異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

136話 第一試合 大食いの理由 -1-

公開日時: 2021年2月13日(土) 20:01
文字数:2,896

 会場に、ハンバーグやソーセージの焼けるいい匂いが充満していく。

 

「会場のみなさ~ん! どうですか、この香り! 辛抱堪らないんじゃないですかー!?」

「「「ぅおおおおおおっ!」」」

「これぞ、四十二区の飲食店が、それぞれの長所を結集して完成させた究極の一皿、大人様ランチですっ!」

「「「ぅおおおおおおっ!」」」

「食べてみたいと思いませんかぁー!?」

「「「ぅおおおおおおっ!」」」

「食いてー!」

「あのソーセージだけでもいい! 寄越せー!」

「ロレッタちゃんかわいいいー!」

「匂いだけじゃ我慢できねぇよ!」

「ハンバーグは最高だー!」

「夢の、一皿やー!」

「はい! よく分かったです! みなさんのその思い、ちゃんとあたしに伝わったです! 食べたい人は、大会終了後に四十二区に来てくださいです! 特設レストランで期間限定発売をすることが決定してるでぇーすっ!」

「「「ぅおおおおおおっ!」」」

 

 ロレッタが客を煽っている。

 あいつ、ああいうのうまいよなぁ。

 

 ……中に一人、危険なヤツが混ざっていたが……まぁ、ロレッタがスルーしてるから放っておけばいいか。

 あとハム摩呂……来てるんだな。

 

「お兄ちゃん! 四十二区の応援席は温まったです!」

「おう、よしよし。えらいえらい」

「ほにょ!? な、なんか素直に褒められたです!? え、ホントにお兄ちゃんですか!?」

「これだけ温まってりゃ応援にも熱が入るだろう。お前の盛り上げ術はこういう時に役に立つ。これからも、お前らしく元気な感じでよろしくな」

「……はっ、はいですっ!」

 

 しばらく呆然としていたロレッタだったが、嬉しそうに顔を輝かせると、百万ドルの笑顔を浮かべて元気いっぱいに頷いた。

 こういう大会では、応援が力になったりするもんだ。ロレッタには、そっち方面で頑張ってもらおう。

 

「ぅう……人が多いさね……みんなが、アタシを見てるじゃないかい…………い、いやらしい目で見るんじゃないよっ! むきーっ!」

 

 ……応援団長のノーマはあのザマだしな。

 元気印のパウラも、今は料理番で不在だ。

 ネフェリーはニワトリだし……

 

 ここはロレッタに盛り上げてもらおう。

 

 さて、応援はそんな感じでいいとして……そろそろ時間か。

 

「ベルティーナ。緊張してないか?」

「はい。いつも通りです」

 

 初戦に参加するベルティーナは、普段通りの落ち着いた雰囲気を纏い、静かに佇んでいた。

 こいつを最初に持ってきたのは正解だったかもしれんな。

 どうしても、こういう大きな大会の初戦ってのは緊張してしまう。ウーマロとかだったら余裕でぺしゃんこになっていたことだろう。

 

「ウーマロはヘタレだからな」

「なんで関係ない会話で、急に悪口言われたッスか、オイラ!?」

 

 特に意味はない。

 細かいことを気にするなと言ってやりたいところだ。

 

「では、私はウォーミングアップに行ってきます」

 

 ベルティーナがぺこりと頭を下げて、ふらりと移動を開始する。

 ……って、こら

 

「つまみ食いすんじゃねぇぞ」

「ウォーミングアップです」

「ダメだっつの!」

 

 いい匂いに、完全にやられてしまっているのだろう。ベルティーナは特設キッチンが気になって仕方ないようだ。

 これは、早く試合を始めてもらわないと、ベルティーナが空腹で暴走してしまいかねない。

 

「おおおおおっ!」

 

 突然、四十一区の観客席から歓声が上がった。

 どうやら、向こうの選手が準備を始めたらしい。

 

「……あれは、狩猟ギルドのイサーク」

 

 四十一区の待機スペースで柔軟体操を始めた犬顔の男を見て、マグダが言う。

 

「知ってるのか?」

「……狩りの腕前は上級。けど、それ以上にイサークの名を轟かせたのは、その食い意地と豪快過ぎる食べっぷり。狩猟ギルドの中で、イサークを知らない者はいない」

「そんなに食うのか?」

 

 ギルド内とはいえ、知らぬ者がいないほどの食いっぷりか……

 

「……通称、イヌ食いのイサーク。一緒に食事をすると、とても恥ずかしい思いをすると、もっぱらの噂」

「食い方、汚いだけじゃねぇか!?」

 

 有名って、悪評かよ!?

 

「……しかし、食べる量は凄まじいと聞く」

「まぁ、強敵に違いはないんだな」

 

 イヌ食いのイサークか。まぁ、ベルティーナにかかれば……

 

「ウッホッホー!」

 

 今度は、四十区の待機スペースから、奇妙な鳴き声が聞こえてきた。

 見ると、大胸筋が異様に発達した、ゴリラっぽい男が上半身裸で変な踊りをしている。

 

「あれは、木こりギルドのオースティンですわ」

 

 イメルダがあのゴリラを知っているらしい。

 

「あいつ、飯はどうなんだ?」

「八度、誘われたことがありますわ」

「その情報いらねぇよ!」

「そして、九度、お断り致しましたわ」

「一回多いな!?」

「ダメ押し、ですわ」

「鬼か、お前は!?」

 

 ちょっと気の毒になって敵視しにくくなっちまったじゃねぇか!

 

「あまり詳しくは知りませんが、四十区の人選にお父様が助言をしていると考えれば……一回戦は様子見、でしょうね。お父様は好きな食べ物を最後まで取って置くタイプですので」

「なるほどな。まぁ、悪くはない作戦かもしれんな」

 

 四十一区も、噂の暴食魚人、グスターブを温存している。おそらく、あいつはラストなのだろう。

 それまでに三勝を挙げられれば、こっちとしては楽なんだがな。

 

 

 ――カンカンカンカン!

 

 

 舞台上で鐘が打ち鳴らされる。

 スタンバイの合図だ。

 

「ベルティーナ」

「はい。準備は出来ていますよ」

 

 見た感じ、一切の気負いも緊張も見て取れないが……

 

「マイペースで、楽しい食事をしてきてくれ」

「まぁ……。お気遣い、痛み入ります」

 

 表情をほころばせ、深々と頭を下げる。

 そして、頭を上げると、そっと俺の頭に手を載せる。

 

「優しいですね、ヤシロさんは」

 

 なでなでと、子供にするように髪を撫でる。

 

「他の誰でもない、あなたのために、私は少しだけ頑張ってきますね」

「あ、あぁ…………つか、なんか恥ずかしいんだが」

「うふふ。もう少しだけ」

 

 まるで、俺を撫でることで力が出るからと言わんばかりに、ベルティーナは俺の頭を撫で続ける。

 ご利益なんかねぇぞ、こんな頭に。

 

「では、いってきます」

 

 もう一度礼をして、ベルティーナが舞台へと向かう。

 

「しっかり頼むぞ、ベルティーナ」

 

 遠ざかっていく背中に言葉をかける。

 大丈夫。ベルティーナなら、手堅く一勝を勝ち取ってくれるはずだ。

 

 選手一同が舞台上に整列する。

 他の区の選手がガチムチで、ベルティーナが殊更小さく見える。

 見た目からは不安しか感じないが……、大丈夫、俺たちはベルティーナの底力を知っている。

 

 選手が握手を交わし、それぞれの席へと座る。

 

 机は、四人掛け用の大きな机が各選手に一つずつ与えられる。

 机がデカいのは食い終わった皿を机の上に積み上げていくためだ。その方が盛り上がるしな。

 個別にしてあるのは、おかわりを選手のすぐ目の前にさっと置けるようにとの配慮だ。

 

 一皿を完食してからおかわりを頼み、最終的に積み上げた皿の枚数で勝負を競う。

 枚数が同じ場合は、皿の重さを量って勝敗を決める。単純に天秤にかけて、軽かった方が勝ちだ。

 

 試合開始を前に、食事の前のお祈りの時間が設けられている。

 この街は、ほとんどの者が精霊教会の信者、アルヴィスタンだからな。

 今も、ベルティーナたちが祈りを捧げている。

 

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