異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

213話 協力者たち -1-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:3,207

「おう、邪魔するぞ」

 

 マーゥルのところへ行ってから早二日。

『宴』の準備は急ぎ足で進められている。

 

「おい、オオバ!」

 

 様々な区にエステラから手紙を出してもらい、協力を仰いだり約束を取り付けたりしてもらっている。

 昨日は丸一日執務室にこもりきりだったと、さっき教会で文句を言われた。

 忙しい割には、朝食は食いに来るんだよな、あいつ。

 

「こら、無視すんな、オオバヤシロ!」

「あぁ、疲れてんだなぁ……リカルドの幻覚が見える」

「幻覚じゃねぇよ!」

 

 むっきむきの肩を怒らせて、リカルドが俺を鼻息で吹き飛ばそうとしてくる。

 あまりに荒い鼻息に、俺は服の裾を押さえて、地下鉄の風に煽られるマリリンモンローのようにセクシーで「わぁ~お」なポーズを取ってみた。

 

「リカルドのエッチ~(裏声)」

「気色の悪い声を出すんじゃねぇよ!」

「リカルドのエッチぃ~♪(低音)」

「いい声も出すな!」

 

 低音を効かせた美しいバリトンボイスを披露してやったのだが、気に入らなかったらしい。

 

「で、なんだよ? 邪魔しに来たんなら帰れよ」

「邪魔しに来たんじゃねぇよ!」

「『精霊の……』」

「確かにさっきは『邪魔するぞ』と言ったけども、そのままの意味じゃねぇ……って、聞こえてたんならその時に返事しやがれ!」

 

 俺の手首をガシッと掴み、俺の人差し指を明後日の方向へ反らしながら、リカルドがいつものように怒鳴っている。

 こいつは怒鳴るのが仕事なのか? 騒がしい。

 

「相変わらず仲がいいね、君たちは」

 

 ため息交じりにエステラが陽だまり亭へとやって来る。

 朝飯を食った後一度領主の館へ戻っていたエステラが再度やって来た。

 

「お、ぺったんこ領主同盟そろい踏みだな」

「俺はそんな同盟に入った覚えはねぇ!」

「ボクもないよ!?」

「「いや、お前は入っとけよ」」

「うるさいよ、バカ二人!」

 

 くっ、不覚にもリカルドと意見が合ってしまった。

 なんてことだ。厄日だ。

 

「マーシャから返事が来てたよ。今日顔を出すってさ」

「おぉそうか。じゃあ、食材の件も?」

「OKだって」

 

 よしよし。

 これで魚介類が手に入った。

『宴』だからな。料理は豪勢にいかないと。

 

「ちょっと待てよ、コラ! 俺が先に来たんだから、こっちの話を先に聞けよ!」

「レディーファーストだよ、リカルド」

「誰がレディーだ」

「ぺったんこファーストだ、リカルド」

「……う、うむ」

「そこで黙るな! そして、誰がぺったんこか!?」

 

 リカルドのついでに俺も怒られる。

 まったく、リカルドのせいで……厄日だ。

 

「で、なんの用だよ? 『オオバヤシロ・感動のポエム集』は売ってないぞ?」

「いらんわ、そんな価値のないもん! 狩猟ギルドと話をつけてきてやったぞ」

「うむ、でかした!」

「どんだけ上から目線だ、テメェ!?」

「帰ってよし!」

「まだ話終わってねぇわ!」

「なんだよ。『エステラ・爆笑寝言全集』は予約制だぞ?」

「それは売ってんのかよ!?」

「……君たちの会話は、どうしてこう遅々として進まないんだい? あとヤシロ、売らせないからね?」

 

 もちろん、『宴』には肉も不可欠だ。

 なので、狩猟ギルドにも魔獣の肉を依頼しておいた。

 

 行商ギルドを通して購入しないのには訳がある。

 今回頼んだ肉と魚介類は、大ギルドである狩猟ギルドと海漁ギルドからの『贈呈品』という扱いにしてもらうのだ。

 大ギルド協賛の盛大な『宴』ということになれば、ドニスも出て来やすくなるだろう。

 

 権力をちらつかせた接待ってのは、威力抜群なのだ。

『BU』との対決の際に、二十四区をこちら側に引き込むのに十分な効果を発揮してくれることだろう。

 

 アッスントには話をつけてある。

 そういう理由だから口を挟むなよと。

 アッスントも、豆板醤の件があるので、目先の微々たる利益に目くじらを立てるようなことはしなかった。ただ、『宴』に一枚噛ませろとは言ってきたが。

 

 行商ギルドも全区に影響力のある大ギルドだ。

 協賛に名を連ねてもらうのは構わない。

 

 要するに、「ウチの食材も使え」(=「たくさん買え」)ということだ。

 

「あぁ、それからな。メドラから伝言を預かってきたぞ」

「……め、どら?」

「嘘だろ、オイ!? どうやったら、あんな強烈な生き物を記憶から抹消できるんだよ!?」

 

 ちっ、……うっせぇな。

 忌々しいことにはっきりと覚えてるよ。つか、海馬に焼きついて消えやしねぇよ。

 今記憶喪失になったら、メドラのことだけしか思い出せないんじゃないかって恐怖を感じるレベルで克明に記憶しちまってるよ。

 

「で、ゴモラがなんだって?」

「メドラだよ! なんか、むしろそっちの方がイメージぴったりだけど、メドラだからな!」

 

 メドラメドラと連呼するな。

 脳に深刻なダメージが生じたらどうするんだ。

 

「『何か困ったことがあったら、全力で力になる』だとよ」

「その発言をした張本人に困らされることが多いんだが?」

「そこは我慢しろ。メリットとデメリットはセットで甘受するべきだ」

 

 ……デメリットが強烈過ぎだろうが。

 

「あぁ、あと……まぁ、これは聞くか聞かないかはテメェの好きにすればいいんだが」

「じゃあ聞かない」

「『また会いに行くからね、ダーリン(はぁ~と)』だそうだ」

「聞かねぇつったろうが! 言うんじゃねぇよ!」

 

 脳が!

 俺の脳に深刻なダメージがっ!?

 

「『寂しくなったらいつでも会いに来てね(だぶるはぁ~と)』とも言っていたな」

「誰が行くか!」

「『寂しくなったら会いに行っちゃうかも、きゃっ(とりぷるはぁ~と)』とも言っていたな」

「封鎖を! エステラ、今すぐ四十一区との間に強靱な壁を作るんだ! 魔物が来るぞ!」

「そんなことしたら、二十四区に行けなくなるよ? 『宴』するんでしょ」

 

 バカなっ!?

 俺の身がどうなってもいいというのか!?

 犠牲の上に成り立つ平穏なんて、そんなもんはまやかしに過ぎないんだぞ!

 

「よし、伝言は全部伝えたから、俺の仕事は終わりだな」

「帰れ! 二度と来るな、このむきむき領主!」

「ふふん、喜べオオバヤシロ。今日はここで飯を食っていってやろう」

「帰れ!」

 

 コノヤロウ、してやったりみたいな顔しやがって。

 

「おい。誰か、接客しに出てこい」

 

 偉そうに椅子に座り、ウチの店員に接客を強要する悪の領主リカルド。

 こんなに極悪な人間を、今まで見たことがあるだろうか。

 

「なんて横暴なヤツだ」

「食堂で接客を求めるのは普通だろうが!」

「……呼んだか、横暴領主」

「こっちからは一切呼びもしてないのに、いらっしゃいです」

「なぁ、お前ら。『接客業』って理解してるか? あと、『領主』って分かるよな!?」

 

 能面のような顔でリカルドの前に立つマグダとロレッタ。

 当店は客を選ぶ食堂なのだ。

 

「……ご注文は?(どうせまた肉なんだろうけど)」

「心の声がはっきり聞こえてきてるぞ、トラの娘!」

「ご一緒に飲み物はどうです?(肉とか)」

「肉は飲み物じゃねぇよ、普通っ娘!」

 

 こいつは、ここに来ればこうやって遊ばれると分かっているのに、なんで何度も足を運ぶかなぁ?

 ドMか?

 ドMなのか?

 

「あ、リカルドさん。いらっしゃいませ」

「おぉ、店長か。ようやくまともなヤツが出てき……」

「麻婆茄子がお勧めですので、それにしておきますね」

「ちょっと待てぇ! お前だけがこの店の良心なんだぞ!? お前までオオバ色に染まったら、この店終わりだからな!? マジで終わるからな!?」

 

 厨房からちょこっと顔を出し、すぐさま引っ込むジネット。

 どんなに声を張り上げても、ジネットが再び顔を出すことはなかった。

 この次出てくる時には、お盆の上に麻婆茄子が載っていることだろう。

 

「ジネットちゃん、今は『作りたい時期』なんだね」

「あぁ。もう完璧にマスターしたはずなんだが、『まだよくなるはずです! 奥が深いです、この料理!』って、妙に張り切っちまってな……」

「とんでもない料理を持ち込んだみたいだね、君は」

 

 作り手によって味がまったく変わるからな、麻婆は。

 ジネットが夢中になったせいで、店の中が中華の匂いに満たされている。……食堂、なんだけどなぁ、ここ。

 

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