異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

エピローグ 四月七日 -2-

公開日時: 2021年2月27日(土) 20:01
文字数:2,296

「これ……」

 

 それは、黒いエプロンだった。

 首からかけて、胸から下を覆うエプロンで、胸のところに『オオバ・ヤシロ』と刺繍がされている。

 

「あ、あの、ヤシロさんだけ、ご自分専用のエプロンをお持ちでなかったので……」

 

 それは、あえて持たないようにしていた物だ。

 一応共用のエプロンがあって、男が俺だけなのでそれが俺専用のような扱いではあったが、ウーマロやベッコに店を手伝ってもらう際はそいつらもつけていたりした。

 共用で十分だと思っていたのだ。

 どうせ、いつかはいなくなるのだから、と。

 

「……俺専用のエプロン」

「もらって、いただけますか?」

 

 尋ねるジネットの顔は、嬉しそうで、少し不安そうで……

 

「ジネット。それからマグダ……と…………え~っと……」

「ロレッタです! 泣くですよ!?」

「冗談だよ。ロレッタ」

 

 三人の名を呼んで、しっかりと目を見つめて、はっきりと伝えておく。

 

「ありがとう。すげぇ嬉しい」

 

 ぱぁっと、三人の顔が明るくなり、手を取り合ってぴょんぴょんと跳ね出した。

 

「あ、あの。つけてみてもらえませんか?」

「今か?」

「はい! 今です」

 

 まぁ、もらったものだしな。

 俺はエプロンを首にかけて、紐を結ぶ。

 

 すると、ジネットとマグダとロレッタが俺の前に整列し、ピシッと背筋を伸ばして姿勢を整える。

 

「ヤシロさん。ようこそ、陽だまり亭へ」

「新しい従業員を歓迎するです!」

「……先輩の言うことを聞いて、日々精進するように」

 

 ……こいつら。

 

「あぁ。よろしくな」

 

 俺がそう言うと、割れんばかりの拍手が湧き起こった。

 

 そうか。

 もういちいち言わなくても分かるのか。

 

 俺が、もうどこかに行こうなんて考えていないことが。

 俺が、陽だまり亭に残ることが……

 

 

 ……すげぇ照れくさい………………くっそ、なんかムカつく!

 

 

「よし、それじゃあ祝われる者から、一つお願いをしてもいいかな?」

「はい。言ってください」

「可能な限りで協力してあげようじゃないか」

 

 協力的だな、ジネットにエステラ。

 

「んじゃ、エステラはここに立っててくれ。で、ジネットはこっちだ」

 

 エステラを出口のそばに立たせ、ジネットを食堂の一番奥へと連れて行く。

 

「それで、俺が言う順番に並んでくれるか?」

 

 そうして、エステラの隣にマグダ、ミリィ、ロレッタ、パウラ、ネフェリー、レジーナ、ナタリア、ベルティーナ、マーシャ、イメルダ、ノーマ、デリア、そしてジネットの順で並んでもらう。

 そして俺は陽だまり亭を一度出る。

 

 おぉ…………順番に並んでいる。こっちから見ると全員のおっぱいがちゃんと視界に収まる…………乳比べだっ!

 

「俺の故郷には『ハイタッチ』っていうのがあってな、高く掲げた手のひらを順番に叩いていくってヤツなんだが……今回はそれをおっぱいでやってみたいと思う!」

「じゃあみんな、手を高く上げて~」

「ちょっと待て、エステラ! 俺は『ハイタッチ』ではなく『パイタッチ』を提案しているのであって……!」

「ほら、ヤシロ、早くしてよ」

「とりあえず全員、一回上に着てるヤツ脱いでみないか? やっぱり『パイタッチ』は生乳に限ると思うんだが……!」

「じゃあ、こっちから順にヤシロを一発ずつ殴っていこうか」

「待て! 折角俺が気を利かせて幼いシェリルと恋人持ちのウェンディを外すという親切心を発揮したというのに……!」

「じゃあ、行くよ~!」

 

 結局、陽だまり亭のドアの前に立つ俺目掛けて、店内から次々出てくる美女美少女たちが、おっぱいの小さい順に俺の頭を軽く叩いたり撫でたりしていくという謎の儀式になってしまった。

 最後のジネットが乱れた俺の髪の毛をさわさわ撫でて整えてくれたのがちょっと気持ちよかったけどな。

 

「本当は明日、パーティーをするつもりでしたので、みなさんプレゼントが間に合わなかったりしたようですが……気持ちだけは一欠けらも減ることなく、きちんとお伝えできたと思うんですが、いかがでしたか?」

 

 俺の髪を撫でながら、ジネットが聞いてくる。

 

「……まぁ、気持ちは十分過ぎるほどもらったけどな」

 

『パイタッチ』は出来ずじまいだったが……

 

「それは何よりです。次は、もっとちゃんと準備をしてパーティーしましょうね」

 

 と、そんなジネットの言葉に、ロレッタがピシッとした挙手で提案を投げかける。

 

「店長さん、ご提案です!」

「なんですか、ロレッタさん?」

「明日もパーティーやりましょうです! 計画通り、明日はお兄ちゃんが陽だまり亭に来て一周年記念のパーティーをやるです!」

「二日続けて、ですか?」

「いいねそれ! ボクは賛成だな」

「エステラ様に同意です」

「アタシもまぁ、異論はないさね」

「毎年恒例や~ってなると、ちょ~っとばかりメンドクサイけどなぁ」

「ぁ、みりぃも、お祝いしたい!」

「ウチの店からまた差し入れ持ってくるからさ、やろうよ、ヤシロ!」

「そうだよ、やろうよ、みんな! 私も絞めたての鳥肉持ってくるし!」

「お、ここは鮭の流れだな!? よし、持ってきてやるぞ!」

「では、明日も美味しい物がたくさん食べられるのですね……うふふ、嬉しいですね……じゅる」

「……賛成多数」

「やるです! お兄ちゃん!」

「ヤシロさん」

 

 最後にジネットがにっこりと笑って言う。

 

「ここでパーティーを開催することは、ウチの売上に繋がると思いませんか?」

 

 こいつは……出来もしない変化球を投げてきやがって…………

 

「よぉし、分かった! 今日も明日もパーティーだぁ!」

「「「「「イェーイ!」」」」」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 誕生日を祝わなくなったのは、いつからだっただろうか――

 

 

 それはいまだに思い出せない。

 

 けれど――

 

 

 

 誕生日を再び祝い始めたのがこの日であることを、俺はこの先一生忘れないだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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