異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

181話 トレーシーの胸の内 -3-

公開日時: 2021年3月17日(水) 20:01
文字数:3,564

「あ、あの、トレーシー様……っ」

 

 夢中で俺を撫で回すトレーシーに、ネネがおっかなびっくり声をかける。

 トレーシーの背後に立ち、泣きそうな顔で進言する。

 

「い、いくら、オオバヤシロ様が可愛いお方だとしても、だ、男性であることに変わりはありませんので、過度の触れ合いは避けるべきかと……トレーシー様もまた、御婚礼前でいらっしゃいますし……ですので」

「ネネッ!」

「はいっ!?」

「お客様が私にも是非にと言ってくださった厚意に対し、つまらぬ理屈でケチをつけるとはどういう了見だ!?」

 

 いや、待てトレーシー! 今のは100%ネネが正しいだろ!?

 嫁入り前の若い娘が男の脇腹とか腹周りをわしゃわしゃ撫で回すのは世間的にNGだ。

 

 つか、撫で回しながら癇癪起こしてんじゃねぇよ!

 

「だいたい貴様は……っ!」

「なぁあ、もう! 撫でるか怒るかどっちかにしろっ!」

 

 よそ見しながら撫で回すトレーシーの手が、いささかデンジャラスゾーンへ接近してきたため、あくまでトレーシーの名誉のためにその両手を勢いよく払いのけた。

 トレーシーの白く細い腕は、その見た目通り大した筋肉が付いておらずひ弱で、俺が振り払った勢いそのままに持ち上がり広がっていった。

 左右に開き、頭上に持ち上がる。

 大きくバンザイをするような格好になったトレーシー。腕がぴんと伸びることで胸が張り、胸が限界まで張ったところで……ブチッ…………という音がした。

 

 その刹那、「ブチッ」だった音は「ビリビリッ」に変わり、最終的に「バツンッ!」という大きな音を響かせた。

 そして、それと同時に、不毛なる大地だったはずのトレーシーの胸元に、地殻変動が起きたかのように二つの大きな山が出現した。

 

 

 ばっっっいぃぃぃい~んっ!

 

 

「おっ、……おっぱいが生えたっ!?」

 

 その声は、果たして俺のものだったのかエステラのものだったのか、定かではない。

 だが、俺たちは皆等しく驚嘆したのだ。

 トレーシーの胸に突然現れた、推定Gカップの巨乳にっ!

 

「ヤシロッ! 君はついにおっぱいを生やす魔法を身に付けたのかい!?」

「身に付けてるかそんな魔法!」

 

 身に付けたなら、その瞬間から使いまくってるわ!

 

 突然のことにパニックを起こすエステラ。

 そして冷静にその二つの膨らみを観察し、苦々しげに顔を顰めるナタリア。

 

「……あと一歩及ばず、ですか……っ」

 

 どうやら負けを認めたらしい。

 

 俺はというと、この混乱した状況を打破すべく状況確認のために、ある意味でいうところの責任と義務感と使命感に突き動かされて、トレーシーの胸元をじっくりと観察する。健全な瞳でっ!

 

 その胸元には、何物にも矯正されていない大きな膨らみがゆっさゆっさと……すなわち、ノーブラッ!

 

 ドレスのふわふわとした胸元の飾りの下に、もっとふわっふわの天然のトレジャーが隠れている!

 この手に掴みたい、あのトレジャーをっ!

 

 騒がしいこちらの様子を、イマイチ何が起こっているのか理解していない様子できょとんと眺めるトレーシー。しかし、俺たちの視線が自身の胸元に注がれていることを知り、己の視線を同じ場所へと落とす。

 

「は……っ!? きゃあっ!?」

 

 ようやく事態を把握したトレーシーが慌てて胸を押さえる。

 柔らかさが売りの食パンのCMのように、押さえつけることでその柔らかさが一層強調される「膨らみがへこんでいく瞬間」を目の当たりにして、俺たち三人は確信する。

 あのおっぱいは本物だとっ!

 

「一体……何がどうして……」

「も、もも、申し訳ございませんっ」

 

 呆然とするエステラに、大慌てのトレーシーが謝罪する。

 

「エ、エステラ様にこんな駄肉をお見せするなんて……恥ずかしいっ! 見ないでください、エステラ様っ!」

「よぉ~し、ならば俺が代わりにガン見してやろうっ!」

「2メートル下がって、ヤシロ。……刺すよ?」

「貴様になんの権利があるというのだ、エステラ!?」

「外交問題に発展させないためという、領主の権限だよ!」

 

 むぅ……ならば致し方ない。

 遠くから眺めるだけで我慢してやろう。

 

「あ、あぁ、あのっ、これはその…………ち、違うんですっ!」

 

 まるで別の生き物かのようにゆっさゆっさ揺れる大きな膨らみを抱きかかえ、トレーシーが顔を真紅に染める。突けば破裂しそうなほど顔に血液を集め、瞳には大量の涙が溜まっていた。

 

「わ、私……っ、私は、エステラ様のような領主になりたいと……少しでも近付きたいと思って…………それで、まずは格好から入ろうかと……っ!」

「…………ねぇ、泣くよ?」

 

 トレーシーの素直な気持ちを聞いて、エステラの表情がすとーんと抜け落ちる。

 すとーんと、……すとーんとな!

 

「すとーん」

「うるさいっ!」

 

 トレーシーとは違う意味で瞳に涙を溜めるエステラに睨まれる。

 そこいらの魔獣なら尻尾を巻いて逃げ出しそうな、凄まじい迫力だ。

 

「エステラ様には、見られたくなかった…………こんな姿……」

「よぅし、なら代わりに俺が……!」

「ヤシロ。100メートル離れて」

 

 館から出ちゃうじゃん。

 俺だけ退場?

 

「エステラ様のように、スタイリッシュで、格好のいい領主になりたいと思って…………ぅうっ、 ネネッ! 何をしているのだ!? さっさと新しい『さらし』を持ってこないか!」

「は、はいっ! ただいま!」

 

 八つ当たり全開の怒号に、ネネが部屋を飛び出していく。

 ……エステラの真似をするために、こんな巨乳を『さらし』で押さえつけていたのか?

 相当苦しかったろう……それのせいで怒りっぽくなっている可能性もあるな。

 

「エステラ。『巨乳は最高』って十回唱えろ」

「そんなことをするくらいなら、舌を噛み切って生涯を閉じてやる」

 

 バカ。そうじゃねぇよ。

 トレーシーの『癇癪癖』を治すためには、余計なストレスを可能な限り排除してやる必要があるだろう?

 

「あんなもんを着けてたら、あいつはずっとイライラしたままだぞ。お前だって分かるだろう? 巨乳を無理やり押さえつけた時の、胸が締めつけられる苦しさ……あ、ごめん。分かんないか」

「違う意味で胸が締めつけられる苦しさを味わってるよ、今ね!」

 

 物理的な苦しさは分からずとも、体に無理を強いることのつらさは想像が出来るはずだ。

 

「お前が巨乳を肯定すれば、トレーシーだって『さらし』なんかを着けようとは思わなくなるはずだ! そうすれば……」

「ネネさんが叱責される頻度も減る……と?」

「いや。そうすれば、俺の楽しみが一つ増える!」

「協議は破談に終わったようだね!」

 

 非協力的なエステラのせいで、世界に悲劇を生むアイテム(←さらし)の使用は止められなかった。

 エステラと同じ世界へ自ら足を突っ込むなんて…………折角のGカップなのに!

 

「お、お待たせしました!」

「遅いぞネネッ! さっさと巻き直すのだ!」

「は、はい! 直ちに!」

 

 真新しい『さらし』を握りしめ、ネネがトレーシーへと駆け寄る。

 ……のは、いいんだけどさ。

 

「なぁ……ここで『さらし』を巻き直すのか?」

 

 それなら、ドレスを脱いで、ノーブラのおっぱいをぽろ~んとさらして、その上でぐるぐるぎゅっぎゅっと巻き付けていく様を心ゆくまで堪能させてもらうが。

 

「はっ!? きゃあ!?」

「オ、オオバヤシロ様!? いつからそこに!?」

「いや、ずっと居たろうが」

 

 領主、給仕長共に盛大にテンパッている。

 ……どんだけうっかりさんなんだ、お前ら。『八べぇ』『九べぇ』って呼ぶぞ。

 

「も、申し訳ありません! こんなお見苦しい駄肉をお見せしてっ! どうか、見ないでくださいませっ」

「いやいや。俺は気にしてないぞ」

「ヤシロ。2キロ離れて」

 

 トレーシーを背に隠すように、俺の前へ立ちはだかるエステラ。

 つか、2キロも離れちゃ館すら見えねぇっつの。

 

「あ、あの……一度私室へ戻らせていただきます……間もなくランチの用意が整いますので、しょ、食堂でお待ちくださいっ、ではっ!」

 

 トレーシーの言うところの『駄肉』をさらす羞恥に耐えられなかったのだろう。トレーシーは真っ赤な顔をして控え室を飛び出していった。

 何者にも拘束されない自由な膨らみは、走る振動にあわせてゆっさゆっさ盛大に揺れ動いていた。

 トレーシー……グッジョブ!

 

「よし。それじゃあ、トレーシーさんの準備が終わるまでの間に――」

 

 トレーシーとネネが出て行った扉を見つめていたエステラが、満面の笑みを浮かべてこちらへと振り返る。

 

「――ヤシロを説教しておこうか」

「なんでだ!?」

「胸に手を当てて聞いてごらんよ!」

「トレーシー! すまんが貸してほしいものが……」

「自分の胸だよ!」

 

 その後、トレーシーが戻ってくるまでの間、エステラにこんこんと説教をされ、外交的礼儀についてせつせつと語り聞かされた。……ソファの上に正座させられて。

 

 そして、再び『さらし』を装備して胸をぺったんこに加工したトレーシーと共に控え室を出て、食堂へと向かう。

 こうしてようやく、ランチの時間と相なったわけだ。

 

 

 

 

 

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