「魚介るぅ~い☆」
純白の競泳水着(上のみ)を身に着けて、マーシャが陽だまり亭で大はしゃぎしている。
……いや、競泳水着ではないんだが、見た目がそれっぽいというか、締め付け感がそれっぽいというか、マーシャのたわわな『ダイナマイツっ!』をぎゅぎゅっとむぎゅっと閉じ込めているその様はまさにスポーティーブラ!
そんな感じで、ビキニではないセパレートの水着の上だけを着ているのだが、これがなかなか様になっている。
ウクリネスがスポブラの開発に取り掛かり、その応用として、競泳水着のような『揺れを抑えて泳ぎを邪魔しない』水着を早速作ってきたようだ。
曰く、「今日の陽だまり亭はみなさん体操服ですからね。お手伝いのマーシャさんもスポーティーな服装が似合うかと思ったんです」だそうだ。
ウクリネス、仕事が速過ぎるぞ。
だがしかし、いい仕事をしている!
「よい……」
「締まりのない顔をしないように」
「それは、この場にいる全男に言ってきてくれ」
マーシャの競泳水着(上だけ)と陽だまり亭一同のブルマ姿に、来店したすべての男の顔はふにゃんふにゃんに弛緩していた。
きっと、今この場にいる男どもの頬肉をどこぞの女子アナが食べたら、「柔らかぁ~い! まるでお肉じゃないみたい!」とレポートすることだろう。
「……まったく、四十二区の男どもときたら」
と、呆れ顔のエステラにも、熱い視線が注がれている。
それを感じているのだろう。エステラは身を隠すように俺の背に隠れ気味に立っている。
「それにしても、揺れを軽減する水着を君が歓迎するとはね。てっきり猛反発して膨れっ面をさらすかと思っていたよ」
「あのな、エステラ」
お前は何も分かっちゃいない。
大きくて柔らかいことは素晴らしいことであり、大いに揺れるべきであることは間違いのない事実ではあるが――
「むっぎゅむぎゅも素晴らしいものなんだよ」
「あーそーかい」
「ほろ苦いとか、ほんのり甘いとか、繊細な感性は上品でもあるからな」
「常におっぱいのことしか考えていない君が、品性を語らないように」
エステラが長い足で蹴ってくる。
これはご褒美の部類か?
悪いが、俺はいまいちその辺には共感できないんだ。
チチビンタなら喜んで受け付けるがな!
「ヤシロさん、エステラさん。お待たせしました」
ジネットが俺たちのもとへカレーを持ってやって来る。
今の今まで二階で裁縫をしていたのだろう、服に糸くずが付いている。――ので、そっと取っておく。
「ふぇい!?」
「そんなに驚くな。ゴミが付いてただけだ」
「す、すみません。急に手が伸びてきたので、つい……」
「糾弾するといいよ。どさくさに紛れてどこを触られるか分かったもんじゃないからね」
「バカモノ! 俺が触る場所など、一つしかない!」
「自慢げに言わないように」
エステラが俺の脇腹に手刀を突きつけてくる。
やめい、こちょばゆい!
俺はくすぐったいのが苦手なんだよ!
「……あ、糸くずですか」
「そっと捨てとけ」
「はい」
カンパニュラに気付かれないように、証拠はすべて廃棄しておく。
もうそろそろ帰ってくる頃だろうからな。
俺とジネットはイベント会場から先に引き上げ、カレーフェスティバルの下準備をしていた。――という体で、ジネットは部屋に籠ってエプロンを縫っていた。
海鮮の下処理を手伝ってくれたのはマーシャとノーマだ。
マーシャを連れてくるためにノーマにも一緒に来てもらっていた。
ノーマはジネットのエプロン作りを手伝いたがったが、そこは遠慮してもらった。
思い入れがある仕事のようだからな、ジネットにとっては。
で、イベント会場でもこっそり下処理を進め、俺とジネットとノーマの三人がかりでなんとか間に合ったぜ~って感じを演出して、たった今カレーフェスティバルの準備が整った。ここにいるヤロウどもが一応の証人だ。
ま、カンパニュラが俺たちに疑いをかけ、証人を探して回るなんてことはしないだろうが、証人になれそうなヤツらが結構な数いる。
匂いに釣られたのか、生足に釣られたのかは分からんが、フライングで客が詰めかけてきている。
フロアがもうすでに人でいっぱいだ。
だからといって開始を早めるようなことはしない。
こっちにも都合があるんでな。
「うん、美味い! これなら客に出しても問題ないだろう。つーか、あいつらに出すのはもったいないくらいだ」
「ホント、美味しいね、コレ!? カレーはビーフが最強かと思っていたけれど、シーフード……手強いね、これは」
エステラもシーフードカレーをいたく気に入ったようだ。
美味そうに食うエステラを見て、フライングメンズたちは喉を鳴らす。
「ごくり……」
マグダたちが戻ったら解禁だ。
それまで、せいぜい生唾でも飲んでいろ。
「美味しいですよね、エステラさん! わたしも、味見をして驚いたんです! もう、お口の中がわっしょいわっしょいして、わっしょいわっしょいし過ぎて、体までわっしょいわっしょいしちゃうくらいです!」
エプロンを縫い上げ、厨房に降りてきたジネットは、シーフードカレーを試食して凄まじく感激していた。
まだその感激が抜けきっていないのか、両腕を振りながら体を上下に揺らしている。
ばるんばるん。
ぶるるんぶるるん。
ぽぃんぽぃん!
「「「ごきゅきゅきゅきゅっ!」」」
「喉を鳴らし過ぎだよ、諸君!」
先ほどとは比べものにならない音量で喉が鳴りまくっている。
まったくしょうがねぇ連中だ。
だが……、分かるぜ、その気持ち☆
「白ワインで魚介類を煮込むことで、生臭ささを消してあるんさね」
「はい。さらに玉ねぎを炒める際にニンニクとショウガを一緒に炒めることで、香ばしさが増して、海鮮の旨味と見事に調和しているんです!」
ジネットの顔にでかでかと「作りたかったなぁ!」と書かれている。
こりゃ、カンパニュラが戻ってくる前に作らせてやらなきゃ、速攻でバレるな。
「じゃあ、ジネット。ノーマと一緒に追加分を作ってきてくれるか? 見た感じ、とても足りそうにないから」
「「「うっす! 五杯六杯は余裕です!」」」
大工どもはジネット直筆メッセージを手に入れようと、目をギラつかせている。
カレーなら何杯でも食えるもんな。不思議と。
スタンプ八個を集めるチャンスだ。
「ちなみに、微笑みの領主様の直筆メッセージはスタンプ十個でどうだ?」
「え、ボクも書くのかい?」
「領民が喜ぶぞ」
「ん……まぁ、書くくらいいいけどさ」
「「「カレー、おかわり!」」」
「まず一杯目を食ってから言え」
微笑みの領主様人気も、まだまだ健在だ。
「じゃあ、私は~、スタンプ百個でホタテをプレゼントしちゃおうかな~☆」
「ジネット、カレーを百杯持ってきてくれ!」
「「「「こっちにも!」」」」
「真に受けないように!」
根性で胃酸のレベルをぶち上げようと試みるメンズたちに、エステラの冷淡な言葉が浴びせかけられる。
「そんな、グスターブが余裕でクリア出来そうな数で、マーシャの大切なものをあげられるわけないだろう?」
「グスターブ君には、『エッチな人は嫌いだな~』って言えば大丈夫だと思うよ~☆」
この人魚、悪女である。
唯一クリア出来そうなヤツを、たった一言で封印しやがった。
「ちなみに~、こちらが商品のホタテで~す☆」
と、水槽の底から、それはそれは見事なホタテを取り出す。
活きのいい、生のホタテ(未使用)。
「「「「未使用かよ!?」」」」
「もう、ヤシロさんもみなさんも、懺悔してください」
声を揃えたメンズ全員に懺悔が言い渡された。
「折角だから間を取って、グスターブに懺悔させよう」
「「「異議なし!」」」
「君たち、あんまりヤシロに染まらないように!」
エステラが失礼な忠告を大工たちへ向ける。
人を感染源みたいに言うんじゃない。大工の病気は俺とは無関係に発症してるものだ。
「ヤシロー! 屋台の料理完売したぞ! あたいが最後の一個を売ったんだぞ! すごいだろ!」
ばばんっとドアを開けてデリアが飛び込んでくる。
みずみずしい太ももを惜しげもなくさらし、はち切れんばかりの体操着おっぱいを盛大に揺らして。
「よくやった!」
「えへへ~! がんばったんだ~、あたい」
「いや、デリア。今のは別のところへの賞賛だよ」
鋭い上に細かいんだよ、エステラ。
そして、デリアから遅れること数秒で、どやどやと売り子一同が戻ってくる。
先頭は……なんでイメルダ?
「お待ちなさいまし、デリアさん! 完売したのですから、誰が最後の一個かなど些末なことですわ!」
「……と、最後の一個を逃してからずっと負け惜しみを言っているイメルダなのだった」
「みんなで完売させたですから、仲良くしてです! カニぱ~にゃとテレさ~にゃの教育によくないです! 悪い見本になっちゃうですよ」
「お二人ともよく御覧なさいまし! これが、美しい見本ですわ」
「……と、全力でちょっと残念な発言をするイメルダなのだった」
「賑やかだね、本当に君たちは」
「つか、イメルダ。なんでお前までブルマ穿いてんだ?」
「そんなもの、一番似合うからに決まっていますわ!」
じゃあ、ビキニも一番似合うから明日のイベントで着てくれ。
一番似合うでいいから。
「うぃきれー!」
「テレサさんおかえりなさい。たくさん売れてよかったですね」
「はい!」
テレサがジネットめがけて飛びかかる。
みんなで売り切ったのが楽しかったようだ。
その場にいなかったジネットに甘えたくなるくらいに、他の連中と楽しく売り子をやっていたのだろう。
で、最後尾を歩き、丁寧にドアを閉めるカンパニュラ。
見習え!
お前ら全員、あの九歳女児を見習え!
爪の垢を煎じて飲め!
……ハビエルなら金を出してでも飲みたがりそう。
「ただいま戻りました」
ぺこりと頭を下げ、俺たちを見渡し、そして天井を見上げる。
出迎えてくれた陽だまり亭を、たっぷりと見上げて――
「ただいま戻りましたよ、陽だまり亭」
――そう呟いた。
カンパニュラも、すっかり陽だまり亭に馴染んでしまったな。
「おかえり」
「おかえりなさい」
「はい」
俺とジネットが並んで出迎えてやると、カンパニュラは嬉しそうに破顔し、テレサを真似るようにジネットの胸へと飛び込んでいった。
「……では、マグダはヤシロの方へ」
「あ、ズルっこいですよ、マグダっちょ!?」
「……みんな、カレーフェスティバルの準備を」
「マグダっちょも手伝うですよ、準備!」
俺の胸にしがみ付くマグダをロレッタが引きはがし、一緒に厨房へと入っていく。
ノーマと何か話している声が聞こえ、マーシャが何かを言って――
「いや、ホタテはダメですよ!?」
――というロレッタの声にフロアにいた者たちが声を上げて笑い、賑やかにカレーフェスティバルは始まった。
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