昨日、定食を食い切れなかったガキがいた。
原因は、二つ。
一つは単純に量が多い。
ウーマロたち大工が食って満足できるような量なのだ。ガキには重過ぎる。当然、飯の量は調整できるが、それも限度がある。
そしてもう一つは、華がないのだ。
今現在、ここ陽だまり亭はかなりイケている。JK風に言えば「マジヤバくな~い?」だ。
ケーキはあるし、パスタはあるし、お好み焼きはあるし…………何屋だよ。食堂だよ。
そして食品サンプルとかまであるのだ。
ガキとは、好奇心が服を着て歩き回っているようなものだ。意識はすぐ別の場所に向き、そうなれば食欲はシャットアウトされる。
ガキが好きなのは、遊ぶこととおやつを食うことだけだ。飯も睡眠も面倒くさいものなのだ。覚えがないだろうか? 自分が子供だった頃、早く遊びに行きたくて仕方ないのに「ご飯食べてから」と言われて煩わしく思ったことが。そんな時、白米や、母親の手料理が物凄く美味しくなさそうに見えていたりはしなかっただろうか?
飯に楽しみを見出せるのはもう少し大きくなってからだ。
家庭料理のありがたさに気が付くのは大人になってからだと言っても過言ではないだろう。
鮭の切り身で白米を掻き込んで幸せを感じるガキは、きっと少数派だろう。
それよりも食品サンプルを見てる方が楽しいし、ケーキ食ってる方が嬉しい。
つまり、ガキにとって食事とは「つまらないもの」なのだ。
「そこで、ガキ専用のメニューを作ろうと思う」
俺は、陽だまり亭に集まったお馴染みの面々に向かってプレゼンをしている。
昨日と今日の日中、四十二区内を駆け回って約束を取り付け、陽だまり亭が閉店した後、顔馴染みの『仲間』たちに無理を言って集まってもらったのだ。
「子供用のメニューって、結局なんなのさ?」
自分で考えることを放棄したエステラがテーブルに肘をつきながら聞いてくる。
お前は……こういうところですぐ答えを求めようとするから乳が育たないんだぞ。
「わたしが子供の頃、祖父はよく『おこげ』を作ってくれました。……とても美味しくて、大好きでした」
ジネットの思い出の味なのだろうが……渋いぞ、ジジイ。まぁ、それで喜ぶ子供だったんだから、ジジイの選択は正しかったのか。
「ワタクシの幼少期は、プロの栄養士が十人掛かりで栄養バランスを考えに考え抜いた、それはもう豪華なお食事が……」
「じゃあ参考に出来ないですね。他に何か思いついた人いないです?」
ロレッタがイメルダの長くなりそうな自慢話をバッサリ切って捨てる。
ナイスだ、ロレッタ!
「君は、子供の頃どんなものを食べていたんだい、ロレッタ?」
「え…………?」
エステラが何気なく投げた問いかけに、ロレッタの顔色が蒼くなっていく。
「か……川辺の草を、こう……ずっと噛んでいると……なんとな~く『甘いかなぁ~?』みたいな気がしてきてですね…………それでその……」
「分かったロレッタ! すまなかった! 完全にボクが悪い! 今度ケーキをご馳走するからもう黙ってくれないかっ!? 涙で明日が見えなくなるから!」
「いや、でも、当たりの草はこの世のパラダイスかというほどに……っ」
「もういいんだ、ロレッタ! 何も言わなくて! ケーキを三つ奢るから!」
このように、どこに地雷があるか分からないから、他人の過去の話は無暗に突くものではない。
いい勉強になったなエステラ。
「あ、あの。ナタリアさんはどうですか? 子供の頃に好きだった食べ物とかありますか?」
「私ですか?」
ここでジネットがうまく話題を転換する。エステラについてきているナタリアにナイスパスだ。
「私が幼い頃というより……お嬢様が幼い頃、まだ何も知らない無垢なお嬢様のあれやこれやをいろいろな方法で堪能するのが堪らなく好きでしたね」
「おい、そいつを黙らせろ!」
「いや、むしろ詳しく聞かせてくれないかい!? 幼いボクの、何に何をしたんだい!?」
くっそ!
子供用メニューの会議だから『そーゆー』話にならないようにレジーナをあえて除外したのに……こんなところに伏兵がいるとは……この常識人の皮を被ったド変態めっ!
っていうか、ロレッタ。
領主のところのメイド長のナタリアがエステラを思いっきり「お嬢様」って呼んでるんだぞ? 何か気が付くところがないか? ん? ないのか? そうか、とても残念な娘なんだな、お前は。
あぁ、そういやウーマロも『領主のお嬢様』とは何度も会ってるはずなんだが……
「ウーマロ」
「ひゃいっ! あ、ぅお、ぉ、あぅ……オイラ、こ、こんなに女性が多いと……あの、ちょ、ちょっときききききききききき……きんちょうするるるッス……」
うん。まるで周りが見えてないらしい。
これ……俺が教えてやらなきゃ、こいつら一生気が付かないんじゃないだろうか?
まぁ、どうでもいいんだけど。
「デリアさんは、どんなのだと思いますか!?」
ウーマロの補佐としてついてきたグーズーヤがデリアに尋ねる。つか、こいつはさっきから何をニコニコと……あ、そっか。こいつはデリアのファンなんだっけか?
「子供の飯だろ? だったらあれしかないだろう」
「な、なんですかっ!? 僕、超聞かせてほしいですっ!」
「イクラだ!」
うん、デリア……それは子供用の飯じゃなくて、子供そのものだな、鮭の。
「も~ぅ、デリアちゃん。そうじゃないでしょう? 子供が好きな食べ物を考えるんだよぉ?」
無理を言って参加してもらったマーシャが、デリアのクマ耳をもふもふする。
「ぅにゃわっ!? や、やめろよな、マーシャ!?」
「うふふぅ☆ デリアちゃん可愛い~ぃ」
「はいっ! 可愛いですっ! 超可愛いですっ!」
あぁ……うるさい。
「じゃ、じゃあ、マーシャは分かるのか? 子供用の飯!?」
「ちょっと考えればすぐ分かるよ~ぅ」
人差し指をピンと立て、左右に振りながら、水槽の中の水をちゃぷちゃぷ言わせつつ、マーシャが名探偵然とした雰囲気で推理を始める。
「子供用ってことは、子供がよく食べていて、私たちがあんまり食べないもの……尚且つ、ヤシロ君が思いつきそうなものって言ったら、『アレ』しかないじゃな~い」
「あ……」
「……あぁ」
「あ~……」
「あっ!」
「…………ぁ」
その場にいた者たちがそれぞれに声を漏らす。
全員、何かを思いついたようで、全員の視線が一斉にこちらを向く。
「みんな、分かったぁ? じゃ~ぁ、せ~ぇのっ!」
「「「「「「「「「「おっぱい」」」」」」」」」」
「……って、おい!」
そんなもんを商品として提供できるか!?
だいたい、誰のおっぱいを使うんだ!?
「幸い~ぃ、ここの店長さんは、立派なものを持ってるからね~ぇ」
「ひゃうっ!?」
一同の視線を一身に受け、ジネットが胸を抱き隠すように蹲る。
耳の先が真っ赤だ。
「なるほどっ! 有りだな!」
「無しですよ、ヤシロさん!? ダ、ダダダ、ダメですからね!?」
「もしそれがメニューに載るなら、俺は従業員割引で注文できるのか?」
「メニューには載りませんっ! もう! 懺悔してくださいっ!」
言い出したのは俺じゃないのに……理不尽だ。
まぁ、いつだって神は理不尽なものさ。それは、その神とやらの信者も同じなのだろう。
あ~ぁ、嫌な世の中だ。
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