「よく来たな。歓迎しよう」
三十五区の領主の館に着くと、ルシアは笑顔で迎え入れてくれた。……俺、以外を。
「さぁ、カタクチイワシ以外は中へ」
「おいコラ」
従順な給仕を使って、俺だけを外のテントに押し込もうとするルシア。
こんなもん用意してる暇があったら普通に一部屋あけた方が楽だろう!?
「ちっ……しょうがない。立ち入ることを許可する」
「お招きいただき、ありがとうよ、クソ領主」
こいつは、ホントに、こいつは……っ。
「友達のヤシロ」
いい加減、育つ気配の見えない乳でも揉んでやろうかと指の体操を始めた時、ギルベルタが大きな桶を持って庭に出てきた。
巨大な桶にはなみなみとお湯が張られている。……重そうなものを軽々と、まぁ。
「足湯をしてとるといい、長旅の疲れを」
「わぁ、ありがとうございます。ギルベルタさん」
「当然、労う、友達は。とても大切、友達のジネットは、私にとって」
「……マグダからも感謝の言葉を贈る」
「必要ない思う、私は。当然のこと、このくらい、親友のマグダになら」
あれ? なんかマグダのグレードが上がってないか?
いつの間に親友になったんだ?
「ありがとです、ギルベっちゃん!」
「堪能してほしい思う、ロレッタ」
「あたしにもなんかつけてです!?」
「おっぱいのロレッタ」
「それはお兄ちゃんと店長さんです!」
「わたしは違いますよっ!?」
いや、俺も違うんだが?
しかし、ギルベルタ……お前は学習が早いな。
ロレッタともすっかり仲良しじゃないか。
「思いもよらない、大歓迎やー!」
「堪能してほしい思う、ハムマヨ」
「はむまよ?」
「?」
「?」
あ、そこは覚えてないんだ。
まぁ、どのみちハム摩呂の反応は同じだし、いいっちゃいいけどな。
大きなたらいを庭に設置し、たらいの周りに椅子が置かれる。
たらいを囲むように俺たちは座って、素足をお湯の中へと浸ける。……あぁ、じんわりする。
俺たち五人が囲んでもまだまだ余裕がある、とにかくデカいたらいだ。十人くらいはいけそうだな。
「お邪魔する、私も」
ブーツを脱ぎ、素足をさらすギルベルタ。……の素足を獣のような目つきでガン見する変態領主。……誰か通報しろよ、いい加減。
「よし。特別に私も同席してやろう。カタクチイワシ、お前は出ろ」
「混浴してやるから喜べ、ルシア」
誰が出るか。
こっちは一日歩き詰め、立ちっぱなしで足 is スティックなんだよ。
「……まったく。領主が婚姻関係にない男と混浴など…………今回だけだからな!」
いや、俺は望んでねぇし。嫌ならお前が我慢すればいいだろうが。
「こっちを見るな、カタクチイワシ!」
素足をさらすのが恥ずかしいのか、必要以上に敏感な反応を見せるルシア。
こいつ、男に免疫ねぇな? まぁ、獣人族の美少女以外に素を見せないんじゃ、そうなるよな。隙がなさ過ぎて、男は寄ってこないだろう。
「……見るなと言っている。目を抉り出すぞ?」
そういうことを真顔で言うから寄ってこないんだってのに……
「男にカウントされてなさげやー!」
「ハム摩呂は子供だから気にしないでいいんです」
「はむまろ?」
お前ら姉弟は仲いいな。なんだかんだでさ。
微笑ましい姉弟のやり取りをよそに、俺の真正面に陣取ったルシアからは物凄く鋭い視線が送られてくる。……なに、この温度差?
もういいから、さっさと入れよ。
俺を睨みながらも、あらわになった白い足をそっとたらいのお湯に浸すルシア。
途端に、野太い声が漏れる。
「んぁぁぁああ……極楽極楽……」
「オッサン臭っ!?」
「誰が臭いオッサンだ!?」
「逆にすんじゃねぇよ!」
「いい匂いのオバハン?」
「そういうこっちゃねぇんだ、逆って!?」
こいつ、よく今までこの天然が露呈しなかったよな。
人付き合い、ほとんどしてないんだろうな。だからボロが出ないんだな、きっと。
寂しいヤツめ。
「それで、どうだ?」
「お湯か? 最高だ」
「そうではない」
「混浴か? 最高だっ!」
「やっぱり貴様は出ろ! 卑猥だっ!」
なんだよ? 感想を聞かれたから答えてやっただけなのに。
足湯のせいか、やや赤く染まった頬をして、ルシアが改めて尋ねてくる。
「他区の領主たちは耳を貸しそうか?」
「貸さないヤツは領主失格だな」
「大きく出たな」
「負ける要素がないんでな」
「そうか……」
満足げな表情を浮かべて、ルシアがお湯を軽く蹴り上げる。
狙ったかのように、跳ねたお湯が俺の膝を濡らす。……コノヤロウ。
「かかったか? 邪魔になるところにいるから悪いのだぞ」
「三十五区には『謝る』って文化がないようだな。今度広めといてやるよ」
まったくもって不遜な領主だ。
……いや、領主ってそういうもんなのかもしれんけどさ。
「楽しそう、ルシア様は、ここ数年で断トツに」
ギルベルタが漏らした言葉は、きっと本当なのだろう。
ルシアは、初めて会った時よりも大分柔らかい表情を見せるようになった。
俺への敵意だけは相変わらずだが。
「あはぁ……トラっ娘、ハムっ娘と混浴…………にゅふふふふっ!」
……あぁいうとこも、相変わらずだけどな。
「ヤシロさん。見てください」
向かいで変態領主が痴態をさらす中、隣に座るジネットが俺の服を引っ張る。
そして、指を夜空に向かって掲げる。
「星が綺麗ですよ」
見上げた空には、満天の星。
四十二区よりも高い位置にある三十五区では、星が綺麗に見える。
降ってきそうなほどの星が頭上で輝き、見つめていると吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。
絶景。
特別なことは何もしなくても享受できる、神からのご褒美……なんて言うと大袈裟過ぎるだろうか。
しかし、そう思ってしまうほどに、今夜の星空は見事だった。
「すごいです。四十二区よりいっぱい見えるです」
「お星さまの、大放出やー!」
「三十五区の方が、空に近いからでしょうか?」
「……ヤシロ。四十二区をここより高くして」
「ムチャ言うな」
視界に収められないくらいの星空は、それぞれに感動を与えたようだ。みんなはしゃいでいる。
一日歩きっぱなしで、見知らぬ土地で商売をして、……なんだかんだ、みんなで旅行して。きっと楽しかったのだろう。
どいつもこいつも、いい笑顔をしていた。
「いい顔をしている、友達のヤシロは」
斜向かいから、ギルベルタがそんなことを言ってくる。
ふふん。今頃気付いたのか、俺のイケメンさに。
「淀んだ笑顔、普段は」
……ってコラ。
「でも、いい笑顔、今は」
あぁ、そうかい。
つまり俺もジネットやマグダ、ロレッタやハム摩呂と同じだってことだな。
なんだかんだ、楽しかったんだよ、今回の旅行がな。終わっちまうのが、惜しいと思えるくらいにはな。
大量の湯気を立ち上らせるお湯に足を浸けて、俺たちはもうしばらくの間露店の足湯を楽しんだ。
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