どうやら、ノーマって女は、この街では有名人らしい。
「今日はノーマさん、金物ギルドの工房に行ってるって」
「ヤシロ、最近金物ギルドの工房に顔出してないんだってね」
「そういえば今朝、『ここ最近ヤシロに会えてない』って言ってたなぁ。なんか寂しそうだったよ」
「ノーマって、結構『待つ女』だからねぇ。健気よねぇ」
「体はオトナ、心は乙女やー!」
と、大通りを歩いているだけで情報が次々に舞い込んできた。
そして、レジーナって女の方も。
「レジーナとヤシロが、夜中に二人で一緒にいるとこ見ちゃったんだよね」
「ヤシロもさ、何かっていうとレジーナのとこに行ってるよね」
「そういえば今朝、『ヤシロを籠絡するのも時間の問題』って言ってたなぁ。なんか自信満々だったよ」
「レジーナって、結構『攻める女』だったんだねぇ。あざといよねぇ」
「頭の中は、卑猥のワンダーランドやー!」
どうにもレジーナって女が、ノーマって女からヤシロって野郎を略奪しようとしているのは間違いないようだ。
で、現在四十二区はその話題で持ちきりなようだ。
面白いように情報が入ってきやがる。
「ノーマって女は今、金物ギルドの工房か……じゃあ、周りに人がいそうだな」
「レジーナって女は、町の外れで薬屋をやってるらしい。大体一人でいるそうだ」
「じゃあ、狙うならそっちだな」
俺たちはレジーナって女の薬屋を目指して歩いた。
途中――
「あ~ぁ、ヤシロ、今日も顔出さなかったなぁ。折角美味しい卵がたくさんあるのに」
「ぁ、ぁの、てんとうむし……ゃ、ゃしろ、さん…………みゅう……」
「ちょっ、どうしたのミリィ!?」
「ぁう……ぁの…………ぅうん、なんでもない……それで、その……ゃ、ゃしろ、さん………………ね、どこかに雲隠れしたって、噂がね、流れてるんだって」
「えっ!? そうなの!? それはびっくりね!」
「はぅっ……ね、ねふぇりーさん、声、ょく通る、ね。ちょっと、びっくり……」
――そんな会話をするニワトリと幼い少女を見かけた。
どうやら、ヤシロって野郎が雲隠れしているのは事実らしい。
これだけあちこちで噂されてるんだ、間違いないだろう。……へへ、運が巡ってきやがった。
人通りのない裏路地に入り、俺たちは服を着替える。
俺はボロを着て――さながら、ヤシロって野郎に釣り合いそうな小悪党って格好に扮する。
そして、あとの二人は前回同様鎧姿で二十九区の兵士の格好だ。
そんな出で立ちでレジーナの薬屋へと向かう。
ガタついたドアをノックする。……しかし、返事がない。
ドアノブを回してみるが、鍵が掛かっていて開かない。
「あっ、そういや」
ここで仲間の一人が重要な証言を思い出す。
「街道でしゃべってた普通っぽい女が『レジーナは店にいない』って言ってなかったか?」
「あっ、言ってた言ってた!」
「そうだ、チキショウ! あんまり普通過ぎて印象に残ってなかったぜ」
迂闊だった。
レジーナって女は、今朝からこの店にはいなかったのだ。
ったく、タイミングの悪い。どこかへ行くなら、俺たちに騙された後にしてくれりゃいいのによ。
「しょうがねぇ。金物ギルドへ向かうぞ」
「けど、人目が多いんじゃねぇか?」
「そうなったら、俺がおびき出してノーマって女の家で詐欺にかけてやればいいじゃねぇか」
「なるほどな……」
「へへ、さすがお前だな」
「へっ、よせよ。じゃ、行くぜ」
俺たちは、着替えたままの姿で来た道を引き返していった。
目指すは金物ギルドの工房。
さぁ、俺の詐術の見せどころだぜ。
「あぁ~ん、熱ぅ~い!」
「もうヤダァ~。すっごい腋汗~!」
「蒸しちゃうわぁ~」
「ちょろ~んっと休憩いただいちゃいましょう」
「「「そうしましょ、そうしましょ」」」
金物ギルドの工房から、バケモノどもが群れを成して湧き出してきやがった。
思わず物陰に身を隠す。命がけで!
「ねぇ~、ノーマちゃ~ん。ノーマちゃんも涼みに行かなぁ~い」
「アタシはいいさね。一人で残って仕事してるさよ」
「じゃあ、またあとでねぇ~」
女言葉を話す筋肉の塊どもが工房を離れる。
運悪く、俺たちの潜んでいる方向へやって来る。……見つかりませんように見つかりませんように見つかりませんように見つかりませんように見つかりませんように。
「……ノーマちゃん。ヤシロちゃんに会いたいんでしょうね」
「そうね」
「見てるだけで、切なくなるわぁ……」
「一人の夜って、寂しくてお胸の奥の女心がめそめそ泣いちゃうものよね」
「「「分かるわぁ~」」」」
「分かるんかいっ!?」と、思わず叫びそうになったが、なんとかこらえた。
見つかれば……きっと食われる。そんな恐怖を肌で感じていた。
バケモノどもがくねくねと遠ざかっていくのを見送って、俺たちは準備にかかる。
都合よく、工房にはノーマって女が一人で残ったようだ。
こりゃあいよいよ、精霊神が俺たちに味方し始めたか?
『お前たち、もっと悪事を働きなさい』ってな。へへっ!
俺は地面の砂をすくって頬へこすりつける。
慌ててここまで来たアピールだ。途中で転んじまうくらい急いでたんだなってリアリティが出る。
最後に一度目配せをして、俺は工房へ駆け込む。
今回は、カンタルチカの時のように知人の名前を引き出す必要はない。
ピンポイントでヤシロって野郎の名を出してやればいい。
なので、戦法も変えてある。
より緊迫感の出る方法に。
俺が駆け込み、ノーマって女に事情を説明して、金を用意するかどうか悩み始めたところで兵士役の二人に突入してもらう。
そうすることで『時間がない』という緊迫感を演出し、ノーマって女の平常心を奪う。
パニクったノーマって女は、こっちに言われるがまま金を差し出しちまうって寸法だ。
作戦を軽く頭の中でさらって、俺は工房へと駆け込む。
「た、大変だっ! ノーマって人はいねぇか!?」
俺が駆け込むと、一人の女が驚いたような顔でこちらを見た。
思わず息を飲むような、むせ返らんばかりの色香を纏ったキツネ耳の女。
一目で分かる柔らかくないはずがない大きな胸の谷間が、今にもこぼれ落ちそうなくらいに大きく開いた胸元から覗いている。
黄金色の毛に覆われた大きな耳はピンと立ち、同じ毛色のふっくらとした尻尾がわさりと揺れる。
「アタシがノーマさけど……あんたらは誰かぃねぇ?」
鼻孔をくすぐるような甘ったるい声は腹の底にズドンと響き、眠れる男の本能を強制的に覚醒させるかのように男心を煽り立てる。
「なんとかお言いさね」
少々訝しげに、こちらを怪しむような目つきで俺たちを見て、そして、そしてぇ! 窮屈そうに寄り添う両乳の間から細く長い煙管を取り出す。
あんなところに何入れてんだ、この姉ちゃん!? 最高か!?
「アタシは今、一人になりたいんさよ……用がないなら帰っておくれな」
慣れた手つきで煙管に火をつけ、薄紫の煙をくゆらせる。
独特な甘い煙の香りが漂ってくる。
チキショウ、なんなんだよ、ヤシロって野郎は!?
こんないい女の何が不満で他所の女にうつつを抜かしてやがるんだ!?
俺だったら、一秒たりとも放っちゃおかねぇ!
「なんだい。あんたは言葉がしゃべれないんかぃ?」
「あっ、あぁ、いや! すまねぇ……つい」
くっ……こいつを騙すのか?
騙して、金を巻き上げるのか………………いや、待てよ。
俺の役は、ヤシロの知り合いを心配して助言して回る男だ。
金を巻き上げてこの女を騙すのは、あとから来る兵士二人だ。俺じゃねぇ。
ってことはだ、騙されて金を失って落ち込んでいるこいつを俺が慰めてやりゃあ…………
『ヤシロなんて屑野郎のことは忘れちまいな。あんたは、俺が守ってやる』
『まぁ、なんて頼もしい人…………好き』
――と、こうなるって寸法だ!
よぉし! これはいい!
今回の仕事を最後に俺は足を洗うぞ!
さぁ、最後の一仕事――バッと派手に決めてやるぜ!
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