異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

381話 みんなで体験 -1-

公開日時: 2022年8月17日(水) 20:01
文字数:3,826

「おはようございます、ヤシロ様」

 

 昨日に引き続き、シェイラ率いる給仕軍団が運動場へやって来てくれた。

 心なしか、顔がつやつやしているような……?

 

「なんかいいことあったのか?」

「はっ!? ……分かってしまいますか?」

 

 昨日の、「男性とお話しするのはちょっと……」みたいな雰囲気はどこへやら、今日は妙にテンションが高い。

 

「……寝てないのか?」

「眠りました。……まぁ、昨夜は興奮して、若干睡眠不足ではありますが、仕事に支障はございません」

 

 シェイラの言葉に、後ろに控える給仕一同が同時に頷く。

 じゃあなんだ?

 

「実は……昨夜の興奮が、忘れられなくて」

 

 頬を両手で押さえて、シェイラが恥ずかしそうに言う。

 

「我々が仕掛けたことで、予想通りの、いえ、それ以上の反応が返ってくるのが嬉しくて!」

 

 お化け屋敷の仕掛け人になれたことが相当嬉しかったらしい。

 

「なかでも、ヤシロ様のリアクションは最高でした! すべての仕掛けをご存じの上であの反応――まさに、プロですね!」

「そんなプロになった覚えはねぇよ」

 

 俺はリアクション芸人か。

 

「カンパニュラちゃん、可愛かったぁ~」

「分かる! もっと泣かしたい!」

「でもでも、テレサちゃんがキラキラした目で見つめてくれるの、嬉しかったよ~!」

 

 給仕たちも、それぞれ満喫していたようだ。

 ちなみに、今最後にしゃべったのは、ラストの『私も連れてって』役の給仕らしい。

 ……テレサ、最後のアレ、キラキラした目で見つめちゃったのか。

 

「本日も、誠心誠意、お化けになりきらせていただきます!」

「「「「よろしくお願いいたします!」」」」

 

 ぴしーっと揃った声で挨拶され、俺を始め現場にいた大工たちが圧倒された。

 すげぇな、給仕たちのパワー。

 

「あの元気、ちょっとでも吸い取れないッスかね……」

 

 すでに二徹目のウーマロが、眩しい笑顔を輝かせる給仕たちから顔を逸らして呟く。

 ほっぺたに吸い付いて「ちゅぅぅぅううう!」ってすれば、少しくらい元気を分けてもらえるかもしれんぞ。

 

「オマール棟梁ぉ~!」

 

 元気な声を上げて駆けてくるのは、三十五区の大工――らしい。もういちいち名前も顔も覚えてられない。

 ウーマロに聞けば教えてくれるのでそれでいいと思っている。

 

 駆けてくる大工を視線で追うと、まっすぐにオマールの前へと向かっていく。


「オマール棟梁! ワーグナー様が鏡を大量に融通してくださいました!」

「おぉ! 本当か!?」

「はい! 今から運んできます! きっと十分な量があると思います!」

「でかした! おい、やったぞウーマロ! 悪いが、そっちからワーグナー様へ感謝を伝えてくれるか。俺らから話しかけるのはちょっとハードルが高いからよぉ」

「分かったッス!」

 

 そんなやり取りをして、ウーマロが俺を見る。

 

「そんなわけッスから、エステラさんとルシアさんにそう伝えてほしいッス」

「それは構わんが、ワーグナーって誰だ?」

「マルコ様ッスよ!?」

「まる、こ?」

「カーネルッス!」

「あぁ、三十三区の領主か!」

 

 なんでいちいち分かりにくい表現をするかな?

 カーネルが一番分かりやすいのに。

 

「分かった。エステラに『カーネルを褒めとけ』、ルシアに『お前の幼馴染はなんの役にも立ってねぇな』と伝えとくよ」

「後半はいらないッスよ!? いや、前半もどうかと思うッスけども!」

 

 ともあれ、カーネルこと、マルコのおかげでデカい鏡が手に入ったらしい。

 これで、ミラーハウスが出来るな。

 

「ヤシロさん、トリックアートの方はどうッスか?」

「ん? 終わったぞ。見てみるか」

「あっ、見たいッス!」

「んじゃ、ちょっと待ってろ」

 

『ガワ』だけ作ってもらって、中身は俺が作ったトリックアートで埋め尽くした『トリックアートの館』。

 一部、給仕に協力してほしい箇所があるので、その伝達をして、ウーマロとカワヤを中に招待する。

 

「おぉ! 中が出来てる!」

「さすがヤシロさんッスねぇ。一晩でここまで仕上げたッスか」

「おう。ベッコが落ちてたから盛大にアゴで使ってな」

「……死屍累々、で、ござる……」

「ふぉぉうう!? ベッコ、いたんッスか!?」

 

 お化け屋敷がことのほか怖くて、一人では到底眠れそうにないってのに、そんな日に限ってウーマロは徹夜で仕事とか言うし、ハビエルはイメルダの家に泊まってよこちぃの動きに磨きをかけるとか言うし、なんてタイミングの悪い! 誰のせいだ!? 俺のせいだよ、悪いか!?

 

 で、どこぞの棟梁を一人派遣して、ベッコを連れてきてもらった。

「大通りで『ベッコを呼べとヤシロが言っている』って、誰にでもいいから伝えればたぶん届くから」と言ったら、その通りになった。

 

 その大工曰く、「いや、あの……ヤシロさんの権力がすげぇとか、街の人の順応力なんなのアレとか、いろいろ言いたいんだけどよ……あんな扱いでいいのか、あの丸眼鏡の男? 気の毒じゃないのか?」とのことだ。

 

 気の毒?

 はて、どこかで聞いたことがあるような、ないような言葉だな。

 

「しかし、彫刻だけじゃないんッスね、ベッコは」

「こいつは水彩画でも油絵でも、なんでもイケるぞ」

「そんなすごい男をアゴで使うのか、ヤシロさんは……ウチの連中に忠告しとこう。『技術が認められれば待遇がよくなるはずだ』なんて、淡い期待抱くなよって」

 

 何を言う。

 技術力が認められれば特別扱いされるに決まってるだろう。

 技術力に見合ったポジションへ昇格させてやるよ。

 

 ただ、昇格と同時に拒否権が剥奪されるシステムなんだよなぁ、この街。

 

「うわっ!? なんッスか、絵が動いたッス!」

「は? そんなわけ……本当だぁあ!?」

 

 見る角度によって絵が変わる絵画を見て、ウーマロとオマールが目を剥く。

 

 トリックアートは、写真撮影すると『そうのように見える』という手法がほとんどなんだが、当然この街に写真なんてものは存在しない。

 なので、実際に見て驚くものを厳選して展示してある。

 

 幅の広い通路を壁で縦に二分し、壁には穴を開けておく。

 その穴から、向こうに飾ってあるトリックアートが見えるという構造だ。

 

 トリックアートは一定の距離を保ち、特定の角度から見ることで「えっ!?」と驚かせることが出来るってものだからな。

 

 まずはトリックアートを見ながら通路を進み、壁を越えて今度はトリックアートのネタばらしを見ながら進んでいくのだ。

 

「ほぉ~、こんな仕組みになってたッスかぁ」

「これが、向こうから見たらあんな風に見えるのかぁ」

 

 ある程度見たら、今度は体験コーナーがある。

 

 二人が部屋に入り、外からその部屋を覗き込むと、片方が巨大に見え、もう片方は小さく見える。

 遠近法を利用した単純なトリックなのだが、なかなか不思議な印象を与えてくれる。

 

「ヤシロさんがデッカいッス! オマール小っさ!?」

「オマール、ちょっと場所変われ」

「ん? あぁ」

「ぅわぁああ!? 今度はオマールがデカくて、ヤシロさんが縮んだッス!」

「ちょっと、ウーマロ代われ! 俺も見てみたい!」

「これすごいッスよ!」

 

 オッサン二人が大はしゃぎだ。

 

 その後も――

 

「オマールが、壁から飛び出した魔獣に食べられそうになってるッス!?」

「なんの! こんな魔獣は、こうだ!」

「勇敢に立ち向かったッス!?」

 

 とか――

 

「えぇぇえ!? 部屋の中に奈落に続きそうな大穴が!?」

「オマール、見るッス、見るッス! 落ちる~ッス!」

「ぎゃあぁあ! ウーマロ、バカ! そんなとこに立ったら落ちるぞ、おい!」

 

 とか、全力で楽しんでいた。

 ……デートでもしてんのか、お前らは。

 

「はぁ……楽しかったッス」

「だいたい全部回ったのか、これで?」

「そうだな。じゃあ、そこのレストルームでちょっと休憩するか」

 

 トリックアートを堪能したウーマロとオマールを、大きな鏡のある部屋へと誘導する。

 鏡には部屋の様子が映し出されている。

 なんの変哲もない部屋。

 

 しかし――

 

「じゃあ、ここの椅子に座っ……ぎゃぁああ! 鏡に人が!?」

「え? うぎゃぁあああッス!?」

 

 オマールとウーマロが部屋に入るのと同時に、鏡の中に給仕が現れる。

 

 実はこの部屋、そっくりな部屋を面対称で作り、その間の壁に穴を開けただけの部屋なのだ。

 しかし、穴の周りを額で飾り、部屋と面対称の部屋がそこに見えると、人は自然とそこに「鏡がある」と思い込んでしまう。

 

 特に、ミラーハウスの後に入ると、騙されるヤツが続出するだろう。

 さっき鏡の中から出てくる役を依頼しておいた給仕が、驚くウーマロとオマールを見て、嬉しそうに笑っている。

 

「なんッスか!? 鏡ないじゃないッスか!」

「こっちと同じ部屋が向こうにあるだけかよ! ……っくりしたぁ」

「うふふ。驚かせてしまって申し訳ございません」

 

 可愛くぺこりと頭を下げて、給仕が再び死角へ潜む。

 

 それを見て、ウーマロとオマールが悪ぅ~い顔つきになる。

 

「これは、あいつらにも見せてやらなきゃッスね」

「おう、だな」

「この部屋も、『ガワ』だけしか作らせてないから、トリックアートの館担当だった大工も仕掛けは知らないはずだぞ」

「それはいいことを聞いたッス!」

「おう、早速全員呼びに行くぞ、ウーマロ!」

 

 あくどい顔の棟梁が二人トリックアートの館を飛び出していく。

 

「つーわけだから、もうしばらく相手を頼むよ」

「はい、お任せください」

 

 鏡の中からひょっこりと顔を出して、こちらに微笑みかける給仕。

 エステラやナタリアがいないところでこんな風に接することがなかったから、新鮮だなぁ。

 

 その後、どやどやと入ってきた棟梁たちが、最後の鏡の間で悲鳴を上げ、ウーマロとオマールがけらけらと笑うという時間がしばらく続いた。

 

 

 

 

 

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