「うっしゃあ! 海漁ギルドきたぁぁあっ!」
「いいなぁ! 僕また木こりギルドだよぉ!」
「え~、交換して~! 私トルベック工務店だったのぉ!」
子供たちが賑やかに会話をしている。
「大盛況ですね」
ジネットがご満悦なのも頷ける。
お子様ランチは大成功だった。
仕事の合間に飯を食いに来るオッサンどもは以前から割といたのだが、そいつらが仕事に戻った、いわゆる『穴の時間』に子連れが多く来店するようになった。
オッサンたちが多い時間帯を避け、母子でのんびり遅めのランチを楽しんでいるらしい。
ランダムで出てくるお子様ランチの旗。
最初は不平不満が出るかと覚悟していたのだが、意外や意外、目当てじゃない旗でも子供たちは「しかたない」と割りきり、大きな混乱は見られなかった。
ただ、一つの旗を除いては……
「あぁー! この旗キラーイ!」
「うわー、かわいそー」
子供が顔をしかめ、忌まわしい物を見るような目で見つめているのは……
「……なんで、みんな嫌うんだろう…………ボク、何か悪いことしたかな?」
エステラが泣きそうになっている。
……そう、領主の紋章だけが、なぜか子供たちに不人気なのだ。
お子様ランチを販売し始めて五日が経った。初日は、「あ、そこそこ売れたなぁ」くらいの反応だったのだが、二日目から一気に反響があった。
お子様ランチを食べた子供が広場で旗を自慢したらしいのだ。
そして五日目の今日。お子様ランチはウチの看板メニュー『焼き鮭定食』と『日替わり定食』の販売数を超え、単独トップに躍り出た。
ブーム、すげぇ。
で、そんな中、気になったのが……領主の旗の不人気さ加減だ。
旗を見るガキ見るガキ、顔をしかめるのだ。
双頭の鷲に蛇の絵が怖いのかな? と、思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
「ヤシロ……」
「なんだよ」
ここ数日、仕事も手につかないらしく、ずっと陽だまり亭に張りついているエステラ。そろそろ本気で泣き出しそうだ。
「新しい紋章のデザインをお願いできないだろうか?」
「バッ!? 変えるなよ、こんなことで!」
「だって! あんなに! あんなにも子供たちに嫌われている紋章なんて領主に相応しくないだろう!? 領民に愛されてこその領主なのに!」
目がマジだ……こいつ、マジでやりかねないぞ。
「ぁ……こんにちはぁ」
「あ、ミリィさん」
「じねっとさん。お花、持ってきた」
「ありがとうございます」
ここ最近は、カウンターにずっと生花が飾られている。今日はそれを取り替える日なのだ。
親子連れが増えたことで、母親の心も掴んでおこうという作戦だ。
「わぁ! お姉ちゃんの紋章かわいい!」
「ぇ……?」
ミリィが肩にかけているカバンを見つめ、店にいた幼い少女がテンションを上げている。
カバンはギルドからの支給品なのか、ギルドの紋章らしきものが刻印されていた。
「ぁ……、ギルドの紋章? かわいい?」
「うん! かわいい!」
「ぁ……ありがとう」
ミリィが、幼い少女に店の紋章を褒められ照れ笑いを浮かべている。
小さなギルドでも紋章を持っている。
納品する品物に目印として付けるためだ。
陽だまり亭の所属する飲食ギルドにも一応はある。もっとも、飲食店は個々人の個性を重要視する傾向が強く、ギルドの紋章を掲げている店は少ない。いや、ほぼない。なのであまり見かけない。
陽だまり亭にも一つ、あってもいいかもしれないな。紋章。
生花ギルドの紋章は、可愛らしい花と鳥がモチーフの、女の子受けしそうな可愛い図柄だった。
店内にいた女の子たちが、ミリィの持っている生花ギルドの紋章入りカバンに群がっている。
すごい人気だ。
「よし! あれをパクろう!」
「大問題になるわ!」
ブレーキが壊れてしまったらしいエステラは、今後どこに向かってアクセルを踏み込むか分からない。
……俺がなんとかしないと、四十二区の領主は盛大な自爆をやらかしそうだ。
そうなったら領民からの信用を失い、失墜、乗っ取られて、領主交代……そんなことになっちまったら、街門や街道の計画がパーだ! おまけに、下水の権利はエステラが持っているから他区への売り込みが出来なくなって外から金が入ってこなくなる……踏んだり蹴ったりだ。
そんなことはさせられない。
「ちょっと待ってろ。原因を調べてくる」
「ヤシロ……」
すがるような視線を向けるエステラ。
……なんか、お前が雨の日の公園に捨てられてたら拾って帰っちまいそうだよ、俺は。
んで、『ツル』って名前を付けてやるんだ。……『ペタ』の方がいいかな?
なんてことを考えつつも、俺は近くにいたガキを掴まえて話を聞く。
ガキに怖がられないように、笑顔で。
「ちょっと、話聞かせてくれねぇか?」
「ぅわぁぁああああん! ママ~ァ! 怖いオジサンに連れ去られるぅっ!」
誰が誘拐犯か!?
「……ぷっ」
向こうでエステラが笑ってやがる。
……やめるぞ、コノヤロウ。
「あのよぉ。なんで領主の旗が嫌いなんだ?」
「え~……だってぇ……」
ガキはチラリと母親を見る。
話していいかどうかの確認を取ったのだろう。……なるほど。ガキの口を割らせるにはババアを籠絡しなきゃいけねぇのか……
「あぁっ! 今日はなんて美しい奥様が多いんだろう! 思わず来月発売の新作ケーキの試食をお願いしたいくらいだ!」
「あんたたち! この素敵なお兄ちゃんの質問にしっかり答えてあげなっ!」
「あのカッコいいお兄ちゃんに協力してあげるんですよ!」
「生花ギルドなんかどうでもいいから! お兄様のお話を聞きなさいっ!」
「ぅ……どうでも、いい…………」
すまん、ミリィ。まさかここまで効果があるとは思わなかったんだ……今度花束買いに行くから、勘弁してくれな?
それにしても、こっちの世界では母親が強いんだな。ガキの機嫌を取るような真似はしない。強気な態度で、少々理不尽なほどだ。それでいて信頼関係がしっかりと構築されているあたり、母親としての責務をキチンとこなしているのだろう。
古き良き日本を思い出させるね。
肝っ玉母ちゃんが当たり前だった、昭和の香りがする。
そんな怖い母親の言いつけを守り、ガキどもが俺の周りに集まってくる。やりやすくて助かるぜ。
「ジネット」
「はい。準備してきますね」
それだけで察してくれたジネットが厨房へと引っ込む。
仕込んであったレアチーズケーキを試食用の一口サイズに切って持ってきてくれるのだろう。
試食はいつかのタイミングで行う予定だったのだ。
口コミの宣伝力はこの世界でも凄まじいものがあるからな。
じゃあ、ババアはジネットに任せるとして。
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