「な、なぁ!」
突然、パーシーが地面に膝をついた。
「頼む! このことは誰にも言わないでくれねぇか!? 砂糖が作れなきゃ、オレは妹が守れねぇんだ! あいつに貧しい暮らしはさせたくない! もう、惨めな思いはさせたくねぇんだよ! この通りだ! 頼む!」
手をついて頭を下げる。
髪が土で汚れることなどお構いなしに、土下座を見せるパーシー。
こいつの行動原理は妹か…………シスコンめ。
だったら……
「……ヤシロ」
感情のこもらない瞳で、マグダが俺を見つめてくる。
「……どうする?」
その目は、「なんとかしてやれ」と言っているようで……こいつもジネットに似てきやがったな…………
ま、俺は、俺の利益最優先で行動させてもらうけどな。
「どうするも何もねぇよ。こんなおいしい儲け話、誰が黙っておくかよ」
「なっ!?」
ガバッと顔を上げたパーシー。その額は土で黒く汚れていた。
「こいつを持って帰って、アッスントに商談を持ちかける。砂糖大根の存在と生成方法を教えてやれば貴族も飛びつくだろう。マージンが取れるかもしれないし、うまくすれば一定量の砂糖を確保できるかもしれない」
「ま、待ってくれ! それじゃ、俺たち兄妹は……っ!?」
「今まで通りでいいんじゃねぇか? 砂糖大根を買って、細々と砂糖を作って、闇市に流せば。まぁ、もっとも……砂糖大根の値段は跳ね上がるだろうけどな」
「……っ!? テメェ…………鬼かよっ!?」
土を握りしめ、パーシーが憤怒の表情を覗かせる。
鬼……ねぇ。
「金の亡者……では、あるかもしれねぇな」
挑発すると、パーシーの目つきが変わった。
何かを決意したような、ある意味で澄んだ、ある意味で酷く濁った、憎悪の視線に。
「帰りにアッスントにアポを取って、仕事が終わる夜に陽だまり亭で話をするとしよう。庭が明るくなったからな、外で美味い物でも食いながら話せば、あいつも快く承諾するだろう。そうだな、前祝いも兼ねて、パーッと酒盛りしながら話をするか」
「…………」
物を言わないマグダに向かって、俺は今晩の予定を口にする。
こういう時に無言を貫いてくれるマグダは非常にありがたい。
ちゃんと空気を読み、俺の意志を察してくれている。
「それは……オレが見つけた方法だぞ……っ!」
苦し紛れに、パーシーが吠える。
負け惜しみだな。
「残念だったな。俺も知っていた。それだけのことだ。お前から何かを聞いたわけでも教わったわけでもない。ただ同じ場所に行き着いただけだよ。この知識を誰に売ろうが、それは俺の勝手だ」
「自分の利益のために、誰かの利益を奪い取ってもいいってのかっ!?」
立ち上がり、詰め寄ってくるパーシー。
顔が真っ赤に染まり、お前の方が鬼みたいだぞと言ってやりたくなる顔をしている。
……だが。
「お前だって、自分の利益のためにアリクイ兄弟の利益を奪ってんじゃねぇか」
「…………え」
俺の一言で、パーシーの顔色が赤から青に変わる。
「テメェの利益を上げるために、ここの砂糖大根を正当に評価せず、その価値を隠匿し、不当な安価で買い叩いているのは誰だ?」
「……そ、それは…………」
「砂糖大根を、いつまでも『臭ほうれん草』なんて名で呼んで、価値のある根に意識を向けさせない工作をし続けているのは、誰だ?」
「……オ、オレは…………」
「見ろよ、ここの畑を。あいつらの家を…………」
畑は、その大部分が放置され、家は今にも倒壊しそうなボロ屋だ。
生活水準も決して高いとは言えないだろう。
「これは、お前がアリクイ兄弟の利益を奪っているからだろうが」
「…………ち、ちが……」
「違わねぇよ」
よろよろと、俺から逃げるように後退るパーシー。
「お前が、アリクイ兄弟を食い物にしてんだ。あいつらを犠牲にして、テメェだけが甘い汁を啜ってんだよ。……貴族と同じようにな」
ビシッと指さすと、その指先から逃れようとパーシーは体をひねり、そしてバランスを崩して尻もちをついた。
「うっ!」
痛みに顔を歪めるパーシー。その歪みは、時間と共に酷くなり、パーシーの顔はくしゃくしゃになっていった。
「オ、オレは…………ただ、妹が…………」
「そうだな。お前には何があっても守りたい、大切なものがある」
「そ、そうなんだ! だから……!」
一定の理解を示すと、パーシーが必死にすがりついてくる。
そこを突き放す。
「『だから』、俺も同じことをしてもいいよな?」
「…………え」
「俺にも、どうしても守りたい大切なものがある。大切な店と、そこで働く大切な仲間だ」
「……あ、いや…………それは……」
「そのために、どこかの兄妹が貧しい生活を強いられても……それは『仕方のないこと』だよな?」
「…………」
パーシーが完全に沈黙した。
これまで自分がやってきたことを、今度は自分がされるのだと確信したのだろう。
そして、これまで自分がそうしてきたばっかりに、反論すら出来ない。
パーシーの顔が徐々に俯いていき、完全にうな垂れる。電池の切れた機械人形のようだ。
「アリクイ兄弟も、これで暮らしが楽になるだろう。俺がアッスントに情報を提供すれば、この砂糖大根はかなりの高値で売れるようになる。これまで散々貧乏暮らしを強いられていたんだ。報われたっていい頃合いだろう」
「……ヤシロ」
マグダが俺の服の裾をキュッと掴む。
無表情で俺をジッと見つめる。
頭の上で、耳が少し横向きに寝ている。
不安の表れだ。
俺は、服の裾を掴むマグダの手を取り、一度ギュッと握ってやった。
大丈夫、心配するな。――と、いう意味を込めて。
「…………そう」
それが伝わったのかマグダはゆっくりと俺から離れていった。
じゃ、トドメだな。
「つーわけだからよ、パーシー。お前はまた新しい砂糖の製法でも見つけりゃいいんじゃねぇか?」
吐き捨てるように、嘲笑って言ってやる。
俯いて、うな垂れているパーシーがどんな表情で俺の言葉を聞いていたのかは分からないが……パーシーの手がギュッと土を握っていたのを、俺は見逃さなかった。
……そのエネルギーを、『正しい』方向へ向けろよ、パーシー。
『待ってる』からな。
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