異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加81話 オバケコンペ・終幕 -1-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:3,864

 オバケコンペ参加者の話は、すべて終わった。

 モリーの無自覚爆弾によって会場の男たちがなんとも言えない悔しさや切なさ、やりきれなさを感じているようだが、そこはもう仕方がない。恋って、盲目だっていうし。

 

 ただまぁ、なんだろうな。八つ当たりくらいは、してもいいのではないだろうか。うんうん。おあつらえ向きにパーシーもやって来たことだし。

 

「それじゃあ、最後に俺の話を聞いてくれ」

 

 パーシーの話にあった「なんか見られている気がするな~」的な感覚を『壁に耳有り、障子に目有り』を具現化したような、目々連のようなオバケのイラストに仕上げて、ベッコに色をつけさせる。

 そのついでに、昨日のうちに書き上げておいたA2サイズのちょっと大きなカラーイラストをベッコに託しておく。それは、これから語るオバケのイラストだ。

 俺の話が終わった後に発表する予定でいる。

 

 ゆっくりと舞台の中央まで歩き、そして、観客席を見渡す。

 日が傾き、薄暗くなった観客席。いい雰囲気だ。

 

 ゆっくりと息を吸い込んで、静かに語り始める。

 

「あるところに、とてもしっかり者の妹と、どうしようもない放蕩兄貴がいたんだ」

 

 俺の言葉に、会場中の視線が『自然と』パーシーへ集まる。

 

「なんだし!? オレ放蕩じゃねーし! むしろ超真面目だっつーの!」

 

 女に現を抜かして仕事場にも家にもろくに寄り付かないような男は放蕩と言ってもさして間違いではないだろうが。……まぁ、誤解は解いておいてやるか。

 

「別にパーシーのことを言っているわけじゃねぇよ」

「ほらみろ! あんちゃんがこう言ってんだ! こっち見んなし!」

「その男は工場を妹に任せっきりにして他所の女に夢中になり、迂闊な一言で妹を怒らせて家出され、納期に間に合わなかったら家族の縁切るぞ的な冷たい視線で地元へ追い返されたりするようなヤツだった」

「それやっぱオレのことじゃね!?」

「ちなみに、妹が湯浴み中に湯殿に近付いたら即家出するとか言われている」

「やっぱオレじゃん!?」

「あくまでフィクションだ。似ていても別人だ」

 

 そんな、物語のお約束を教えてやり、話の続きをはじめる。

 

「妹には好きな男がいて――」

「あーよかった! やっぱ別人だ。モリーにはそんなヤツいねーし」

 

 ほっと胸をなでおろすパーシー。

 だが、周りの視線は生温かい。ここにいる連中のほとんどが知ってるからな。モリーの淡い恋心も、その相手が誰なのかも。

 気付いてないのは、まだ恋も知らないお子ちゃまとパーシーくらいなもんだ。

 

「極度のシスコンだった兄に、妹は好きな人の存在を打ち明けることは出来なかった。きっと反対されるから」

「ま、とーぜんじゃね? 他人様の妹に手ぇ出す男なんかロクデナシに違いねーし」

「――とか言うから、絶対しゃべるもんかと、秘密裏に恋を育んだ」

「ちょっと待ってし!? 今なんかオレが話に組み込まれなかった!? フィクションだよね、これ!?」

 

 うるせぇなぁ。

 黙って聞けよシスコン兄貴。

 ここからがいいところなんだからよ。

 

「ヒミツの恋は順調に進み、いつしか二人は結婚を誓い合う仲になった」

「ひぅっ!?」

 

 奇妙な声の出所は、モリーだった。

 ……なぁ~にを想像したんだ? ん? 顔が真っ赤だけども?

 視線が合うと、すごい勢いで顔を逸らされた。こちらに背を向け、両手で頬に風を送っている。

 くそぅ……なんであんな可愛い生き物が、あんな中学生英語の通販番組みたいなヤツらに……

 

「それで、まぁ一応親族だし、妹は兄に結婚したいという思いを告げた。……だが、兄は猛反対した」

「兄ちゃんサイテー」

 

 モリーの呟きに殺意がこもっている。

 フィクションだぞ、モリー。まぁ、現実にそういう場面に出くわしたら同じことが起こるだろうけれども。

 

「けれど、妹は折れず結婚を強行した。結婚式は、ずっと憧れていた山の上の白いチャペルで行うことにした。鳥や動物、色とりどりの花にカラフルな虫たちに囲まれて、木漏れ日のチャペルで結婚式を挙げることが、妹の夢だったから」

「………………いい」

 

 モリーがすげぇ力強く頷いた。

 有りだったっぽい。

 

「ただ、問題があった。唯一の親族である兄が反対しているとあって、見届け人を引き受けてくれる神父がいなかった。妹は困って教会へ駆け込んだ。すると、話を聞いた心優しい巨乳のシスターが引き受けてくれることになった。派手さはないけれど、ささやかな式で永遠の愛を誓いましょうと、そのシスターは言ってくれた」

「ささやかな式で、永遠の愛を……いいなぁ、そういうの」

 

「ほふぅ……」と、モリーが熱っぽいため息を漏らす。

 会場にいる、比較的目立ちたくないタイプの女子たちも少なくない共感を覚えているようだった。

 派手にババーンとやりたいヤツもいれば、慎ましく平穏に誓いを立てたい者もいる。

 モリーはどちらかといえば後者だろう。

 

「ふん! オレなら絶対行かねーなぁ。なぁ~にが二人でささやかに~だよ。だいたい山の上とか、人を招待するような場所じゃねーっつの。こっちの迷惑考えろし」

 

 もう、完全に物語の兄とリンクしているパーシーがこの上もなく不機嫌そうに言う。

 まったく、学習能力のない……。フィクションだっつってんのに。

 

「しかし、当然のように兄は反対した。『絶対行かない』と。『なぁ~にが二人でささやかに~だよ。だいたい山の上とか、人を招待するような場所じゃねーっつの。こっちの迷惑考えろし』と」

「ちょっ!? それ、今オレが言ったヤツじゃね!? オレじゃないんよね? フィクションなんだよね!?」

「たまたまだ。偶然の一致だ」

「どんな偶然よ、それ!? たまたまにもほどがあるし!」

 

 うるさいなー、フィクションだよフィクション。

 

「兄は、自分が強く反対すれば妹は諦めると思っていた。けれど妹の意志は固かった。結婚式の当日は雨になるかもしれないという予報が入ったが、それでも妹の決意は揺るがなかった」

「愛って、最強だもんね」

 

 モリーが誰にも聞こえないような声で、自分に言い聞かせるみたいな感じで呟いている。

 自分を重ねているのはパーシーだけではないようだ。

 

「だから兄は強硬手段に出た。式の当日、兄は新郎を誘拐した」

「兄ちゃん最低!」

「パーシー最低だな!」

「なんてタヌキだ!?」

「ちょっ!? オレじゃねーし! フィクションだっつってんじゃん!」

 

 パーシーに非難の声が集中する。

 日頃の行いだろうな、きっと。うん。信用って大事だぞ、パーシー。詐欺師の俺が言うんだから間違いない。

 

「空はどんより曇っていて、まもなく雨が降り出した。最悪の天気にやって来ない新郎。妹はきっと泣きながら帰ってくるだろうと、兄は思った。傷付き、自分の腕の中へ戻ってきた妹に、兄は言ってやるつもりだった。『だから言ったろ? 他所の男なんか信用すんなって。オレがずっとお前を守ってやる』と」

「ま、一理あんな、その兄貴の言うことも」

 

 ねぇよ、パーシー。ねぇって。

 

「しかし、妹は戻ってこなかった。雨はどんどん強くなっていく。まだ昼だってのに空は真っ暗になっていた。それでも、妹は帰ってこない。新郎に会いにヤツの家に行ったのか、それとも教会へ向かったのか。思い当たる場所を回っても、妹は見つからなかった。結婚式の見届け人を引き受けたシスターもまだ戻っていないと、教会で知らされた――二人は、まだ山にいる」

 

 静かに息を飲む音が聞こえた。

 

「気が付いたら、兄は山へ向かっていた。大雨でぬかるむ泥道に足を取られながら、一歩一歩山頂を目指して歩いていた。途中、地すべりによって道がふさがっていた。雨は降り止まず、兄は全身ずぶぬれで、泥まみれだった」

 

「はぁ……はぁ……」と、肩で息をしてみせる。

 ふさがれた道を見上げ、アゴから滴り落ちる汗と雨水を腕でぬぐう。

 道がなくなり、途方にくれた苦悶の表情を見せる。

 

 すると、観客がぐっと身を乗り出した。意識がこちらに集中しているのを感じる。

 こういうエチュードを効果的に挟み込むことで、語りはより一層聞く者の脳裏に情景を浮かび上がらせてくれる。

 

「いっそこのまま引き返してやろうかと思った。けれど、それ以上に不安に胸が潰されそうになった。……山がこんな状況で、山の上の教会にいる妹は無事なんだろうか?」

 

 緊張感が、会場を飲み込む。

 はらはらした顔、息苦しそうな顔、今にも泣き出しそうな不安顔、さまざまな顔が俺を見ている。

 パーシーも、語りの中の兄とリンクして、妹の身を案じているような苦しげな表情になっていた。

 

「崩れた道を迂回して、兄は木々の生い茂る山の中へと踏み込んでいった。草木を掻き分け、泥に足を取られ、容赦なく降り続く雨に全身ずぶ濡れで、……気が付いたら、もうすっかり夜になっていた。普段なら二時間ほどで登頂できるような山なのに、迂回して、迷い、悪路を進んでいたせいで、必要以上に時間がかかってしまった。辺りは真っ暗だった。騒がしく降り注いでいた雨も上がり、山の中はしーんと静まり返っていた。そんな中、木々の向こうに『ぼぅ……っ』と揺れる明かりを見つけた」

 

 会場に焚かれたかがり火が風に揺れた。

 オバケの話をするということで、光るレンガは用意していない。たいまつの頼りないオレンジの光が会場を照らしている。

 

「ようやく、兄は教会へとたどり着いた。暗い山の中で、真っ白な教会がうっすらと輝くように浮かび上がっていた。『はぁ……はぁ……やっとついた……』。肩で息をしながら、兄は教会の扉に手をかける。重い扉が『……ぎっ、…………ぎぃぃ……』と開く」

 

 客席の女子が身を寄せ合う。

 

「教会の中には、白い法衣に身を包んだシスターと、ドレス姿の妹が立っていた」

 

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