で、ジネットが次のガキに話しかける。
当たりが確定しているからか、にっこにっこ顔が留まるところを知らない。
いつもは、「もし外れたらどうしましょう……」みたいなハラハラ顔なのに……おまけに、もし外れた時に傷が大きくならないように「当たるかなぁ?」なんて絶対言わない。
俺がガキならこの瞬間に確信するね。「あ、今日は外れ無しだ」って。
俺は喜ぶガキどもに悟られないようにママ友グループのもとへ行き、こっそりと種明かしをする。
あらかじめ言っておけば変な勘繰りは起こらない。
「今日は、新年特別サービスで外れ無しの大サービスなんだ」
「あら、そうなの?」
「悪いわねぇ、いいの?」
「ほら見て、ウチの子。バカみたいに喜んじゃって。ありがとうねぇ」
「いやいや。またよろしくな」
こうやって、「サービスだぞ」と強調しておけば、どっかのバカ親が「ウチの子にも当たりを引かせろ! 不公平だ!」とかあとで突撃してくるのを防げるだろう。
今、この場にいなかったお前が悪い。
ママ友グループが全員でいい思いをしたのだから、こいつらは陽だまり亭の肩を持ってくれる。擁護する者が多い場所に、クレーマーはやって来ないものだからな。
「あぁぁぁああああああああったったったったあああああああああっ!」
「えー! ずるいずるい! あたしもー!」
他二人が当たりを引き、最後に残った幼女が泣きそうな顔をしている。
「それじゃあ、お姉ちゃんと一緒におまじないしましょうか?」
「おまじない?」
「領主様にお願いしましょう。当たりを引かせてください……って」
「うん……りょーしゅさま…………あたりをひかせてくだしゃい……」
「さぁ、当たるかなぁ?」
「…………」
不安げな顔でレバーを引く幼女。
そして、当然ながら、領主の旗が転がり落ちてくる。
「でたぁぁぁああああああっ! ぴぎゃっぁあああああああっ!」
なんだか分からない声を上げる。
怪獣か……
しかし、いつの間にか領主の旗も人気になったものだな。最初は嫌そうな顔しかされなかったのに。
「じゃあみなさん。領主様にお礼しましょうね。そうすると、もっとパワーがたまるかもしれませんよ?」
「「「ホントッ!?」」」
ジネットが適当なことを言う。たまんねぇぞ、パワーなんて。そもそもパワーってなんだよ。
でも、ジネットなら本気で信じているのかもしれない。感謝の心で幸運を呼び込めると。
「領主様」
「「「りょーーーーーしゅさまぁーーーー!」」」
「ありがとうございます」
「「「あーーーーーーーがとーーーーーーーざまーーーーーーーーーーーーす!」」」
ちょっとマダムっぽくなってないか? ザマス?
「では、お料理を用意してきますね」
「「「わーい!」」」
まさかの全員大当たりで、テンションが最高潮のガキどもは、母親の制止も聞かずに大騒ぎだ。……俺、これを日本でやられてたらブチ切れてるかもしれん。
だが、……陽だまり亭で…………他に客もいなけりゃ、これくらいはいいか。
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい! ばんざーい!」」
……なんか、変な愛街心が目覚めてないか?
この輪が広がって、いつか独立宣言とかしないだろうな……
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「ぅぉおっ!? な、……なんだい、これは?」
絶妙のタイミングで陽だまり亭にやって来たエステラ。
ガキどもの浮かれように目を丸くする。
「ヤシロ……何があったの?」
「あぁ、実はな……」
これまでのいきさつを説明してやると「なるほどねぇ」と、頷く。
「確かに、誰かが当たりを引くと、『自分ももしかして』って思っちゃうよね」
「しかも、自分だけが当たってないと思うと意地になったりしてな」
「それは……散財しそうなパターンだね」
エステラが苦笑を漏らす。
だが、浮かれ、はしゃぐガキどもを見て、再びにへらと締まりのない笑みを浮かべた。
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「…………なんか、気分いいね」
「なら、独裁者の素質があるかもな」
「領民の支持を得れば誰だって嬉しいものだろう?」
「ガキだけどな」
「無邪気な子供の支持が一番嬉しいじゃないか。純粋に好きでいてくれるんだなって」
今のエステラなら、どんなことでも肯定してしまうだろう。
非常に上機嫌だ。
以前、領主の旗が不人気でべそをかいていた時とは大違いだ。
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