「父ちゃーん! 魔獣ソーセージ六本追加ねー!」
昼時を過ぎても、店内にはまだまだお客さんが絶えない。
目が回るような忙しさが過ぎてもまだ、休憩できるほどの余裕はない。
「いらっしゃいませー! 空いてる席にどうぞー!」
この『いらっしゃいませ』は、ヤシロに言われて言うようにした。
昔は、お客さんは勝手に席に座って、呼ばれたら注文を聞くようなスタイルだった。
けど、『いらっしゃいませ』って言うと、お客さんはちょっと嬉しそうな顔をする。
そんな小さな感動がすごく大切なんだと思う。
ヤシロは、そういうのをよく分かっている。
「おーい! ビール!」
「はぁーい、ただいまぁー!」
お金を受け取り、カウンターに戻ってビールを注ぐ。
そうこうしている間に魔獣のソーセージが焼き上がってカウンターに置かれる。
それらを全部持って、ごった返す店内をすいすいと駆け抜けていく。
途中、お尻を触ろうとする不埒な酔っ払いの手を尻尾で威嚇してやり過ごす。
まったく……男の人ってみんなあぁなのかな?
……そういえば、ヤシロも最初、あたしの尻尾に興味津々だったな。
ふふ……ホント、エッチなんだから。
……そんなことも、全部忘れちゃう……の、かな?
「おい、ネエチャン! これ違ぇよ!」
「え? ……あっ!? ごめんなさい! お客さんはビールだったよね。あははっ」
いけない、いけない!
仕事中にぼーっとしてちゃ、ダメ。
「はい、魔獣のソーセージ、六本お待ちどうさま!」
「違う違う! 魔獣ソーセージ、二本はこっちだよ!」
「あぁっ!? ごめんなさいっ!」
ドッと、お客さんたちが笑う。
……うぅ。今日、あたしダメだ。
「珍しいなぁ、パウラちゃんがこんなにミスするなんてなぁ」
「こりゃ、今日はスペシャルな日になりそうだな」
そんなからかいの言葉をもらって、えへへと愛想笑いを浮かべる。
本当は、不安で不安で、泣きそうなのに。
ヤシロに会いたい……
会って、ずっとそばにいて、ちゃんとあたしのことを思い出すまで、いっぱいいっぱいお話したい。
このまま……忘れられちゃうなんて…………
そんなの…………やだ。
「………………いけない。お皿、下げなきゃ」
また、気持ちが沈んじゃった。
こんなんじゃダメ。仕事、ちゃんとしなきゃ。
気を取り直して、空いたお皿を取りに行こうとしたら……また、お尻に手が伸びてきた。
まったく……人がブルーな気分でも必死に頑張ろうとしてるのに……っ!
「ダメって言ってるでしょ!」
伸びてきた手を、思いっきり尻尾で叩いてやった。
どう? これで懲りて……
「ふふん! かかったな!? 実は尻尾が狙いだったのだ!」
突然尻尾を掴まれて、遠慮なく「もふもふもふもふっ!」てされた。
「きゃあああああっ!」
このチカンッ!
成敗っ!
「どうっ!?」
持っていたお盆で脳天を叩いてやった。
遠慮なしのフルパワーで!
「…………い、痛い」
「当たり前でしょ! 変態!」
「なんだよぉ……冗談なのに」
「……え?」
そこに座っていた変態は…………ヤシロだった。
「な……に、してる……の?」
「ん? チカンだけど?」
「さらっと犯罪行為を肯定しないで」
「いやぁ、こんだけ忙しいと見逃してもらえるんじゃないかと思ってな」
「そんなわけないでしょ!?」
もう!
もう! もう! もう!
こっちは本当に、泣きそうなほど心配してたっていうのに……なにチカンなんかしに来てんのよ!?
「ヤシロは尻尾が好き過ぎっ!」
「いや、だってさ。お前の尻尾可愛いんだもんよ」
「――っ!?」
ぼふっ!
……って、尻尾の毛が逆立った。
か、かわいい…………え、えっ、……そんな風に思ってたの?
わっさわっさ……って、尻尾が勝手に揺れちゃう。
……だったら、ちょっとくらい、撫でさせてあげても………………はっ!?
「か、かかか、可愛いとか言ったって、チカンはチカン! やっちゃダメでしょ!?」
「うん。来年から気を付ける」
「今から気を付けるの!」
「明日から気を付ける」
「今から!」
「明日から本気出す」
「なにの!? チカンの!?」
思わずお盆を構え直す。
と、ヤシロは頭を両腕でガードした。怒られること言ってる自覚はあるんだ。
「そ、それより、どうしたの? あ、お腹空いた?」
「いや、飯は食ってきた」
「…………ウチで食べてってよ」
「ライバル店にそうやすやすと金を落とせるかよ」
「あたしもたまにケーキ食べに行ってるでしょう!?」
まったくヤシロは。こういうところでちょっとセコいんだから。
『パウラに会うためなら魔獣のソーセージを十本だって頼んでやるぜ』くらいのこと言えないのかな?
「今日は飯じゃなくて、お前に会いに来たんだよ」
「え?」
……あたしに?
………………わさっ。わっさわっさ。
あぁ、また尻尾が勝手に……っ!
「あ、あの、でも……仕事が……」
「おーい! 注文いいかー!?」
「はぁーい! ただいまぁー!」
もう、どうしてこんな時に注文なんか……!
……むぅ、ウチ酒場だし、当然か。
「あ、あの……ヤシロ……」
「いいよ。行ってこいって。客は飲食店の宝だろ?」
「でも……」
「大丈夫。お前の働くところ見てるから」
見てて……くれるの?
……わっさわっさわっさわっさ。
「尻尾。すげぇ揺れてんぞ」
「しっ、仕事が大好きだからよ! もう!」
どうして、そういう無神経なことを口にするのかな!?
尻尾は勝手に動いちゃうもんなんだから、見て見ぬフリするのが紳士のマナーでしょ!?
もう! もうもう!
「また、すぐ戻ってくるから、それまでに反省しててね!」
厳しく言って、お客さんのもとへと向かう。
ちらりと後ろを振り返ると、ヤシロがひらひらと手を振っていた。
ふふ……見ててくれるって。
……わっさわっさ。
よぉし、がんばっちゃおう!
……わっさわっさわっさわっさ。
お客さんの注文を取って、空いたお皿を下げて、父ちゃんが焼いたソーセージを持っていって……よし。一段落。
あたしは急ぎ足でヤシロのもとに向かう。
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