異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

194話 麹工場と予備軍 -2-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:2,773

「おはようございます。爽やかな朝ですね」

「……お前の顔さえ見なけりゃな」

 

 くそ寒い風が吹き抜ける夜の街で、アッスントが暑苦しい笑みをこれでもかとこちらへ向けてくる。

 俺たちが宿を出た時には、もうすでにアッスントが待ち構えていた。……こいつも気合い入りまくりだな。

 

「これから、麹職人のいるむろへ向かうわけですが、騒がしいのは嫌いということで、申し訳ありませんが徒歩でお願いします」

 

 馬車の音が気になるらしく、俺たちは徒歩で室へ向かうことになった。

 速度を落とせば、さほどうるさくもないと思うんだがなぁ……まぁ、早朝だし、しょうがないか。

 

「では、ご案内いたします」

 

 アッスントに連れられて、俺たちはまだ暗い道をぞろぞろと歩く。

 

 麹を作る工場は街の東側に、かなりの土地を有して建っているらしい。

 加工や開発を行う施設なども併設している麹工場。

 その中でも、『室』と呼ばれる場所には、くだんの麹職人と限られた者しか立ち入ることが出来ないのだそうだ。

 麹を生み出す室は、温湿度の管理はもちろん、外から持ち込まれる菌なんかも完璧に制御しなくてはならず、みだりに出入り出来ないのだ。

 

「で、俺たちは入れてもらえるのか?」

「まさか。室のそばの別の建物で会談することになります」

 

 企業秘密の宝庫でもある室は、やはり厳戒態勢なようだ。

 まぁ、入ったところで面白いものはなさそうだから別に構わないけれど。

 

「室に着いた途端、また豆を押しつけられたりしないだろうな」

 

 実はすでに、宿屋でこれでもかと豆を押しつけられた後なのだ。今回はコーヒー豆だった。

 これ以上荷物が増えるのはごめんだ。

 せめてもの救いは、マーゥルが手紙と一緒に税金免除の証明書をくれたことだ。これで、俺たちの持つ豆は二十九区の貴族マーゥルへの献上品という扱いになり税金がかからない。

 

 ……こういう不正がまかり通ってるんだよな『BU』では。

 賄賂が横行しそうな構造だこと。

 

「その心配はいりません」

 

 アッスントが顔だけをこちらに向け、歩きながら言う。

 

「麹職人のところで豆を押しつけられる心配はありません」

 

 あぁ、そっちの話か。てっきり賄賂の話かと……

 

「麹職人は、この街の資産を生み出す最重要人物ですので、豆関連の義務は免除されているのですよ」

「つくづく賄賂が横行しそうな構造だな」

 

 権力を持てば義務が免除される。

 なんとしてでも権力者の傘下に入って、煩わしい義務を逃れたいと思う輩がわんさか湧いてきそうだ。

 

「んふふ……制度などというものは、権力者にとって都合よく出来ているものでしょうに。その方がお金が集まる……っと、エステラさんの前でする話ではありませんでしたね」

「人聞きが悪いね、アッスント。それじゃあ、まるでボクが金銭目的で制度をいじくっている悪徳貴族であるかのように聞こえるじゃないか」

「もちろん、我らが愛すべき四十二区の領主様は例外です。そのような拝金主義な方々とは違いますとも」

「……心がこもってないなぁ」

 

 かつて、己の出世のために四十二区を食い物にしていた行商ギルド最下層三区担当支部長アッスントと、食い物にされていた四十二区領主エステラ。当時は代行だったけれど。

 そんな二人が、皮肉を言い合いながらも肩を並べて歩いている。新たな商売のために。共に利益を享受するために。

 

 人間、変われば変わるもんだな。

 

「どうかされましたか、ヤシロ様。あのお二人が何か?」

「いや。随分と手を焼かされた二人が並んで歩いてる様は、なんだか不思議な感じがするな……ってな」

「ちょっと待ってよ、ヤシロ」

「聞き捨てなりませんね」

 

 エステラとアッスントが同時に振り返り、そして同じ速度で俺へと詰め寄ってくる。

 

「手を焼かされたのはこっちのセリフだよ」

「あなたほど厄介な相手はいなかったと、精霊神様の前で宣言しても構いませんよ、私は」

 

 何が不服なのか、二人とも渋い顔をしている。

 迷惑を被ったのはこっちだっつの。

 お前らさえいなければ、俺は今頃、香辛料を売った金でうはうは生活でもしていたに違いないのだ。

 そうだな、その金を元手にどこか別の区で優雅に過ごしていたかもしれん。

 

「よくよく考えたら、俺はこの街でまだ『大儲け』をしていない」

「十分過ぎるくらいに利益を上げているだろう。陽だまり亭は、いつも盛況じゃないか」

「あれはジネットの儲けだ。俺は一人分の給料しかもらってねぇ」

 

 特別手当的な、臨時収入的な、こう、もらった瞬間「儲けたっ!」って気分になれる感じの収入を、俺は得ていない。

 

「あれだけ貢献したのに、豪邸にも住んでないし、美女も侍らせていない……なんか理不尽だ」

「おや? ヤシロさんの周りには、いつも美女美少女が群がっていると思いますけれどねぇ」

「アッスント……お前は言葉の意味を正しく理解していないようだな」

 

 やれやれ。

 金勘定ばっかりしているからそういう文系的なところが弱くなるのだ。芝居の楽しみ方も、こいつは理解していなかったしな。感受性が乏しいのだろう。侘しいヤツめ。

 

「いいか? 『侍らす』ってのは、いつでも好きな時におっぱいが触れる状態のことだ!」

「違うよ。全然違う」

「ヤシロ様は、一度語学の勉強をやり直した方がよろしいかと」

 

 猛反発をくらってしまった。

 なんでだよ?

 権力者はいつだって揉み放題なんじゃないのか? そういうもんだろう、世の中!

 

「それでは、今回の商談をうまく運んで、みなさんで儲けましょう。ヤシロさんが納得するくらいに」

 

 話をうまくまとめた、みたいな顔でアッスントがにんまりと笑う。

 だからな、俺は、一人で大儲けしたいんだっての。

 なんだよ、「みなさんで」って……儲けは独り占めしてこそ優越感に浸れるんじゃねぇか。

 

「客観的に見た感想を、述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 俺たち三人から少し距離を取り、ナタリアが淡白な声で言う。

 

「四十二区の曲者トップスリーと交渉をしなければいけない麹職人さんが、とても気の毒に思えてきました」

「「「誰が曲者トップスリーか!?」」」

「頭と口で相手をやり込めるのが得意なお三人様ではないですか」

 

 むぅ……そう言われると、否定は出来んが…………

 

「こいつらと同じ括りにされるのは不愉快だ」

「そっくりそのままお返しするよ」

「いえいえ。私こそがですよ」

 

 ばちばちと、俺たちの間で火花が飛ぶ。

 ……こいつら、自分のことを棚に上げて、よくもまぁ、いけしゃーしゃーと。

 

「この中で一番腹黒いのはエステラだろう!」

「君だよ、ヤシロ」

「ヤシロさんでしょうねぇ」

「ぐ……っ。でも、一番金に汚いのはアッスントだよな!?」

「それは……ん~…………君とアッスントで、ドロー!」

「いえいえ。ヤシロさんほどではありませんとも」

「一番人望が厚いのは俺だろ?」

「ボクは領主だよ?」

「私は商人として数多の方と信頼関係を結んでおりますので」

 

 こいつら…………

 いい性格してやがるな、ホントに。

 

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