そんな話をしている間も、レースは順調に進み――
「お客様の中にー、あたしより強い人いませんかぁー!?」
――と、年少組のハムっ娘が危険なことを言う。
あ~ぁ、そんなことを言ったらす~ぐ食いついてくるぞ、あの筋肉領主……
「よぉし、ナイスだ妹! しょうがねぇから俺が協力してやろう! なぁに、遠慮はするな! 俺は領主だが、一般人には優しく人気もある領主なんだ、遠慮はいらねぇ!」
「え……あの……っ」
頼まれもしないのに、貴賓席の椅子を越えてズンズン妹に迫るリカルド。
妹がおびえている。……そりゃ怖いよな。筋肉むきむきで顔の怖い知らない男が鼻息荒く自分に向かってくればな。
止めるか?
と、思ったら、リカルドの肩を、もっと筋肉むきむきなオッサンが掴み、その進行を止めた。
ハビエルだ。
「妹ちゃんを怖がらせるんじゃない!」
「邪魔しようってのか、木こりギルド!?」
「邪魔ではない、保護だ! 幼い子を悪漢から守るのがワシの務めじゃ!」
「誰が悪漢だ!? 俺はこのガキに協力してやるっつってるだけだろうが!」
「妹ちゃんは、ワシとお手々つないでゴールするんじゃい!」
「テメェの方が悪漢だろうが!? このドロリコン!」
筋肉と筋肉がにらみ合って火花を散らす……汚ぇ花火だ。
「……なぁ、エステラ」
「ごめんヤシロ。今、話しかけないで……」
「この街の重鎮って、自分の痴態隠すのやめちゃったの? どいつもこいつも」
「だから、話しかけないでって……」
激しく痴態をさらし合う四十一区領主(参加したくて必死)と木こりギルドのギルド長(幼女とお手々つなぎたくて必死)の争いは、メドラが差し向けた狩猟ギルドの女狩人の登場により無効試合となった。
あとに残ったのは「あの領主、必死過ぎ……ぷぷぷ」という会場の空気と、レースに参加している実の娘に手招きされて青ざめているハビエルの悲惨な未来だけだった。
イメルダの手には『一発ぶん殴りたい人』と書かれた紙が持たれている。……そんなお題も入ってたんだ。引きが強いなぁ、イメルダは。
「条件に合いそうなら選んでやれよ、あいつうるせぇから」
エステラにそう言うと、エステラは肩をすくめて首を振った。
「残念ながら、ボクには決めている相手がいてね。よほど見当違いなお題が出ない限りはこじつけてでもレースに参加させてあげたい娘がいるんだよ」
そう言って救護テントの方を見る。
テレサをレースに参加させてやりたい。そんな思いがありありと分かる。
よほど変なものがこない限りは、どうとでもこじつけられそうだからな。『お世話になった人』とか『大切な人』とかでもな。
『自分より背が高い』とかになってくると無理だけれども。
「あの。では、わたしがお誘いしてきましょうか?」
この次出走するというジネットが、俺たちの前にやって来て、可哀相な、見るに堪えない、寂しい領主に救いの手を差し伸べる。
お前は本当に甘いよなぁ。あんなの放っておけばいいのに。
「ジネットちゃん、無理はしなくていいんだよ?」
「いえ。別に無理なんて……」
「それに、リカルドごときにジネットちゃんはもったいないよ!」
「もったいない……ということは、ないかと思うんですが……?」
ジネットがリカルドごときに配慮している。慈愛の塊か、こいつは。
「では、行ってきます」と、力こぶを作り……まぁ、出来てないんだけども……ジネットが駆けていく。……駆けて、いる……はずだ。あれでも。
そうして、コースの途中に置かれた紙の中から一枚を引き、餌が欲しいサル山のサルのごとき猛アピールを繰り返すリカルドの前に立つ。
「えっと……お客様の中に……」
「おっ!? 陽だまり亭の店長か! お前は四十二区において数少ない良識のある人間だからな。誰に助けを請うのが最適か、よく分かっているだろう? さぁ、お題を言え! 俺が一緒に行ってやろう!」
「わたしと……ひ、一晩、お泊まりをしたことがある方…………は、いらっしゃいますか?」
「…………」
「…………あの、すみません」
「あぁ……いや。うん、気にするな」
な~んか妙な空気が醸し出されている。
さすがに、なぁ。
「俺、こいつとお泊まりしましたー!」とか、領主が表立って言えないわな。……つぅか、そんなことを嘘でも抜かしやがったら埋める。そこらの隠れジネットファンと共謀して山奥に埋めた後、日を改めて掘り起こし海に沈めてやる。
「あ、あの、シラハさん。お願いできますか?」
「あら、そうねぇ。ジネットちゃん、ウチにお泊まりしたものねぇ」
一般席で観戦していたシラハを見つけ、ジネットは無事ミッションをクリアした。
……つか誰だよ、あんな際どいお題を入れやがったのは。人によっては大スキャンダルに発展しそうな危ないお題じゃねぇか。
「なぁ、ヤシロ。あいつうるせぇな」
デリアがやって来て、リカルドをばっさりと切り捨てる。
ルシアは『様』だけど、リカルドは「あいつうるせぇなぁ」なんだな、お前の中では。
「なんだか、目に余るさね」
「ウチのチームの小さい子達が怖がってんだよね」
「ねぇ、誰かそれっぽいお題を引いたら指名してあげよう。その方が平和だろうし」
「ぅ、ぅん……そぅ、だね。領主さん、かわいそう、だし、ね?」
ノーマにパウラにネフェリー、そしてミリィにまでも気を遣わせるバカ領主。
けどな、ミリィ。可哀相なんて思わなくていいんだぞ。迷惑なほどやかましいから黙らせるために仕方なく指名してやるだけなんだから。
「じゃあみんな、本当に、ほんんんんんんんとぉぉぉぉぉぉぉぉおに申し訳ないんだけど、アノバカのこと、よろしく頼むよ」
「エステラの幼馴染のアイツな」
「やめてくれるかい、ヤシロ。名誉が酷く傷付けられるから」
事実を必死に隠蔽するエステラ。
やだねぇ。権力者が真実を隠蔽するとか……腐敗政治の始まりだな。
「あ。あたしの番だ」
尻尾をわさっと揺らして、パウラが駆け出す。
ダイエットの成果が出たのか、無駄のない肉付きの足がとても健康的でよい感じだ。
本人は「ネフェリーより太い」とか言って気にしているようだが、男目線で言えばパウラでも細過ぎるくらいだ。もう少しむちっとしていてもいい。
男はぷにぷにしたものが好きだからな。
その証拠に……と言っていいのか判断には迷うが、応援席からはパウラファンのオッサンどもが熱い視線を送っている。
もちろん、純粋なスポーツの祭典を汚すようなエロい目線でだ。
「まったく、オッサンどもは……ぷにぷにしたくなるふくらはぎのラインを卑猥な目で見やがって。あ~、やだやだ」
「ヤシロ。君もまったく同じカテゴリーに属しているからね?」
エステラよ。それこそ酷い名誉毀損だぞ。俺は生足フェチのオッサンどもとは違う。
尻尾も好きだしね!
「え~っと……」
パウラがお題を取り、リカルドが身構える。
「お客様の中で、あたしのいいところを十個言える人はいますか~?」
「よし、任せろ! 犬耳の店員!」
「えぇ……ちゃんと言えますか?」
「造作もないことだ。俺は他人の長所をよく見ている男だからな!」
「じゃあ、試しに何かあたしのいいところを挙げてみてください」
「あ? あ~……そうだな…………足の肉付きがいいな!」
「セクハラ! サイテー! スケベ!」
「ちょっ!? 待て! 褒めたんだろうが!」
デリカシーの欠片もないリカルドの前から逃げ出すパウラ。
そうだな。それが賢明だ。
いいところを挙げろと言われて、真っ先に「足の肉付き」とか言うかね、普通?
結局パウラは、屋台で魔獣のフランクフルトを売っていた自分の父親を引っ張っていきゴールした。
ゴールでは、本当に書かれている通りの人物であるかを確認する作業を行う。
今回なら、実際にパウラのいいところを十個言わせるのだ。……う~っわ、娘のいいところ言い出したら止まらなくなってやがんの、あのバカ親。実行委員が「もういいです!」って言ってんのに全然やめる気配ねぇな。
「じゃあ、次は私ね」
続いてネフェリーが軽く敬礼をしてからコースへと駆けていく。
なにあの敬礼? トサカの歪み確認? で、なんでパーシーは地面に転がって身もだえてんの? あ、可愛かったの、さっきの? へー。
「お客様の中に~……」
ネフェリーがお題を広げてそれを声に出す。
「私が抱きしめたくなる人はいませんか~?」
「よし、いいぞ、ニワトリの娘! 本来なら身分違いだが、今回だけは特別に許可してやろう!」
――と、なんかリカルドが胸筋を強調し始めた。……え、なに、あれ? あれで「キャー素敵! 抱きしめたい!」って思われるとでも?
そして、俺の隣でパーシーがとてつもない殺気を放出し始める。……こいつ、いざそうなったら命がけで止めに入る気だ。領主暗殺もやむなし、みたいな目をしてやがる。
「さぁ、ニワトリの娘! 俺の胸に飛び込んでこい!」
「いや……結構です」
真顔で拒絶するネフェリー。
女子って、心底ドン引きすると、顔から表情なくなるんだねぇ……
おーおー。パーシーが嬉しそうに腹抱えて転げ回ってやがる。指差して他区の領主笑ってやがるわ。
「わぁ! 可愛い~っ! ご協力お願いできますか?」
ネフェリーは、観客席にいた子連れの母親を見つけ、赤ん坊を抱いてゴールした。女子力の塊か、あいつは。少年誌に出てくる優等生そのままだな、相変わらず。
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