異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

後日譚32 花園劇場 -1-

公開日時: 2021年3月7日(日) 20:01
文字数:3,286

「私はシラハ。アゲハチョウ人族のシラハ。愛する人と離れ離れになって幾年月……太陽はこんなにもキラキラ眩しいというのに、私の心はロンリネス。このままじゃ私……心が迷子になっちゃうよ……」

「シラハーッ!」

「その声は……」

 ――ヒヒーン! パカランパカラン!

「オルキオしゃんっ!」

「白馬に乗って迎えに来たよ、僕の可愛い迷いネコちゃん」

「素敵だわ、オルキオしゃん……まるで、王子様のよう……」

「君を迎えに来るなら、これくらいは当然だろ。僕だけのお姫様」

「きゃっ☆」

 

 ……なに、この奥歯が抜けそうな不快感。

 堅く握りしめた拳でこめかみを「ドーン!」ってしてやりたい。

 

「素敵ですね……」

「えぇ……」

 

 三十五区の花園。そのすぐそばにある開けた場所で、ジジイとババアの小芝居が繰り広げられている。

 設定は、愛する男性と引き離された薄幸の美少女が、美しい花に囲まれて心の孤独を誤魔化しているところへ、その想い人が白馬に乗って迎えにやって来る――というものだ。

 まぁ現実は、薄幸の美少女ではなく発酵しかけてるババアなのだが……

 

 花園は乗り物での来場が禁止されているのだが、観客の心を惹きつける演出として、特別に領主から許可が下りている。

 そう。こいつは花園にいる虫人族たちに見せるためのお芝居なのだ。

 

「……(シラぴょん。みんなの前では『オルキオさん』だよ)」

「……(だって、オルキオしゃんはオルキオしゃんだもん)」

「……(もう、可愛いなぁ、シラぴょんは)」

 

 本人たちもノリノリのようだ。

 

「しかし、こんなことで虫人族たちとの摩擦が本当に軽減するのか?」

 

 オルキオたちから少し離れた場所にて、ルシアが厳めしい顔つきで俺に尋ねてくる。

 だがな、ルシア。よく周りを見てみろよ……

 

「花園にいる虫人族たち、みんなうっとりした目で二人を見てるじゃねぇか」

 

 俺の想像以上に、オルキオとシラハの恋愛小芝居は花園に集まる恋に恋する女子たちに効果を発揮しているようだった。

 並んで小芝居に釘付けになっている女子たちの目は、例外なくうるうると潤んでいた。

 そして、我が四十二区の面々も……

 

「シラハさん、幸せそうですね……くすん」

「出会えてよかったね……ボク、こういうの弱いんだ……」

「エステラ様。私の涙でぐしょ濡れになったハンカチでよろしければ、どうぞお使いください……うるうる」

「ぅう……しらはさん、とってもきれい……」

「はい。素敵な笑顔をされていますね……」

 

 …………号泣だ。

 えっと……どこで泣けるのかな、このショートコント?

 頭上から金ダライでも落ちてくれば綺麗にオチるんだけどな。

 

「確かに、効果はありそうだな…………かくいう私も、四度ほど泣きそうになったぞ……」

「そんなに!?」

 

 だから、どこで泣きゃあいいんだよ、このショートコント。

 

 ちなみに。

 これまで散々他人に小芝居をさせてきた俺ではあるが、今回の脚本は俺ではない。立案は俺だが、内容はシラハの理想をベースに、女子たちがわいわい話し合いながら決めたものだ。

 乙女たちの夢と理想が詰め込まれた、愛の物語になっている。

 

 ……おかげで、急遽白馬を用意したり、花園への乗りつけを許可したりと、いらん手間が増えたのだが…………

 

「シラハ様……お美しい……」

「あぁ……ワタシたちは勘違いをしていたのね……」

「こんなに愛し合っている二人が離れ離れになるなんて、あってはいけないことだわ……」

 

 と、観衆たちに絶大な支持を集めているので、まぁ、よしとするか。

 ……この街の住人の感性って、ちょっと理解できないかもなぁ…………あと、よくあれをシラハだと認識できるよな。別人じゃん、どう見たって。いや、本人なんだけどさ、見た目がさ。

 

 しかし単純だ。

 虫人族は極端なまでに素直でまっすぐな民族性を持っているような気がする。

 ルシアの言いつけを守るカブリエルたちや、シラハ第一主義のニッカたち。

 ウェンディやミリィも、人を疑うことを知らないような突き抜けたお人好しだ。

 

 そして、シラハの世話をしていたニッカ以外のアゲハチョウ人族たちも、例に漏れずそんな感じだった。

 

 脚本会議のために一度シラハの館へ行き、アゲハチョウ人族たちを説得したのだが、ニッカの言った通り彼女たちはすんなりと理解を示してくれた。

 ひっついて離れないオルキオとシラハを見て、そして、その時のシラハの幸せそうな顔を見て、自分たちの考えを改めてくれた。

 

 ルシアが「こんな簡単なことで……」と軽くショックを受けてはいたが、二人を会わせるのにも一苦労したんだし、まぁいいじゃねぇか。思惑に嵌るかどうかってとこなんだから、世論なんて。

 

 小一時間会議を行い、準備にもう一時間。

 そうして、昼飯を食ってから午後の日差しの中で小芝居開演という運びになったのだ。

 

「友達のヤシロ」

 

 シラハたちの小芝居を眺めていると、背後から落ち着いた声が聞こえてきた。

 大騒ぎする女子たちの中にいて、一人平静を保っているギルベルタ。

 こういうヤツがいてくれるとホッとする。

 どいつもこいつも感情移入し過ぎなんだよ。過剰だ、とにかく。

 

「大変なことになっている」

「観衆の熱気がか?」

「いや……私の首周りが」

「首?」

 

 振り返ると、ギルベルタが号泣していた。無表情で。

 

「どした!?」

 

 涙と鼻水で顔面はおろか、首周り、襟元までがぐっしょり濡れていた。

 

「なんだかドキドキしている、胸が……止めることが出来ない、私は、涙と鼻水を」

「あぁ、もう! お前もかよ!?」

 

 結局、こいつも他の乙女たちと同じなのか。

 ただ、それをうまく表現できないだけで。

 

「ほら、動くな。涙とかいろいろ拭いてやるから!」

「かたじけない思う、私は。でも、止まらない、ドキドキが」

 

 感受性が高いというか、流されやすいというか……

 

「お前も、給仕長なんだから、ナタリアを見習って平常心を鍛えろよ」

「ヤシロ様。評価していただけていることはありがたいのですが、あいにくと、私も平常心というわけではありません」

「えぇ……お前もかよ……」

「はい。あのお二方を見ていると、こう……胸の奥の辺りが…………ムラムラします」

「お前はギルベルタを見習って、もう少しピュアな心を取り戻せよ」

 

 ダメだ……こいつは重症だ。

 手遅れだ。

 

「さぁ、シラハ。僕と一緒に来てほしいっ! 共に生きようっ!」

「はい、オルキオしゃんっ!」

 

 芝居はいよいよクライマックスを迎え、白馬の上で身を寄せ合う二人に観衆がわっと湧く。

 この場所を離れ、新しい世界を目指すぞ――と、そんな思いを滲ませるシーンだ。

 

「以上をもちまして、オルキオ・シラハの愛の劇場第一公演は終了いたします」

「第二公演は二時間後になる予定よ。お友達を誘って見に来てね」

 

 おい! 台無し、台無しっ!

 素に戻るんじゃねぇよ!

 

 しかし、観客からは割れんばかりの拍手が巻き起こっている。

 カーテンコールかよ……

 観客たちも、これを芝居だと割りきって楽しんでいたようだ。

 つか、第二公演ってなに? 何公演やるつもりなんだよ?

 

 パカランパカラン、ヒヒーンと、オルキオたちがこちらへやって来る。

 

「いやぁ、恥ずかしかったよ」

「そうねぇ、照れるわねぇ」

「え、お前らずっとあんな感じじゃん」

 

 アレを恥ずかしいと感じるのなら、もう少し自重してほしいものだな。

 

「でもシラぴょん。公演中は『オルキオさん』だよ」

「ん~、オルキオしゃんといるとドキドキして、つい、うっかり」

「あはは。可愛いなぁ、シラぴょんは~」

「えっ、それは恥ずかしくないの?」

 

 素でそっちの方が何倍も恥ずかしい事象だと思うけど?

 つか、馬から降りろやコラ。いつまで白馬に跨ってんだ。見下ろすな、俺を。

 

「このまま、四十二区に連れて帰りたいよ」

「まぁっ、愛の逃避行ね」

「いや、帰宅だろ」

 

 オルキオにとってはただの帰り道だ。

 

 白馬がゆっくりと歩き出し、花園にいる観客たちへと近付いていく。

 ファンサービスか? 芸が細かいな。

 ……ただ単に、自分の嫁を自慢したいだけだろ、オルキオ?

 

「は、白馬さえあれば、俺もきっと……ダゾ」

 

『オルキオ・シラハの愛の劇場(笑)』の裏方を任されていたカールが何かをブツブツ言っている。

 いや~……たぶんな、白馬じゃないと思うぞ、お前に足りないの。

 

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