事件です。
陽だまり亭に、日替わり定食をも凌駕するキラーコンテンツ、お子様ランチが登場したです。
大方の予想通りお子様ランチは大ヒットの兆しを見せ、大狂乱のお披露目となり――そこで事件が起こったです。
「あなた!」
店長さんが、お兄ちゃんを「あなた」呼びです!
と、まぁ。
前日の店長さん大暴走の顛末を知っているあたしたちにとっては、「もう、店長さんってば」って感じで、若干の微笑ましさすら覚える案件だったのですが……
「あ、や……あの、違うんです! な、なんだか……その、エ、エステラさんとばかり仲良くされていて……ちょっと寂しかったというか…………それだけなんですっ!」
店長さんが厨房へ逃げた後のフロアの空気と言ったら……
しかもしかも、そのあとエステラさんまで――
「そんなんじゃないからぁー!」
って、顔を真っ赤にして飛び出していってしまっては……これはもう、お兄ちゃん――
「ギルティですね」
「なんでだこら!?」
お兄ちゃんが照れ隠しに絡んでこようとしてくるですけど、ここで捕まってはこっちにまで被害が及ぶです。
「……ロレッタ。見ちゃいけません」
おぉ、マグダっちょ!
さすがです。あたしと同じ意見なんですね!
ここは二人して避難しておくに限るです。
「すーん」
「……つーん」
「ちょっと待てよ、コラ。おい、お前ら」
お兄ちゃんは常日頃から思わせぶりな態度が多過ぎるです。
だから、こういう目に遭うですよ。
そもそも、店長さんに「ヤシロさん」呼びを禁止なんて言い付けたら、寂しがって暴発するのは目に見えていたはずです。
「頭よさそうに見えて、実は結構抜けてるです」
「文句があるならこっち来て言え。つか、目ぇ逸らすな!」
「……ヤシロはむしろ、そうは見えないけれど実は頭が切れるタイプ。油断すると痛い目を見る」
「えっ、ってことは、頭よさそうには見えないけれど実は頭がいいはずなのに本当は抜けてるです? つまり、アホそうに見えるアホですか?」
「おぉっし、上等だロレッタ! おまえちょっと表出ろ!」
「……ロレッタ。知らない人についていっちゃいけません」
「はいです!」
「めっちゃ知ってんだろうが!?」
お兄ちゃんが絡んでこようとするので、マグダっちょと一緒に逃げるです。
「ねぇ、ヤシロさん」
お兄ちゃんが、お子様連れの奥様に捕まったです。
奥様は、子供を叱る母親の顔から、年上の大人の女性の顔に変わって、親身になって苦言を呈してくれたです。
「ちゃんとしなきゃ、ダメよ?」
「いや、ちゃんとってなんだよ!?」
「ちゃんとは、ちゃんとよ」
「だから、そーゆーんじゃねぇっつの!」
「店長さんを泣かしたら、しょーちしないからね!」
「泣きたいのはこっちだよ!」
「ま~ぁ! 責任転嫁だわ!」
「男の風上にも置けないわ!」
「そんなんだから、最近の男は!」
「「「ひそひそひそひそ!」」」
「内緒話の声がでけぇよ! ひそひそ話はひそひそしゃべれ!」
奥様方に責められ、お兄ちゃんがこちらをチラチラ見てくるです。
仕方がないのであたしは――
「マグダっちょ、お子様ランチのオモチャ、他にどんな形があるかちょっと見てみるです」
「……それは興味深い」
「手酷い裏切りだな、おい!?」
まったく、仕方ないですね、お兄ちゃんは。
たまには反省するといいです。
「僕たちも見ーたーいー!」
「みたーい!」
「見せてー!」
「おぉっと、それはダメです! これは従業員の特権です」
「……見たければ、アタリの旗を引き当てるか、陽だまり亭の従業員になるべき」
「「「じゅーぎょーいんになるー!」」」
「……陽だまり亭従業員は、そう簡単になれるものではない」
「そうですよ! 一定以上のスキルを求められるですし、何よりいい子でなければなれないです!」
小さな子供たちには、何かにつけて「いい子でいること」と教えてあげるのが年長者の務めです。
いい子は報われる。
世界はそうあるべきなのです。
そのためには、若い世代がそういう風に育つ必要があるです。
そのお手本として、年長者はそのように振舞うべきなのです!
なのに……
「あのお兄ちゃんも『いい子』なの?」
「ふりんなのに?」
「わるいじゅーぎょーいん」
「……お兄ちゃん」
「こらロレッタ、そんな目で俺を見るな」
例外を作らないでほしいです。
子供たちの教育によくないです。
「……ヤシロは、初期メンバーなので、ちょっと特殊」
「えー!」
「ずるーい!」
「ずるっこだー!」
「「「ひそひそひそひそひそ!」」」
「だからひそひそでけぇよ! どんだけ濃い遺伝子だ、お前ら!?」
お兄ちゃんが子供たちに牙を剥くです。
ちょっと大人げないです。
「……ヤシロ。子供たち相手にに大きな声を出しちゃ、ダメ」
おぉ、マグダっちょが正論を言ったです!
今この瞬間においては、お兄ちゃんよりもマグダっちょの方がしっかり者に見えるです!
「……ヤシロは仕事以外のことに気を取られ過ぎている」
「いや、めっちゃ働いてんだろうが……お子様ランチ関連で」
「……そこに、下心がなければいいのだけれど……」
「ねぇわ! あるのは純然たる金儲け精神だけだよ!」
「……果たして、そうかな?」
マグダっちょがあたしに視線を向けたです。
むむっ! アレをやるですね!
いいですとも! ノッてあげるです!
マグダっちょがあたしの前に歩いてきて、握った拳を二つ、あごの下に添えて「いゃんいゃん」と肩を揺するです。
マグダっちょ演技法、『ぶりっこの型』です!
主に、聞き分けのない幼い子供や、ルックスに自信のあるイケてる女子を表現するときに用いられる技法です。
マグダっちょの無表情が、この瞬間ぶりっ子フェイスに見える優れものです!
「……もう、ご飯いらなーい。ケーキがいい」
そして、セリフを振られたあたしは、ここですかさず、ロレッタちゃん演技術、『あらやだ、ショックの型』!
「……はぅっ!」
胸を押さえ、ショックを受けた様を表現するです。
ちなみにこれは、店長さんのマネです!
店長さんとエステラさんでは、ショックを受けた時に押さえる胸の場所が微妙に違うです。そういう細かいところまで見事に再現したこだわりの演技術です!
「……ジネットが『ご飯いらない』と言われてショックを受けている……俺がなんとかしなければ……ふっ」
「おい待て、マグダ。まさかそれ、俺じゃねぇだろうな?」
何を言ってるですか、お兄ちゃん!?
これはマグダっちょ演技法の極意、『俺に任せておけの型』じゃないですか!?
どっからどう見てもお兄ちゃんでしかないですよ、こんなの!
ほら、見ててです!
今、もう一回マグダっちょが前髪をかき上げるですよ!
「……ふっ」
「いや、やったことねぇから、そんなの!」
イメージです!
お兄ちゃんがあたしたちに教えてくれたですよ! 演技のイロハを!
演技とは、イマジネーションであると!
騒ぐお兄ちゃんを置いて、マグダっちょの演技は続くです。
あたしの前にやって来て、カッコよくセリフを言うです。
「……ジネット、お子様ランチを作ってみた」
「わぁ! これならお子さんが残さず食べてくれますね!」
「……ふっ。お前は、好きなように料理をしていればいいのさ、ふっ」
「ヤシロさん……ありがとうごいますっ!」
「いや、そんな展開なかったから! っていうか、ガキが飯残した時、お前ら屋台に行ってていなかったろうが!」
その場にいなくても情報は入ってくるです!
イメルダさんとか、イメルダさんとか、イメルダさんから!
「……でもこれは、俺の利益のためだからな、ふっ」
「うふふ、そうですね、うふふ」
「「……ふっ」」
「いや、ジネットが『ふっ』はおかしいだろ!? 見たことないよな!? なぁ、お前ら!?」
つまるところ、お兄ちゃんは店長さんを元気づけるためにお子様ランチを考え出したです。
そして――
「……ヤシロの思わせぶりは、他の女にも牙を剥く」
「人聞きが悪過ぎだろ、おい」
そう、あれは領主様の旗が不人気で、エステラさんが物凄くへこんでいた時のことです…………あれ? でもなんで領主様の旗が不人気だとエステラさんがへこむですかね? あれぇ? むむむ……
「……ロレッタ。今は本番中。集中して」
「はぅっ!? ごめんです!」
「……舞台の上では、一瞬の気のゆるみが命取り」
「そうだったです! 舞台は戦場! あたしたちは女優です!」
「ここは食堂で、お前らは従業員だよ!」
お兄ちゃんが普通のこと言うですけど、今は無視です!
「……ヤシロ、領主の旗が不人気で、胸が苦しい……いや、胸元が寂しい」
「マグダ、エステラのあの胸元は仕様なんだ。責めてやるな」
「……ヤシロ、茶々入れないで」
「入れるべきタイミングだったろう、今のは!?」
すーんっとそっぽを向いて、マグダっちょが仕切り直すです。
今度は、あたしがお兄ちゃん役です。
ロレッタちゃん演技術極意、『頼りにしろよベイベーの型』をお見せするです!
「ヘイ、エステラ! いや、エスティ~ラ! 俺に任せろ☆」
「言ってない! そんなこと、一言も言ったことない!」
「お兄ちゃん、ちょっと黙っててです!」
「黙ってたら酷い風評被害まき散らすだろうが!」
「……旗が不人気だと、ボクの胸が縮んじゃうよぅ」
「あれ以上は縮みようがねぇよ!」
「OK、任せておけよ、子猫ちゃん☆(指パッチン)俺がなんとかしてやるぜ!」
「お前には、どんな風に見えてんだよ、俺!? あと指鳴ってねぇよ!」
「……そうして誕生したのが、このオモチャ」
「領主様の旗を、子供たちが好きになるようにアタリにしたです!」
「ちょ、お前ら、なんで全部バラすの!? そこは企業秘密だろうが! つか、なんで知ってんだよ!?」
お兄ちゃんの考えていることなんてみんなお見通しです!
誰かが泣いている時、お兄ちゃんは人知れず何かをやるタイプのカッコいい人なんです!
その結果が!
「……ヤシロ、大好き」
「でへへ、だぜ☆」
「言ってなかったよな? 今さっきの出来事だぞ!? もう記憶が改竄されてんのか!? 悪意か!? 悪意の塊か!?」
「……ヤシロの持つ格好良さを表現しようとした結果、こうなった」
「表現できてなかったよな!?」
「あたしたちに表現できないくらいカッコいいことするお兄ちゃんが悪いです!」
「そんなクレーム、初めて受けたわ!」
とにかく、そんな思わせぶりなことをいろんな人にするから、今日みたいなことが起こるですよ。
これに懲りたら、もうちょっと節操を持つべきです。
「でないと、あたしも『ダディ』って呼んじゃうですよ!」
「……『婿殿』」
「おい、やめろやめろ。変な寒気がするから」
お兄ちゃんが自分の二の腕をさすって身悶えている後ろで、事の顛末を知った奥様方がテカテカした顔でおしゃべりしてるです。
「まぁ、そんなことがあったのねぇ……」
「それじゃあ、あぁなってもねぇ……」
「仕方ないっていうか、ねぇ……」
「「「ひそひそひそひそ!」」」
「うっせぇよババアども!」
「まぁ、ひどい、お客様に向かって!」
「ちょっと店員さん、ちゃんとしつけてくださるかしら?」
「教育不行き届きよ!」
「……申し訳ない。ヤシロ、ちゃんとして」
「なんで俺が教育されてんだよ……」
それは、お兄ちゃんがちゃんと接客を出来ていないからです!
「ではお兄ちゃん! こちらのマダムたちに満足いただけるようにしっかりと接客してです! 陽だまり亭の従業員には一定以上のスキルが求められるですからね!」
「えぇ……」
「まぁ、なんて声を出すのかしら!?」
「陽だまり亭、サービス悪くなったのかしらねぇ?」
「やだわ、言いふらしちゃおうかしら~?」
「……くそ。分かったよ! やりゃあいいんだろうが! 美しいお姉様方!?」
「「「分かればいいのよ~」」」
こうして、この日一日、お兄ちゃんは一人でいっぱい接客したです。
お兄ちゃんが接客に精を出していると聞きつけて、顔馴染みさんが押し寄せてきたりもしたですけど、そこはさすがのお兄ちゃん! 見事に一人で捌いてみせたです!
あたし、今日のお兄ちゃんの動きを参考にさせてもらうです!
それにしても、やっぱりすごいですね。
お兄ちゃんをからかってやろうと、こんなにたくさんの人が詰めかけるんですから。
愛されてるですね、お兄~ちゃん☆
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