異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

68話 祭りの夜 -3-

公開日時: 2020年12月5日(土) 20:01
文字数:2,630

「なんて明るいのかしら……」


 そう、光のレンガが放つ明かりはとても強い。

 日中の日差しの強さに左右されるという欠点はあるものの、これまで真っ暗で、星の明かりに頼っていたことを考えればそれだけで十分過ぎる。

 それに、ロウソクや松明と違って、一度設置してしまえば燃料なしで夜を明るく照らしてくれるのがありがたい。

 ついでに言えば、この光るレンガは……一年程度でその光を失うように『あえて』作らせている。実はその調整が一番大変だったらしい。普通に作れば、このレンガは半永久的に光を放ち続ける。しかし、それでは困るのだ。


 永久に輝き続けられると、一回設置しただけで、それ以降レンガの売り上げが落ちるからな。

 一年に一度大掛かりなメンテナスが必要。それくらいがちょうどいいのだ。


 これで、レンガ工房と光の粉の制作者であるウェンディは定期的に収入を得られる。

 それに、このイベントがいい宣伝となり、光のレンガに対する需要は急激に上がるだろう。

 おそらくレンガ工房には注文が殺到し、今の貧乏暮らしが一転する。

 そうなれば、セロンは好きな相手と一緒になれる。


 そう、この光のレンガは二人を結びつける、愛の光でもあるのだ。…………けっ。


 光る花を生み出そうと、日夜研究を続けていたウェンディ。

 ウェンディの生み出す花を頼りに、花壇の需要を増やそうとしていたセロン。

 しかし、光る花は完成せず、挫折しかかっていた。


 だがそこで発想を変えればよかったのだ。

 実に単純なことだ。


 光る花が生み出せないなら、花壇を光らせてやればいい。

 ウェンディが光る花を生み出そうと思ったきっかけは憧れからのものであったが、セロンとの出会いによって、いつしかそれは必ずや実現したい信念へと変わっていった。

 二人の目標は同じで、「レンガの価値を上げ需要を増やしたい」ということだ。

 ならば、『珍しい花を支えるレンガ』ではなく、『珍しくて美しい価値のあるレンガ』を作ればよかったのだ。


 俺がそう伝えた日の翌日には、光るレンガは完成していた。

 ウェンディの粉を、セロンが粘土に混ぜて焼いただけであっさりと誕生してしまったのだ。

 これまで散々頭を悩ませていた難題を打ち破り、覆せないとまで思っていた逆境を容易くひっくり返す、そんな起死回生の一品が、いとも簡単に誕生してしまったのだ。


 まぁ、笑うしかなかったわな。


 これまで懸命に追い続けて、それでも無理で、諦めかけていたものが、見方を変えるだけで一瞬で解決したのだ。

 必死になって探していたゴールに続く抜け道を発見したような気分だったことだろう。


 けれど、あの二人はその結果を喜んだ。

 過程はどうあれ、自分たちが望んでいた未来へ進む道に立てたのだと。


 その素直さが功を奏したのだろう。飾らず、斜に構えず、格好をつけず、ひたすらまっすぐに追い求めた結果、あいつらは手に入れたのだ。本当に欲しかったものを。


 セロンとウェンディは、近く結婚することが決まったという。

 セロンを貴族の婿にしようとしていたボジェクも、この光のレンガには無条件降伏をしたらしい。


「こんなすごいレンガは見たことがない。これなら……売れる!」


 レンガ工房の存続を強く望んでいたボジェクは、この光るレンガの誕生をもって二人の仲を認め、貴族には直々に頭を下げに行ったらしい。

 何かキツい仕打ちでも受けるのではないかと思っていたのだが、貴族は事情を聞くやすんなりと身を引き、セロンを祝福したのだそうだ。

 そして「素晴らしいレンガを作り続けてくれるのなら、私はそれで十分だわ」と応援までしてくれたらしい。

 はぁ~……金があると、人間ってのは心まで広くなるものなのかねぇ。


 ――と、そんなこんなでレンガ工房のゴタゴタは綺麗さっぱり片付いた。

 さながら、この光の道は恋人たちの道しるべとなったわけだ。


 ゆくゆくは、この通りを使って二人の結婚式を祝福するイベントを盛大に執り行い、『恋人同士で訪れると結ばれる、愛の道』として観光客を誘致するつもりだ。

 女子はそういうの、大好きだろ?


 祭り会場の道に光が行き渡った頃、教会前に集まっていた光の行進が、教会の中へと入っていく。

 教会の中で光はベルティーナへと受け渡され、精霊神のもとへと返還される。

 そして、感謝の気持ちを示した者たちに惜しみない祝福を与えてくれるのだ。

 ……という筋書きでイベントは進行していく。


「精霊神様の祝福……この光は、精霊神様がワタクシたち人間に与えてくださった明かり。恐ろしい夜の闇を切り裂く、希望の光なのですわね」


 まぁ、このイベントの趣旨に照らし合わせればそういうことになる。


 この街道を照らす光は、精霊神の祝福を受けた光であり、恋人たちを結びつける愛の光でもある。……ちょっと欲張り過ぎか?

 しかし、いろんな理由づけをしてある観光名所などいくらでもある。だから、これでいいのだ。


「もし、木こりギルドの支部が、ニュータウンではなく俺の主張する場所に作られれば……」


 そして、俺は俺の目的を成すための仕上げにかかる。


「この祝福と愛に満ちた光の道を、毎日通ることが出来るんだぞ」

「毎日…………ここを……」

「そうだ。しかも、今はまだ街門は出来ていないから、しばらくの間は……」


 最難関であったイメルダを、口説き落とす殺し文句を、ここで使う!


「この道は、お前専用だ」

「この美しい光の道が……ワタクシ、専用…………!?」


 まぶたを閉じ、そして身を震わせる。

 今は人でごった返しているこの道を、一人で占有しながら闊歩する様でも想像しているのだろう。口の端がひくひくと、必死ににやけるのを我慢している。


「分かりましたわ!」


 そうしてイメルダは、俺が待ち望んだその言葉を口にした。


「木こりギルドは、ヤシロさんの主張する街門のそばに建設いたしましょう! そこに、ワタクシが住んで差し上げますわ!」


 よしっ!

 これで、街道の建設が決まったも同然だ!

 ついに、陽だまり亭が街道に面した飲食店になるのだ。

 覆すことの出来なかった立地条件の悪さを、まんまとひっくり返してやったぜ!


 教会の中では厳かに祝福の儀が執り行われ、俺の隣では未来の妄想に浸ったイメルダがニヤケ顔をさらし、そして俺は何度か頓挫しつつもなんとか当初の目的を達成できた喜びを噛みしめていた。


 そんなわけで、エステラごめん。

 お前の頑張ってる姿、見落とした。


 けどまぁ、そんなことは些細なことさ!

 街道が出来る!



 俺は、光るレンガが明るく照らし出す街道予定地を眺めながら、俺の未来は明るいと、そう確信していた。






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