異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

162話 デリアの焦燥感 -1-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:2,126

「出発は明日の朝だ。エステラの館に集まるように」

 

 二十九区へは、ルシアの馬車で向かうことになった。

 二頭立ての豪華な馬車を用意してくれているらしい。

 

「ということは、今日はエステラのところに泊まるのか?」

「いや。ニュータウンに泊めてもらおうと思っている」

 

 四十二区において、ルシアレベルの要人が宿泊できるのはエステラの館くらいしかないと思っていたのだが、ルシア自身がニュータウンに泊まりたいと言い出した。

 確かに、ニュータウンにはかつてウーマロたちが仮の宿としていた宿泊施設がいくつかあるが、ルシアを泊めるには少々グレードが低い。

 そんなところでいいのか?

 

「出来ることなら、マグまぐやデリりんの家にお泊まりして一晩中はすはすしていたいところだが……」

「エステラ。四十二区の危機だ。この変態を今すぐ摘まみ出せ」

「まぁ、待って。一応思い留まっているから、今回は警告のみで見過ごそうじゃないか」

 

 誰がマグまぐとデリりんだ。変なあだ名を付けるなと言うのに。

 

「店長さんが『ジネぷー』で、マグダっちょが『マグまぐ』、デリアさんが『デリりん』ということは、あたしは『ロレっぴ』とかですかね?」

 

 自身の新しいあだ名を想像して瞳をキラキラさせるロレッタ。

 喜ぶなよ、こんなけったいなあだ名を。

 

「いや。そなたにはもっと相応しい呼び名がある」

「ほょ!? なんです? なんですか? 教えてほしいです!」

 

 柔和な笑みを浮かべるルシアに、ロレッタがぴょこりんと近付く。

 獣特徴が出ていなくても、ルシアの獣人族好きは発揮されるのだろうか。

 それとも、ジネットと同様に陽だまり亭メンバーはお気に入りだとでもいうのか。

 とにかく、非常に友好的なムードでロレッタを受け入れているように見える。

 

 まるで妹を見つめる姉のような優しい視線を向けて、ルシアがロレッタを呼ぶ。

 

「お義姉ちゃん。今夜一晩世話になるぞ」

「ロレッタ! 今すぐ帰ってハム摩呂を安全な場所に避難させてこい!」

 

 妹を見るような目じゃなかった!

 義理の姉に仕立て上げようとしている目だった!

 

「おのれ、カタクチイワシッ! 私の初恋を邪魔する気かっ!?」

「大真面目に狙いに来てんじゃねぇよ!」

 

 青少年保護育成条例とか、この街には早急に必要なんじゃないだろうか。

 領主とかギルド長という権力者に、度し難い変態が多過ぎる。

 

 本能が危険を察知したのか、ロレッタがジネットの背中に身を隠している。

 領主で貴族だが、あんなヤツを身内に招き入れてはいけない。

 ロレッタ、お前の本能は正しい判断をしたようだな。さすがだ。

 

「ルシアさん。川の視察をしましょう。『BU』との話し合いに備えて」

 

 変態道を全力疾走しているルシアに、エステラがまっとうな意見を持ちかける。

 軽く睨まれて一瞬怯んだりするものの、そこは領主、毅然とした態度でルシアに対峙している。

 

「うむ。四十二区の現状を把握し、二十九区の行った措置がいかに非道であるかを訴える必要があるな。非人道的であり、とても容認できないと」

 

 水は生命線だ。

 それを堰き止めるということは、宣戦布告と取られてもおかしくない暴挙だ。

 

 もっとも、戦争なんぞ四十二区の領主、領民共に望むわけもないので、非難程度に収めるのだろうが。

 

「な、なぁっ!」

 

 デリアが立ち上がり声を上げる。

 テーブルに手を置いて、身を乗り出すように俺たちに険しい表情を向ける。

 

「統括裁判所に訴えられないのか? だって、二十九区のヤツは悪いことしてんだろ!?」

 

 水門を封鎖するなど言語道断だと、訴えてはどうかと、そう言うのだろう。

 だが、エステラもルシアも、その意見にはあまりいい顔をしなかった。

 

「悪いという判断基準は明確ではないからね。もう少し慎重にならざるを得ないよ」

「なんでだよ!? 意地悪してんだろ、二十九区は!」

 

 意地悪。

 単純な言葉を使えば、まさに二十九区をはじめとした『BU』の行っている行為は意地悪そのものだ。

 だが……

 

「裁判っていうのは、そういう単純なものじゃないんだよ」

「だってさ! 悪いことしたら怒られるだろ!? されたら怒るだろ!?」

「う~ん……それはそうなんだけど……」

 

 エステラは本当にデリアのような素直な感性の持ち主を説得するのが下手だ。

 領主故に言葉を濁す癖があるエステラと、相手の言葉の裏の意図を汲み取るのが苦手なデリア。この二人の会話はなかなか噛み合いにくい。

 

 ……ま、時間もないしな。

 

「デリア、ちょっといいか」

 

 デリアを納得させる手伝いくらいはしてやろう。

 

「悪いっていうのは、立場が変われば見え方が百八十度変わるんだ」

「そうかな? 悪いことは誰が見たって悪いんじゃないのか?」

「例えば、俺はおっぱいが触りたい、いや、揉みたい! だが、ジネットは触らせてくれない」

「あ、当たり前ですよ!?」

「な? ジネットは酷いヤツだろう?」

「いや、それはヤシロが悪いだろう」

「ボクもデリアに賛成だね」

「……疑う余地もなく」

「お兄ちゃんを擁護は出来ないです」

「滅びろカタクチイワシ」

「仕方ない思う、このケースでは、客観的に見て」

 

 く……多勢に無勢か……。これだから多数決で決まるような世の中は害悪ポイズンなんだ。

 これではデリアの「悪いことは誰が見ても悪い」を証明する結果になっている。

 もう少し、デリアに寄せたたとえ話をした方がいいな。

 

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