異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

391話 新居と通達 -1-

公開日時: 2022年9月26日(月) 20:01
文字数:3,837

「ほぉ~! ここがオルキオの新居かぁ! えぇ家じゃ~のぉ~!」

「ほんになぁ。オルキオにはもったいねぇ~んでねぇ~のぉ? ひゃっひゃっひゃっ!」

「でも、素敵なお家だわ」

「家具はワシがこさえたんじゃぞ!」

 

 朝一番でジジババが群がってきた。

 どこで聞きつけた……って、ゼルマルか。

 

 昨日の夕方に完成したオルキオとシラハの仮住まい。

 その日の夜にオルキオたちが入居して、翌朝、つまり今、もう見物客が押し寄せてきている。

 

 一時的とはいえ、オルキオが四十二区に戻ってきてはしゃいでいるらしい。

 浮かれ過ぎてぽっくり逝くなよ、年寄りども。

 

「朝からうるせぇなぁ、ジジイは。ガキと一緒だな」

 

 そのはしゃぎっぷりは、教会のガキと近しいものがあった。

 要するに、俺の苦手なうるささだ。あぁ、煩わしい。

 

「みなさん、嬉しいんですよ。オルキオさんがご近所さんになって」

「ムム婆さん以外、東側の人間じゃねぇか」

「でも、三十五区よりは近いですから」

 

 まぁ、そこと比べりゃな。

 ジネットは微笑ましそうに見つめているが、俺の顔はしかめっ面全開だ。

 

 で、オルキオの仲間が押しかけて、さぞやシラハが迷惑しているだろう――と思うじゃん?

 

「これがシラハ様の新しいお住まいデスカ! 素晴らしいお屋敷デスネ!」

「何か困ったことがあったら、なんでも言ってほしいダゾ! オレがいつでも駆けつけるダゾ!」

 

 元シラハの付き人、アゲハチョウ人族のニッカとカールも仮住まいを見に来ていた。

 こいつらの情報源はどこだ? ルシアか?

 

 で、こいつらだけじゃなくて……

 

「はろはろ~☆ ウチのニッカちゃんが見たいって言うから、特別にお休みとって見に来ちゃったよ~☆」

 

 いや、お前は年中好き勝手休み取ってるだろう、マーシャ。

 

「ウチのカールがどーしても見に行きたいって言うから、俺たちも便乗して遊びに来たぜ、兄ちゃん!」

「俺もカブさんに便乗です!」

 

 カールに引っ付いて、カブトムシ人族のカブリエル、クワガタ人族のマルクスまで来ている。

 

 おまけに、こんな連中も。

 

「オルキオ先生、シラハ様。またこうしておそばにて暮らせますこと、光栄に思いますわ」

「今日からご近所さんだな。よろしく頼むぜ、先生!」

 

 ルピナスとタイタもやって来て、オルキオの引っ越しを祝う。

 ……あ、タイタの脇腹にルピナスの拳がめり込んだ。

 無礼な物言いは許されないらしい。

 つか、なんでお前まで先生呼びなんだよ。

 

「なぁ、おっちゃん。あんたがカンパニュラのこと守ってくれんのか? よろしく頼むな!」

 

 うん。

 デリア、お前がナンバーワンだ。無礼な物言い選手権の。

 ……あ、ルピナスに後頭部はたかれた。

 デリアも躾けてもらえばいい。

 

「朝からこんなにたくさんのお祝いをもらえるなんて、幸せなことだね、シラぴょん」

「そうですね。これもみんな、オルキオしゃんの人望と、ヤシロちゃんたちのおかげね」

「シラぴょんの人柄のおかげだよ」

「オルキオしゃん!」

「シラぴょん!」

「「ハグっ!」」

「家の中でやれ!」

 

 人目も憚らず抱き合うジジババ。

 しわとしわがファスナーみたいに噛み合って、離れなくなるぞ。

 

「お二人とも、昨夜はゆっくり眠れましたか?」

「あぁ、それはもちろん。久しぶりにぐっすり眠れたよ」

「陽だまり亭のそばだったからかしらね。安心して眠れたわ」

「ならよかったです」

「あと、お風呂。私、あのお風呂とっても気に入っちゃった」

「いつでも使いに来てくださいね」

 

 ジネットがシラハを甘やかしている。

 そんな調子で甘やかし続けると、また以前のボンレス体型に戻っちまうぞ。

 甘い食い物が増えたんだから、陽だまり亭は。

 

「そうじゃ、オルキオ! 今日はみんなで大衆浴場へ行くぞ! おんしゃあ知らんじゃろうが、アレはえぇもんぞ!」

「んだぁなぁ。久しぶりに、裸の付き合いでもするかぁ~ねぇ~」

 

 ボッバとフロフトがオルキオの肩を抱いて風呂に誘う。

 ……が、大衆浴場が出来るまで、四十二区に風呂なんか無かったろうに……裸の付き合いなんてあったのか?

 

「裸の付き合いってなんだよ?」

「飲むとよぉ~う脱いじょったぞ、こいつらは!」

 

 と、ボッバがオルキオとゼルマルを指さす。

 ただの酔っぱらいかよ!? それも傍迷惑なタイプの!

 

「もぅ、オルキオしゃんってば……お外で脱いじゃダメって言ってるのに」

 

 で、なぜか頬を染めるシラハ。

 

「私も昔、外で――」

「さぁ、ジネット! そろそろ店を開けようか! お前らもなんか食っていけ! さぁ、早く! 手遅れになっても知らんぞ!」

 

 シラハ。そのエピソードは墓場まで持って行ってくれ。

 封印! いいな!?

 

「は、ははは……。まぁ、若気の至りというヤツかな。あの頃は自暴自棄になっていて、それでゼルマルや陽だまりの祖父さんに言われたんだよ。『人間、生まれた時は丸裸。着込んだしがらみに悩まされるなら、脱ぎ捨ててしまえばいい』ってね」

「だからって真っ裸にならなくてもいいだろうに」

「存外気持ちのいいものだよ。機会があればヤシロ君も試してみるといい」

「ふぇうっ!?」

 

 俺が「誰が試すか」と反論する前に、ジネットが敏感に反応してしまった。

 視線が一斉に集まり、ジネットの顔が真っ赤に染まる。

 

「ぁ……ぁの…………ざ、懺悔してくださいっ!」

 

 顔を隠して陽だまり亭へ逃げ込むジネット。

 周りのジジババや大人どもが生温かく見守る中、ゼルマルが「泣かせるなよ」と釘を刺してくる。

 オルキオに言え。今のはオルキオのせいだろうが。

 

「露出狂デスネ」

「最低ダゾ」

 

 こいつらは俺にいい印象を持ってないせいか、決めつけが酷い。

 露出してから言え、そーゆーことは。

 

「ウチの人も、しょっちゅう脱ぐんだよ。川漁のみんなと宴とかするとさ。……まったく、カンパニュラの教育によくないからやめておくれって言ってるのに」

「がはは! 酒が入るとどうしてもなぁ」

 

 タイタもかよ……

 よくこんな親の元でカンパニュラのような出来のいい子供が育ったものだ。

 

「カンパニュラ、父親みたいにはなるなよ」

「大丈夫ですよ。母様に『価値のあるものは安売りせず、ここぞという時まで取っておくように』と教えられていますので」

「お前のその教育もどうかと思うぞ、俺は!?」

 

「ここぞって場面で見せつけろ☆」って風にも聞こえるんだけど!?

 まぁ、実際、ウィシャートの女としてそーゆー武器の使い方も叩き込まれたのかもしれないけれども……改めて、最低だな、ウィシャート家。

 

「違うわよ、ヤーくん。それは誤解。私は、カンパニュラにウィシャート的な教育は施していないもの」

 

 違うらしい。

 

「普段から膝丈のスカートを穿いていたとしてもね、川辺に行く時は敢えてロングスカートを穿いたりするのよ。足首まで隠れるようなやつ。それで、川に足を浸ける時に、スカートの裾をちょっと持ち上げると――、食いつきがすっごいのよ! みんなチラチラこっち見ちゃって、おっかしいの!」

 

 あははと笑ってオバサンスナップを決めるルピナス。

 オバサンスナップとは、顔の斜め前に上げた手のひらを、手首のスナップを利かせて前方へ倒す、「ちょっと奥さん!」の時の動きだ。

 オバサンが笑い話をする時によく取る行動の一つで、これが出れば「はい、ここが笑いどころですよ」の合図と言える。

 主に、関西地区に生息するオバサンによく見られる行動である。

 

「普段見せているスネや足首でも、一回隠してチラ見せするとすごく価値が上がるのよ。そういうポイントをしっかりと押さえて、目当ての男を仕留めなさいって教えているの」

「じっくりと聞いた結果、ろくでもねぇな、お前の教育は」

 

 あざといんだよ、思考が。

 

「母様は、すごく短いホットパンツを穿いた上から、大きなシャツを着るのも効果的だと教えてくださいました」

「今すぐ忘れろ、そんな爛れた知識!」

「ヤーくんはお嫌いですか?」

「大好きだから困る!」

 

 ただし、それはあくまで無防備に、純粋な心持ちでやってほしいファッションであり、男を狩るためにあざとく計算された上でしてほしいファッションではない!

 ……いや、あざとい系にハントされるのも、それはそれで……いいや、後々のことを考えると面倒事が目白押し過ぎて気が重くなる。

 

 何より、カンパニュラにはまだまだ早い!

 トーサン、そんなの許しませんよ!

 

「ホットパンツに大きなシャツ……ね」

 

 今、何をメモったシラハ?

 そういうのは、三十区に行ってからよろしく。

 ここ、食堂の前なんで、衛生面で不安になるような言動は慎んでくれることを、切に願う。

 精神的衛生面も含めてな!

 

「とりあえず、飯を食ったらアトラクションでも見て来い、お前らは」

「そうね。私、見てみたいわ。オルキオしゃん」

「それじゃあ、私が案内するよ。みんなも一緒にどうだい?」

「しょうがないのぅ……む、ムム、お前も、どうだ?」

「そうね。折角だから、行こうかしら」

 

 さらっとデートに誘ってんじゃねぇよ、ゼルマル。

 

「はぐれるなよ~ゼルマル~」

「わっ、分かっとるわ! たわけが!」

 

 わざとはぐれて、二人っきりで~とか考えてたんじゃねぇのか、エロジジイ。

 は~やだやだ、ジジイになってもエロいだなんて。

 

「エロジジイにだけはなりたくないもんだなぁ」

「残念ねぇ、ヤーくん。あなたは確実にそうなるわ」

「なるデスネ」

「ならないわけがないダゾ」

 

 失敬だぞ、ルピナス、ニッカ、カール。

 俺ほどの紳士がエロジジイになるわけないだろうが。まったく。

 

「なぁ?」

「うふふ」

 

 カンパニュラに同意を求めると、にっこりと笑顔を返された。

 これは同意に違いない。

 決して返答に困って誤魔化したわけではない。

 きっとそうに違いない。うん。

 

 

 

 

 

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