異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

66話 ヤシロが発注した三つの物 -2-

公開日時: 2020年12月4日(金) 20:01
文字数:2,668

「あらあら、これは、なんとも! みなさんよくお似合いですねぇ」


 そんなことを思っていると、当のウクリネスが陽だまり亭へとやって来た。

 浴衣を着込んだ女性陣を見つめて目を細めている。

 自作の浴衣が美しく着こなされていて嬉しいのだろう。


「着心地はどうですか? 胸や帯がきつかったりしませんか?」

「あ、はい。大丈夫です…………けど……」


 ウクリネスに話しかけられ、ジネットがポッと頬を染める。


「……やっぱり、ダメなんでしょうか……その、アレなんですけれど……ないと、落ち着かなくて…………」

「あぁ、ボクも実は……さっきからずっと気になっててさ」

「…………マグダも、多少は」

「さすがに、ないと不安になるですよね」

「へいきだよー?」

「へいきー」

「あんたたちは子供だからいいんです。今は大人の話です」


 女子たちがウクリネスに群がり、何かを訴えようとしている。

 最初、ウクリネスは話が見えていない様子だったが、ようやく合点がいったようでぽんと手を打った。


「あぁ、穿いてないのが気になるんですね?」

「ちょっと! ウクリネスさんっ! ヤシロさんの前で、そんな……っ!」

「声が大きいよ! 静かに! 静かにぃ!」

「……ヤシロが食いついてきたら、…………終わる」

「お兄ちゃん……こういうことにだけは嗅覚鋭いですから……」

「やはは、すみませんすみません。でもね、綺麗に見せるためには必要なことなんですよ。我慢してくださいね」

「…………うぅ……それは分かるんですが……」

「逆に、穿いていると、ラインが浮かび上がって恥ずかしいですよ」

「ボクは、そんな恥ずかしいのは穿いてないけどね……」

「……エステラは、紐にしか見えないヤツを穿くことがある」

「なんで知ってるのさっ!?」

「えっ!? どんなやつです!? 今度見たいです! 穿いてきてください!」

「見るだけなら穿かなくてもいいだろう!?」

「み、みなさん! 声が大きいです! 静かに! 静かにです!」


 チラチラと俺を見ながら、女子たちがこそこそと会話をしている。

 そんな中、ウクリネスまでもが俺に視線を向けてきていた。……まぁ、ここは女子たちの顔を立てておいてやるか。


 俺がウィンクをして合図を送ると、ウクリネスは意図を汲み取ってくれたようで、女子たちにこんな説得をした。


「どちらにせよ。これは女性だけの秘密ですから……男性に言わなければ、恥ずかしがることもないですよ、ね?」

「そ、そうです……よね?」

「まぁ、秘密にしておけば」

「……認識外の出来事は、存在しないものと同じ」

「じゃあみなさん、お口チャックですよ!」

「……君が一番しゃべりそうなんだけど」

「そんなことないですよ、エステラさん! 酷い言いがかりです!」


 ま、要するに、浴衣の時はパンツを穿くなというルールが恥ずかしいのだ。

 男子には秘密の、女子だけのルール。

 ……当然俺は知っている。なにせ、ウクリネスにそれを教えたのが俺なのだから。

 だが、ここは知らないフリをしておいてやろう。その方が、あいつらの心情的にもいいだろう。

 浴衣を拒否されると困るからな。


 なので、俺は知らないフリを貫く。

 そして……一人でニヤニヤして楽しむことにする。…………むふ。


「ヤシロちゃん。ちょっといいですかね?」


 ウクリネスは俺をちゃん付けで呼ぶ。だが、商売上の癖なのだろうが若干砕けた程度のですます調でしゃべってくる。なんともちぐはぐした、気持ち悪い感じがするのだが、本人はまったく気にしておらず、改善するつもりもないようなので諦めることにした。


「巾着が出来たから、見てもらえますかね?」

「おぉ、試作品が出来たのか」

「実は、もう製品レベルになってます」


 手渡された巾着は、ぷっくりと丸いフォルムが可愛らしく、浴衣に映えそうな色合いをしていた。出来ればちりめん素材で作りたかったのだが…………伝統工芸をこっちの世界で再現するのは非常に難しい。どこかに、ちりめん技術を持ち合わせた人がいないか、今度探してみるのもいいだろうが……期待は出来そうにないな。


「はぅわぁ!? な、なんですか、この可愛い袋は!?」

「底に厚紙が入っているんだね。だからこの形状を維持できるんだ」

「……女心、ゲッチュ」

「これ、お祭りで持たせてもらえるですか!?」

「ぼんぼりー!」

「かわいー!」


 巾着を見て瞳を輝かせる女子たち。

 特にジネットは、今にも自身が中に入ってしまうんじゃないかと思うような勢いで巾着を見つめている。

 あ……縫い目観察してる。ヤツめ、自作する気だな?

 俺に言えば、型紙から全部用意してやるのに。


 ここ最近、ウクリネスが俺からの技術を独自に吸収・昇華させ、次々にアイテムを作成しているせいもあり、浴衣類は俺が考案したものだという認識が薄れている。

 それ故に、俺は群がってきゃいきゃい楽しむ女子たちを見つめて、「あぁ、あいつら全員穿いてないんだよなぁ」とにまにま出来るわけだ。

 よし、このまま黙っておこう。

 浴衣の全権利はウクリネスに譲渡してあるし、それでいいだろう。


「ヤ~シロッ! お待たせ~!」


 カラコロと下駄を鳴らし、浴衣を着たニワトリが食堂にやって来た。


 ――キン○ョーの夏。日本の夏。


「あ、そうだ。虫除けにポマンダーも作らなきゃな」

「ちょっと! 私の顔を見て虫除けを思い出すって、どういうことなの!?」


 陽だまり亭にやって来たネフェリーは、頬を膨らませて不満を垂れる。くちばしなのに器用なもんだ。


「さて。主役も来たし、そろそろ準備を始めるか」

「ん? ってことは、アタシの金型を使うのは……」

「そう。養鶏場のネフェリーだ」


 紹介すると、ノーマはしげしげとネフェリーを見つめた。

 やはり、自分の作った金型がどう使われるのかが気にかかっているらしい。


 ネフェリーは、面識もない、胸元ががっつりと開いた荒ぶる谷間の狐美女に舐めるように見つめられ、少し緊張しているようだ。


 ――緊張の夏。日本の夏。


 ……いや、どうにもネフェリーの顔を見ているとこのフレーズが脳内を回って……浴衣との組み合わせがそうさせるのかなぁ……

 ちなみに、ネフェリーにも浴衣を着てもらっている。

 ネフェリーは特に下駄がお気に入りのようで、ここ最近はあちこち歩き回っているらしい。宣伝になってありがたい。


 そしてもちろん、浴衣を着ているということはネフェリーも………………ま、どうでもいいけど。


「ベッコ遅いなぁ」

「……ねぇ。今、なんか失礼な感じで投げやりにならなかった? ちょっと、こっち向きなさいよ、ヤシロ!」


「ぷんぷん!」という効果音がよく似合いそうな怒り方をして、ネフェリーが俺に詰め寄ってくる。

 本当に昭和の匂いが漂う女子である。


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