会場に、ハンバーグやソーセージの焼けるいい匂いが充満していく。
「会場のみなさ~ん! どうですか、この香り! 辛抱堪らないんじゃないですかー!?」
「「「ぅおおおおおおっ!」」」
「これぞ、四十二区の飲食店が、それぞれの長所を結集して完成させた究極の一皿、大人様ランチですっ!」
「「「ぅおおおおおおっ!」」」
「食べてみたいと思いませんかぁー!?」
「「「ぅおおおおおおっ!」」」
「食いてー!」
「あのソーセージだけでもいい! 寄越せー!」
「ロレッタちゃんかわいいいー!」
「匂いだけじゃ我慢できねぇよ!」
「ハンバーグは最高だー!」
「夢の、一皿やー!」
「はい! よく分かったです! みなさんのその思い、ちゃんとあたしに伝わったです! 食べたい人は、大会終了後に四十二区に来てくださいです! 特設レストランで期間限定発売をすることが決定してるでぇーすっ!」
「「「ぅおおおおおおっ!」」」
ロレッタが客を煽っている。
あいつ、ああいうのうまいよなぁ。
……中に一人、危険なヤツが混ざっていたが……まぁ、ロレッタがスルーしてるから放っておけばいいか。
あとハム摩呂……来てるんだな。
「お兄ちゃん! 四十二区の応援席は温まったです!」
「おう、よしよし。えらいえらい」
「ほにょ!? な、なんか素直に褒められたです!? え、ホントにお兄ちゃんですか!?」
「これだけ温まってりゃ応援にも熱が入るだろう。お前の盛り上げ術はこういう時に役に立つ。これからも、お前らしく元気な感じでよろしくな」
「……はっ、はいですっ!」
しばらく呆然としていたロレッタだったが、嬉しそうに顔を輝かせると、百万ドルの笑顔を浮かべて元気いっぱいに頷いた。
こういう大会では、応援が力になったりするもんだ。ロレッタには、そっち方面で頑張ってもらおう。
「ぅう……人が多いさね……みんなが、アタシを見てるじゃないかい…………い、いやらしい目で見るんじゃないよっ! むきーっ!」
……応援団長のノーマはあのザマだしな。
元気印のパウラも、今は料理番で不在だ。
ネフェリーはニワトリだし……
ここはロレッタに盛り上げてもらおう。
さて、応援はそんな感じでいいとして……そろそろ時間か。
「ベルティーナ。緊張してないか?」
「はい。いつも通りです」
初戦に参加するベルティーナは、普段通りの落ち着いた雰囲気を纏い、静かに佇んでいた。
こいつを最初に持ってきたのは正解だったかもしれんな。
どうしても、こういう大きな大会の初戦ってのは緊張してしまう。ウーマロとかだったら余裕でぺしゃんこになっていたことだろう。
「ウーマロはヘタレだからな」
「なんで関係ない会話で、急に悪口言われたッスか、オイラ!?」
特に意味はない。
細かいことを気にするなと言ってやりたいところだ。
「では、私はウォーミングアップに行ってきます」
ベルティーナがぺこりと頭を下げて、ふらりと移動を開始する。
……って、こら
「つまみ食いすんじゃねぇぞ」
「ウォーミングアップです」
「ダメだっつの!」
いい匂いに、完全にやられてしまっているのだろう。ベルティーナは特設キッチンが気になって仕方ないようだ。
これは、早く試合を始めてもらわないと、ベルティーナが空腹で暴走してしまいかねない。
「おおおおおっ!」
突然、四十一区の観客席から歓声が上がった。
どうやら、向こうの選手が準備を始めたらしい。
「……あれは、狩猟ギルドのイサーク」
四十一区の待機スペースで柔軟体操を始めた犬顔の男を見て、マグダが言う。
「知ってるのか?」
「……狩りの腕前は上級。けど、それ以上にイサークの名を轟かせたのは、その食い意地と豪快過ぎる食べっぷり。狩猟ギルドの中で、イサークを知らない者はいない」
「そんなに食うのか?」
ギルド内とはいえ、知らぬ者がいないほどの食いっぷりか……
「……通称、イヌ食いのイサーク。一緒に食事をすると、とても恥ずかしい思いをすると、もっぱらの噂」
「食い方、汚いだけじゃねぇか!?」
有名って、悪評かよ!?
「……しかし、食べる量は凄まじいと聞く」
「まぁ、強敵に違いはないんだな」
イヌ食いのイサークか。まぁ、ベルティーナにかかれば……
「ウッホッホー!」
今度は、四十区の待機スペースから、奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
見ると、大胸筋が異様に発達した、ゴリラっぽい男が上半身裸で変な踊りをしている。
「あれは、木こりギルドのオースティンですわ」
イメルダがあのゴリラを知っているらしい。
「あいつ、飯はどうなんだ?」
「八度、誘われたことがありますわ」
「その情報いらねぇよ!」
「そして、九度、お断り致しましたわ」
「一回多いな!?」
「ダメ押し、ですわ」
「鬼か、お前は!?」
ちょっと気の毒になって敵視しにくくなっちまったじゃねぇか!
「あまり詳しくは知りませんが、四十区の人選にお父様が助言をしていると考えれば……一回戦は様子見、でしょうね。お父様は好きな食べ物を最後まで取って置くタイプですので」
「なるほどな。まぁ、悪くはない作戦かもしれんな」
四十一区も、噂の暴食魚人、グスターブを温存している。おそらく、あいつはラストなのだろう。
それまでに三勝を挙げられれば、こっちとしては楽なんだがな。
――カンカンカンカン!
舞台上で鐘が打ち鳴らされる。
スタンバイの合図だ。
「ベルティーナ」
「はい。準備は出来ていますよ」
見た感じ、一切の気負いも緊張も見て取れないが……
「マイペースで、楽しい食事をしてきてくれ」
「まぁ……。お気遣い、痛み入ります」
表情をほころばせ、深々と頭を下げる。
そして、頭を上げると、そっと俺の頭に手を載せる。
「優しいですね、ヤシロさんは」
なでなでと、子供にするように髪を撫でる。
「他の誰でもない、あなたのために、私は少しだけ頑張ってきますね」
「あ、あぁ…………つか、なんか恥ずかしいんだが」
「うふふ。もう少しだけ」
まるで、俺を撫でることで力が出るからと言わんばかりに、ベルティーナは俺の頭を撫で続ける。
ご利益なんかねぇぞ、こんな頭に。
「では、いってきます」
もう一度礼をして、ベルティーナが舞台へと向かう。
「しっかり頼むぞ、ベルティーナ」
遠ざかっていく背中に言葉をかける。
大丈夫。ベルティーナなら、手堅く一勝を勝ち取ってくれるはずだ。
選手一同が舞台上に整列する。
他の区の選手がガチムチで、ベルティーナが殊更小さく見える。
見た目からは不安しか感じないが……、大丈夫、俺たちはベルティーナの底力を知っている。
選手が握手を交わし、それぞれの席へと座る。
机は、四人掛け用の大きな机が各選手に一つずつ与えられる。
机がデカいのは食い終わった皿を机の上に積み上げていくためだ。その方が盛り上がるしな。
個別にしてあるのは、おかわりを選手のすぐ目の前にさっと置けるようにとの配慮だ。
一皿を完食してからおかわりを頼み、最終的に積み上げた皿の枚数で勝負を競う。
枚数が同じ場合は、皿の重さを量って勝敗を決める。単純に天秤にかけて、軽かった方が勝ちだ。
試合開始を前に、食事の前のお祈りの時間が設けられている。
この街は、ほとんどの者が精霊教会の信者、アルヴィスタンだからな。
今も、ベルティーナたちが祈りを捧げている。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!