異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

210話 ただいまのあとは -1-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:4,098

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 あぁっ! 落ち着く!

 

「ふぇっ!? ヤ、ヤシロさん、どうして泣いているんですか!?」

「なんか……三ヶ月くらい二十四区にいた気がする……」

「うふふ。大袈裟ですよ。一泊二日だったじゃないですか」

 

 そんなことを言いながらも、俺の頭を「よしよし」と撫でてくれる優しい手。

 あぁ、紛う事なきジネットだ。

 俺は、陽だまり亭に帰ってきたんだ。

 

「……ヤシロ」

「お兄ちゃん!」

 

 店の中からマグダとロレッタが飛び出してきて、俺の腰にしがみつく。

 

「……久しぶり」

「なんか、三ヶ月ぶりくらいの気分です!」

「いえ、ですから、一泊二日で…………まぁ、それくらい寂しかったということですね」

 

 うふふと、笑うジネット。

 お前も、飛び込んできていいんだぜ、胸で。……もとい、胸に。

 

「変わりはなかったか?」

「はい。みなさんで楽しくお泊まり会をして、あとは普段通りです」

 

 そうだった!

 こいつらは、「ドキッ! ぽぃ~んだらけのお泊まり会」を開催してやがったんだった! 俺抜きでっ!

 くそう! くそう!

 今度、絶対もう一回開催してやる! 俺メインで!

 

「とにかく中に入ってください。お食事は?」

「まだだ。そんな暇がなくてな」

「では、すぐにご用意しますね。……エステラさんも、おいでになればよかったのに」

「あぁ、あいつは別件で忙しいんだ」

 

 モコカをご招待だからな。

 陽だまり亭の飯は明日ご馳走するとして、今日は領主の館での晩餐だ。

 情報紙に、いいように書いてもらわなきゃな。

 

「明日、客を連れて食いに来るってよ」

「そうですか。では、しっかりおもてなししなきゃですね」

「いや、ベッコも呼ぶからちょっとランク下げよう」

「……ベッコが来るなら仕方ない」

「平均値ですね。まったく、ござるさんは迷惑ばかりかけるですね……」

「あの……そんなこと、ないですよ? ちゃんとおもてなししましょう、ね?」

 

 そうだな。ベッコのだけ別にしてランクを下げよう。

 そんなことを思いながら陽だまり亭へ入る。懐かしい香りがする。最近は甘い香りがよくしている。ドーナツが大ヒットしているからな。チョコとカスタードの香りが立ちこめている。

 

「どんどん、食堂からかけ離れていってる気がしてきた……」

 

 外には食品サンプルがディスプレイされ、人気のメニューはケーキにドーナツ。

 食堂と呼ぶには、少々ハイカラ過ぎる気がするが……まぁ、店長が気に入っているのでよしとしよう。

 祖父さんが店長だったらあり得ないラインナップかもしれんが、ジネットが店長なら、なんとなく納得できる。

 やっぱり、店ってのは店長の影響が色濃く出るもんだよな、うん。

 

「……大丈夫。マグダがパスタをマスターするのも時間の問題」

 

 イタリアンに近付くな。

 

「あたしは、コーヒーをマスターしたです!」

 

 カフェか。

 

「豆板醤が完成すれば、またメニューが増えますね」

 

 中華!

 

「ごめん、ほんっとごめん……」

「なぜ謝るんですか? とてもいいことだと思いますよ?」

 

 まぁ、焼き鮭定食とかあるし、まだ辛うじて食堂と名乗っても問題ないだろう。

 まもなくファミレスになりそうだけどな。

 ……タコスとポップコーンはファミレスにもあんま置いてないよな。なんて多国籍。

 

「ヤシロさん。二十四区で、何か問題でもありましたか?」

 

 俺が少し難しい顔をしたからだろう。ジネットが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 いや、二十四区でというか……少しの時間ここを離れたおかげで客観的にこの店を見ることが出来たせいなんだが……

 

「俺が持ち込んだ料理が、元からあった陽だまり亭っぽさを壊してしまってんじゃないかって思ってな」

 

 ジネットは、「祖父さんがいた頃の陽だまり亭」に強い思い入れを持っていた。

 その頃の雰囲気は、きっともうほとんど残っていないだろう。

 リフォームも、新メニューも、みんな俺が持ち込んだことだ。

 

「祖父さんの面影、消しまくってるよな、俺」

「そんなこと……」

 

 何かを言いかけて、ジネットは「あっ」と口をまん丸く開く。

 そして、たまに見せるいたずらっ子のような顔付きで「うふふ」と口をすぼめる。

 何かをしでかすつもりの顔だ。

 

 今度は誰に何を吹き込まれたんだ?

 

「ヤシロさん」

 

 ちょこんと俺の前に立ち、人差し指を立てて、教育テレビのお姉さんのような仕草で俺に言う。

 

「カエルさんのお顔にお小水ですっ」

「ぶふぅーっ!」

 

 俺の口から、なんだか分からない液体が迸った。

 

「ヤシロさん!?」

「……ヤシロ、汚い」

「店長さん、大丈夫ですか!? 唾まみれです!」

「いえ、わたしより、ヤシロさんが!」

 

 ごほっごほっと盛大にむせる俺の背を、ジネットが労わるような手つきで撫でてくれる。が……

 

「……どこで覚えてきた、その奇妙な言葉」

「えっと、あの……ノーマさんが使ってらしたのを真似してみたんですが」

 

 ノーマが使ってたってことは、正しくは「蛙の面にションベン」だな。

 それをジネットフィルターに通すとあぁなるわけか。

 

「えっとですね……」

 

 と、ジネットが当時のことを振り返り聞かせてくれる。

 その内容から見えたのは、こんな会話だった――

 

 

 

ノーマ「それにしても、ヤシロはしょっちゅう留守にしてるさね、最近」

ジネット「四十二区のために頑張ってくださっているんだと思いますよ」

ノーマ「甘いさねっ! 店長さんがそんな甘いことばっかり言うから、ヤシロがふらふらするんさね! たまにはガツンと、あの放蕩従業員に鉄拳制裁でも加えてやった方がいいんさよ」

ジネット「そんな……ヤシロさんが可哀想ですよ」

ノーマ「大丈夫さよ。店長さんに平手打ちされるくらい、ヤシロなら蛙の面にションベンさね」

ジネット「カエル……え? ヤシロさんがそんなことを!?」

ノーマ「違うさね。『全然大丈夫、気にしない』って意味さよ」

ジネット「そうなんですか。覚えておきますね」

 

 

 

 ――で、こうなったわけだ。

 

「あの、以前ヤシロさんが、『イタズラならどんどん仕掛けてくれた方が嬉しい』とおっしゃっていましたので……、驚いてくれるかと思ったのですが……」

「いや、驚いた。それはもう驚いたよ……」

 

 気管にポップコーンが詰まったのかと思うくらいにむせ返ったしな。

 

「でも、面白い言葉ですね、『カエルさんのお顔にお小水』」

「ジネット。お前がそういう言い方をすると、とある特定の層にはご褒美に聞こえるから、控えるんだ」

「ご褒……!? そ、そんなことはないかと思うのですが……」

 

 いいや、ジネット!  お前は甘い!

 いるんだよ……そういう層が…………

 

「それに、使い方が少し違う」

 

 蛙の面にションベンは、確かに「気にしない」って意味ではあるが、それは「面の皮が厚くて気にもしない」というニュアンスで、相手を蔑む意味合いで使われることがほとんどだ。「恥知らず」的な意味合いでな。

 おまけに――

 

「もともとは『カエルの面に水』って言葉だったんだぞ」

「えっ!?」

 

 まぁ、あくまで「日本では」だけどな。

 

「そ、そうなんですか?」

「それが、いつしかションベンに変わって、浸透したって話だ」

 

 って、日本のことわざの話を、『強制翻訳魔法』がどう解釈して翻訳しているのか気になるところだが。

 

「そ、そうですよね。お顔にお小水は、さすがに気にしますよね」

「いや、ただの言葉だから、『実際は~』とか『本当なら~』とか気にしなくていいんだ。『カエルの子はカエル』ってのも、本来ならオタマジャクシだしな。てか、そんなことはどうでもいいから『お小水』を連発するな」

「はっ!? す、すすす、すみません! 食堂でそんなお話を……っ!」

 

 いや、どこでも関係なく、あんまり言うな、な?

 

「……カエルの面に『ノーマの』小便」

「マグダ。お前は確実にご褒美化させようとして発言してるだろ?」

「パーシーさんの面に水、です!」

「ロレッタ。それはイジメだ」

 

 タヌキメイクが落ちるからな。

 

「あ、あのっ! こ、このお話はもうやめましょう! ね?」

 

 自分で言い出したジネットが真っ赤な顔で両腕を振り回す。

 この近辺に漂う「そういう」空気を霧散させたいらしい。

 

「そ、それでヤシロさん! お食事は何が食べたいですか!?」

「ジネット史上もっとも勢いのある注文聞きだな。ちょっと怖ぇよ」

「……ポップコーンがおすすめ」

「すまん、飯を食わせてくれ」

「コーヒーがおすすめです!」

「固形物でもなくなったな!? 腹減ってんだわ、俺!」

「では、ドーナツを!」

「飯ー! ご飯を食わせてくれ! お米粒をっ!」

「分かりましたっ! では、ドーナツとおにぎりを!」

「マグダ、ロレッタ! 一回ジネットを外に連れ出して、落ち着かせてきてくれ!」

 

 自分の発言で盛大に照れるという大自爆をやらかし、ジネットの思考が停止している。

 これでは、本当にドーナツとおにぎりが出てきかねない。

 ドーナツライスはさすがにきつい。

 

 わたわたと、食堂入り口へと連行されていくジネットの背中を見つめ、俺はある種のあきらめを感じていた。

 まぁ、しょうがないか。この状況じゃあな。

 

「じゃ、自分で適当に何か作るか」

「「それはダメです!」」

 

 ジネットとロレッタが声をそろえて反論し、マグダが物凄い速度で戻ってきて俺の肩を押さえつける。強制的に着席させられ……くっ、立ち上がれない。

 

「ヤシロさんはお疲れですので、座っていてください」

「そうです! あたしたちがちゃんと作るです!」

「……ヤシロ、めっ」

 

 なんで怒られたんだ、今?

 

「ドーナツとコーヒーとポップコーンが出てきたりしないよな?」

「大丈夫です。ちゃんとお腹に溜まるものを作ってきますので」

「美味しいご飯を作るです!」

「……ヤシロ、ハウス」

「こら、マグダ」

 

「ハウス」じゃねぇよ。

 

「あぁ、じゃあ。マグダとロレッタで飯を作ってきてくれ」

「はぅっ!?」

 

 ジネットが奇声を発し、同時に大きな瞳が潤み始める。

 

「ヤ、ヤシ……ヤシロさん……わたし、の……料理は…………信用できません、か?」

「違う違う! そんなわけないだろう!」

 

 今にも泣き出しそうなジネットのもとへ駆け寄り、椅子へと座らせる。

 先ほどまで俺を押さえつけていたマグダは、俺の指名を受けて、現在ロレッタと一緒に気勢を上げている。

 

「……下克上」

「あたしたちの時代です!」

 

 いや、だから……

 

 くすんくすんと、鼻を鳴らすジネット。

 あぁもう、泣き止め。

 

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