「おい、サル女」
「誰がサル女だ!? テメェら人間はいつもアーシら亜人を馬鹿にしやがって!」
亜人?
「お前、二十九区の人間なのか?」
「はぁ!? 誰が住むかよ、あんないけ好かねぇお高くとまった区に!」
その言い方からして、『BU』のどの区でもなさそうだ。
あっちの方ではまだ亜人って言葉を使ってるヤツもいるからなぁ。けど、違うのか。
ここいら近辺では、もう獣人族って通称が広がったと思ったんだが……あんまり世間と関わりを持たない連中には浸透してないのかもしれないな。
「サル女が嫌なら、名前を教えてくれ」
「ヤなこった! テメェはアーシの心が読めるんだろ? 名前もそれで分かんじゃねぇのかよ」
分かるか、ボケ。
俺が読めるのはある一定の感情くらいなもんで、固有名詞をずばり当てるなんて芸当は出来ねぇんだよ。
それが出来りゃ、ほんまもんの霊能力者だぜ。……まぁ、かつて俺が『俺流霊視術』を結構な値段で伝授してやったヤツが、稀代の天才霊能力者ってテレビに出まくってたけれど、あんなもんは『バレにくいインチキ』でしかないし、ほんまもんの霊能力者ってのが実在するのかどうか、俺は知らんが。
頑なに名を答えようとしないサル女。
別に名前なんぞなんでもいいんだけどな。
「じゃあ、ウッキー・ウキ子で」
「全然違うじゃねぇか!?」
「それでだ、ウキ子」
「ウキ子って言うな! アーシの名前はバルバラだ!」
「なるほどな。で、バルバラ」
「なっ!? …………な、なんでアーシの名を……!? まさか、本当に……?」
うわぁ……どうしよう。
この娘、思ってた以上にアホの娘だ。
神経と脳みそが繋がってないのかも。
……あぁ、そうか。
バカだから意固地になってたのか。
どういう選択をすれば最良の結末にたどり着けるか、誰に頼って、誰を利用すれば自分の思い通りに誘導できるか、そこら辺のことが一切分かってないから、感情だけで反発したりするんだろうな、きっと。
「お前さ、悪いこと言わねぇから領主の言うこと聞いとけよ」
「へんっ! やっぱりお前も貴族の手先か! 信じてやったのに、裏切り者!」
いや、裏切り者って……
「ここの領主はバカが付くほどのお人好しだ。お前のことも、妹のことも、悪いようにはしないだろうよ」
「ふん! テメェの言うことなんざ、何一つ信用できるか!」
「ここの領主は超が付くほどのド貧乳だ」
「…………」
信用できちゃったな。
自分の発言を覆された気分はどうだ? それとも、アレを「貧乳じゃない!」と反論してみるか? 出来るのか!? 出来るはずがないんだよ!
「どうせ、ろくに話も聞かずに逃げ回ってるだけなんだろ。『領主は酷いことをするに違いない』って」
「その通りじゃねぇか!」
素手で牢屋の柵を殴打するバルバラ。……痛そうだ。痛くないのかな?
瞳に恨みの焔を滾らせて、領主への不満を口にする。
「領主なんざ信用できねぇ! あいつら、自分たちの都合でアーシらみたいなヤツを街の奥へ押しやりやがって……!」
バルバラの歯ぎしりを聞きながら、俺は冷静に、第三者視点で状況を整理する。
たしかアッスントはこう言っていた。最初の強奪事件は四十一区で起こったと。
ってことはバルバラは四十一区の領民である可能性が、高い。『BU』の人間でもないようだし、わざわざ『最貧二区』に出向いて強盗しようなんてヤツがそういるとは思えない。狙うなら上級な区の方が利益は出る。
つまり、こいつがこの近辺で悪さを働いているのは、こいつがこの付近に住んでいるからって考えるのが自然だ。
ってことを踏まえて、こいつが四十一区の領民だと仮定すると…………領主の都合で街の奥へ押しやったって…………まさか、大食い大会のせいか?
幾ばくか、俺の心拍数が上がっていく。
え、コレってまたアレ?
俺発信の改革が生んだ歪み的な?
また俺がかけずり回ってやらなきゃいけないタイプのヤツ?
……どきどきどきどきどきどきどき。
「あいつら、狩猟ギルドにいい土地をやるために、アーシらが邪魔だったんだ! みんな街の奥へと追いやったんだぞ!」
よかったぁ!
俺が何かする前の話だ!
よぉしよし! 俺、悪くない!
悪いのはリカルド! 責任は全部あいつにある!
「酷い領主だな☆」
「だよな!? そう思うよな!」
なんだか意気投合してしまった。
うんうん。リカルドは悪党だ。いつか厳しめの罰を受けるといい。俺、無関係だから。
「でも、四十一区も変わってきただろう?」
選民意識の塊だった『何本目』って縛りも一度解体させたし、大型公共事業で職にあぶれたヤツに仕事も回った。
四十二区の街門完成以降は、宿場町として以前とは比べものにならないくらいの活気を取り戻したはずだ、あの大通りは。
「街が変わったって、恩恵を受けられるのは『まともな連中』だけさ……アーシらみたいな『落ちこぼれ』は、今も昔も変わらず掃きだめの中で息を潜めて生きるしかないんだよ…………これからもずっとな」
ん~……まぁ、確かに。どこかのギルドに入ってなきゃ、新しい仕事が舞い込んできてもありつけないのかもしれない。
それはこの街の制度だから、俺がどうこう言える立場じゃないんだよなぁ。
「だからって、他人の物を盗むのは肯定されないぞ」
「仕方ねぇだろ!? それしか生きる術がないんだから!」
「仕方なくなんかねぇよ」
犯罪を犯す理由に『仕方ない』なんてのはない。
それは、他にあった選択肢を選びたくなくて逃げ出した自分に対する、そして安直な選択肢を選んだ浅慮に対する言い訳でしかない。
「領主に頼むって発想はなかったのか?」
「どうせ門前払いだ」
「門前払いされたのか?」
「されるに決まってる!」
「誰が決めた?」
「…………うっせぇな! とにかく、領主なんか信用できないんだよ!」
そうやって逃げ出した後ろめたさを誤魔化すのが、『仕方ない』って言い訳だ。
やれることをやらなかった。
それを自覚しているからこそ、お前は今荒れているんだ。
「幼い妹がいるんだろ? 気に入らないヤツに頭下げてでも守ってやろうって気にならなかったのかよ?」
「だからこそ……っ!」
バルバラが声を上げる。
吐き出した言葉の後に、ノドが掠れた音を鳴らす。
今にも泣きそうな、悲痛な音を。
「……妹がいるから、ヤツらには頼めねぇんだ」
「どうしてだ? 教会にでも行けば、飯くらいは食わせてくれるだろう」
教会は、貧しい子供を引き取って育ててくれる。
それは、貧困の中で命を落とす者を減らすためと、貧困によって起こる新たな犯罪を食い止めるためという目的がある。
貧困が犯罪を生み、犯罪に走った結果まともな職に就けずに貧困に陥るという貧困の連鎖を断ち切る目的が。
「そう言われるからだ! 妹を……妹のことを領主が知ったら……絶対に教会へ連れて行かれる…………あいつに、そんなつらい思いはさせたくない」
つらい思いって……
根拠はあるのだろうか?
ベルティーナに聞く限り、四十一区の教会もさほど悪い場所ではないらしいのだが。
「教会は別に、ガキを虐げたりしないぞ?」
「嘘だ! アーシは知ってるんだ!」
バルバラの声が大きくなる。
呼吸が荒くなり、瞳が野生の獣のようにギラついていく。
どうやら、これが理由のようだ。
バルバラが頑なに口を閉ざしていた理由。
こいつが、これほどまでに荒れ狂う理由。
そして、こいつが強盗を繰り返す理由。
「教会に連れて行かれたら、あいつは監禁されて、アーシらは二度と会えなくなる! あいつが生まれてからアーシらはずっと一緒に生きてきた! たった一人の家族なんだ……っ! あんなヤツらに渡して堪るかぁ!」
吠えるバルバラ。
その声音には、揺るぎない信念が込められていた。
少なくとも、俺にはそう思えた。
教会が監禁……そんな話は聞いたことがないが。
まぁ確かに教会は、主食であるパンに高い税金をかけて市場を独占したり、各区に教会を設置して領主に睨みを利かせたりしている拝金主義で権力を振りかざすような性質を持っている組織ではあるが……
一番近くにいる教会関係者が慈愛の権化みたいな人物なせいで、いまいち悪と見做しきれないんだよなぁ。
ベルティーナがガキの監禁なんかを見過ごしたりするだろうか。
それとも、ベルティーナは偉い司祭の言うことには逆らえなかったりするのか…………そんなタイプでもないような気がするんだよなぁ。
逆らえないにしても、なんとか変えたいという素振りくらい見せそうだ。ベルティーナなら。
恒常的にガキが監禁されているような街の中で、あんなにニコニコ笑っていられる人間じゃない。シスター・ベルティーナってのはそういう人種だ。
「お前、何か勘違いしてんじゃないのか?」
「違う! テメェは知らねぇんだ。あいつらは遠いところに子供たちを集めて、重い鉄の扉で外に出られないように閉じ込めてんだぞ!」
遠いところに集めて……重い鉄の扉で………………そんな話を、たしかどこかで…………あっ。
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