マグダに護衛されつつ案内され、俺たちは森の中を抜ける。
事前に用意しておいた、頭から全身をすっぽりと覆う外套を纏って。
街門の傍にウィシャートの子飼いが潜んでいて監視していないとも限らないからな。
なんだかんだ言いながらこっそり抜け出して、どこぞの領主と打ち合わせにでも行くんじゃないのか――と、それくらいの推測はしていそうだ。
あーゆータイプの小賢しい小物はそーゆーところばっかり目敏いというか、鼻が利くというか、嫌なところばっかり気が付きやがるんだよ、マジで。
なので、街門を抜ける一瞬であろうと抜かるわけにはいかない。
「街門を出たらイメルダの館へ向かう。そこからイメルダの馬車で三十五区を目指す」
それらの手配はナタリアが滞りなくやってくれているはずだ。
イメルダの館からイメルダの馬車が出ても、なんら不思議はない。カムフラージュには持ってこいだ。
「はぁ……」
俺の隣を走るエステラがため息を漏らす。
外套で表情は隠されているが、緊張でもしているのだろうか。
「緊張してんのか?」
「……してないよ」
「大丈夫だ。この変装なら絶対バレない」
「……その自信満々な態度がイラってするんだけど?」
何が不満なのか、エステラの声が低い。野太い。殺気立っている。
「……では、マグダはこの辺で」
森の終わりが近付き、マグダが足を止める。
「……折角の完璧な変装、マグダがそばにいては見破られるリスクが上がる。健闘を祈る」
どんなに完璧な変装をしても、俺たちと親しいマグダが護衛をしていては「もしかして?」と相手に疑念を抱かせる要因になり得る。
その点を考量して、マグダは森から出ることなく会場へと引き返していった。
さすがマグダだ。状況がよく見えている。
イベントでの屋台、頑張れよ。
「じゃ、エステラ。街門を通って中に入るぞ」
「……はぁ」
引き続き機嫌の悪そうなエステラ。
しかし、構っている時間はない。
俺たちは駆け足で街門へ駆け寄る。
「ちょっと待つだゼ! 門を通るには身分を明かしてもらう必要があるだゼ」
俺たちの前に立ちはだかるビャッコ人族のアルヴァロ。
獰猛な瞳をギラリと光らせる。
「……俺だ」
「ん? あぁっ! ……軍師だゼ?」
俺だと気付いて大声を上げたアルヴァロだったが、メドラから指令がいっているのだろう、直後に声を落として小声で確認をしてくる。
「あぁ」
顔を覆う外套を少しずらして顔の一部を見せる。
「いや~、まったく分からなかったゼ。んじゃあ、後ろにいるのは――」
「……ボクだよ」
「やっぱりだゼ。全っ然気付かなかっただゼ!」
「……うるさい」
アルヴァロの賞賛を、エステラが恨みがましい声で切り捨てる。
ひでぇヤツだなぁ。
「通るぞ」
「あぁ、もちろんOKだゼ」
アルヴァロに言って、街門を潜り抜ける。
再び外套で顔を覆い隠し、完璧な変装でイメルダの館へと向かう。
「お待ちしておりました」
イメルダの館に着くと、庭に大きな馬車が待機しており、車内でナタリアが出迎えてくれた。
「本来なら、外でお迎えすべきところを、申し訳ございません」
「いや、仕方ないだろう。お前も、姿を見られるわけにはいかないからな」
エステラ付きの給仕長がイメルダの馬車の傍で誰かを待っていれば、それがどういうかことくらい誰にだって分かる。
「私は、お二人のような完璧な変装が不可能でしたので……、いや、しかしお見事な変装です。素晴らしい! ブラボー! アンビリーバボー!」
「うるさいよ」
外套のフードを剥ぎ取り、エステラがナタリアを睨む。
まぁ、怖い顔。
お前の理想を疑似体験させてやっているというのに。
さぁ、謎解きの時間だ。
俺とエステラが行った『完璧な変装』――
ただ外套を羽織っただけで、絶対に俺たちだと見破られない『たった一つの細工』――
それは一体なんだったのか?
諸君には分かるだろうか……ふっふっふっ。
「外套の中に偽巨乳を仕込むだけで、お二人だとは全っ然分かりませんでした」
「うるさいよ!」
俺とエステラの胸元には「どーだぁー!?」というくらいに「ばぃーん!」っとした膨らみが存在している。
外套の中に仕込んだ偽巨乳。
推定Gカップ!
「この巨乳外套を着てフードで顔を隠せば、俺たちはどこからどう見ても巨乳の二人組にしか見えない」
「そして、この街で巨乳というカテゴリーから真っ先に除外されるのは男性とエステラ様――というわけですね! 御見それいたしました!」
「うるさいって何回も言っているんだよ、ボクは! いい加減口を閉じてくれないかな!?」
男である俺はもちろんのこととして、『巨乳』という視覚情報が、巨乳から最も遠い存在であるエステラの記憶を脳内で薄めてくれる。
領主という否応なく目立ってしまう強烈な存在感を、外套越しでもはっきりと分かるレベルの巨乳というエステラとは相反するインパクトで覆い隠し、薄れさせ、かき消す!
「プラスでマイナスを相殺する、心理的イリュージョンだ!」
「誰がマイナスだ!?」
ぷりぷりと怒りながらも、偽巨乳が仕込まれた外套を脱ぐ素振りも見せないエステラ。
ちなみに、俺はさっさと脱いでいる。
こんな柔らかくもない偽物になど、一切の興味はない。
「エステラ様。馬車の中ですので、外套をお脱ぎになられては?」
「……まだ、ちょっと肌寒いから」
「……『精霊の――』」
「ナタリア、君は、他人がやると死ぬほど怒り狂うくせに、自分は平気でやろうとするよね!?」
主の明らかな嘘に、腕をまっすぐ伸ばして人差し指を向けるナタリア。
やめとけ。
今『精霊の審判』を使うと確実にカエルになるから。
今日は昨日の寒さを取り返すくらいに温かく、森の中から走って移動していた俺たちはじっとりと汗ばんでいるくらいなんだからな。
「まったく……こんな紛い物! こんな紛い物!」
「ぅわぁぁああ!? 偽物とはいえ、主の胸を両手で鷲掴みにして揉みしだかないように!」
これでもかと偽乳を揉みしだくナタリア。
偽物でも、なんか嫌な感じなんだろうか。エステラがナタリアを威嚇している。
触っても楽しくないのに、触られたら嫌な感じなのか? 最悪だな偽物は!? 撲滅するべきだ!
「よし、偽物は撲滅しよう!」
「いや、時と場合と使用用途によっては認めるべきだと思うよ」
きりっとした顔で何を寝ぼけたことを言っているんだ、この駄領主は。
「間もなく陽だまり亭でございます」
前回、レジーナの見送りで三十五区へ行った際、ベテランの爺さんと一緒に御者を担ってくれたイメルダのところの給仕が今日も御者をやってくれている。
あの爺さんの後継者候補なんだろうか、この少女は。
会場を後にし、俺たちは誰にも見られることなく陽だまり亭へと戻ってきた。
ジネットもロレッタも会場で屋台をやっているので、今ここに残っているのはこいつらだけだ。
「お待ちしておりました、ヤーくん、エステラ姉様、ナタリア様」
「おまちちー!」
馬車が停まると同時に、カンパニュラとテレサが馬車の扉を開けて乗り込んでくる。
テレサ。今のは「お待たせお乳」の略か? いいね! 流行らせようか?
「おや、こちらのお二人も外套を羽織られているのですね」
「おう。お揃いが嬉しいと思ってな」
俺とエステラが外套で姿を隠しているから――という体で、カンパニュラたちにも外套を着せている。
ウィシャートがどこまでを危険視しているのかは分からんが、カンパニュラの動きも、なるべく悟られない方がいいだろうと思ってな。
カンパニュラが馬車に乗り込むところを見られれば、連中がどんな判断を下すか分かったもんじゃない。
とはいえ、カンパニュラを不必要に怖がらせるような真似はしたくない。
なので、「お揃いは楽しいよね」大作戦だ。
テレサもいるし、ちょうどいいだろう。
「で……?」
カンパニュラたちが乗り込んだのを確認し、馬車が動き出す。
馬車が動き出すのと同時に、エステラが俺にジト目を向ける。
……なんだよ?
「どーしてカンパニュラとテレサの外套にまで偽巨乳を仕込んでるのさ!?」
「お揃いの方が楽しいかと思ってな♪」
どうせエステラは往生際悪く偽乳外套を脱がないと思ったから、ぺったん娘の幼女二人に同じ格好をさせてやったのだ。
どうだ? それでもまだ偽乳にすがるのか、真正ぺったん娘!?
え、ぺったん娘は真正ではなく神聖だって? やかましいわ。
エステラ、カンパニュラ、テレサと三人並んだ偽乳ぺったん娘たちを見て、ナタリアが窒息しそうなほど笑い転げていた。
その状況に、エステラは静かに外套を脱ぎ、カンパニュラたちの外套も脱がせてやっていた。
さすがに、幼いお子様たちと同列はプライドが許さなかったようだ。
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