異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

363話 大切なものを守るため -2-

公開日時: 2022年6月5日(日) 20:01
文字数:3,358

 うずくまり咳き込むウィシャート。

 その姿を見下ろし、俺は応接室の奥、中庭がある方向に向かって声をかける。

 

「おーい! もういいぞ!」

 

 俺の声に二つの影が現れる。

 木こりギルドのギルド長ハビエルと、大怪獣メドラ。あ、狩猟ギルドのギルド長って立場で来てるんだっけ?

 

「合図が遅いぞ、ヤシロ。待ちくたびれて寝ちまうかと思ったぞ」

「何言ってんだい、このヒゲオヤジは! ダーリンの啖呵、格好よかったじゃないか! アタシはシビれちまったよ! 『メドラのためには命も惜しくない!』って!」

 

 言ってない言ってない言ってない。絶対言ってない。

 あれぇ? 結構小声で話したつもりだったんだけどなぁ。

 

「ヤシロ。この建物よぉ。なんか、声がすげぇ通るように出来てるみたいだぞ」

「おそらく、ウィシャートが兵を呼ぶ時に聞こえやすくするような設計になってるんだろうね」

 

 うわぁ……何してくれてんだよ、ウィシャート。

 

「ふっふっふっ。さっきのセリフ、四十二区の連中に聞かせてやったらどんな顔をするかなぁ? なぁ、ヤシロ?」

「なぁ、ハビエル。今度妹たちに肩たたき券の作り方を教えようと思うんだが」

「いいだろう! このことは口外法度だ!」

 

 ……このヒゲオヤジ。

 イメルダに全部チクるぞ。

 

「で、頼んでおいたモノは持ってきてくれたか?」

「もちろんだよ、ダーリン。おーい、あんたら! 連れてきな!」

 

 メドラに呼ばれて、縛り上げられたオッサンとジジイが四人連れられてくる。

 

「ひぃいい! ヤメロ! GYウィルスの恐ろしさを知らんのか、この亜人めが!」

 

 中でも一番年寄りのジジイがきゃんきゃん吠えている。

 本当に、こっちの声が聞こえていたらしい。

 この煙がなんなのか、こっちの話を聞いて理解しているようだ。

 

 だったら話は早い。

 

「ここにいる七人が、ウィシャート家に認められた幹部ってことで間違いないな?」

 

 ウィシャート家――つまり三十区は、この七人によって牛耳られていた。

 すべての決定権はこの七人にあり、この七人が気に入るように三十区は運営されていた。

 

 まぁ、分かりやすく言えば諸悪の根源たる七人だ。

 

「お前らの悪事はほぼ把握している」

 

 狩猟ギルドの狩人によって一列に並ばされたウィシャート七人を見ながら言う。

 まだもうもうと白い粉が舞っていて視界は悪いが。

 

「オッサンとジジイの悪巧みもここまでだ。観念するんだな」

「一体……どうやって館の中に……。貴様らのような危険人物が近付けば私に知らせが来るはずなのに!」

 

 当主、デイグレア・ウィシャートが瞳孔の開いた瞳で吠える。

 団体さんや危険人物が攻め込んできたら、見張りが警鐘でも鳴らすシステムだったのだろう。

 だが、残念。

 こいつらは見張りが見ていない場所から館に潜り込んだのだ。

 

「この見取り図を参考に、あっちこっちから侵入したぜ」

 

 ハビエルがウィシャートの館の見取り図を取り出してウィシャートに突きつける。

 

「これは!? バカな……あり得ない……どうしてこのようなものが……!?」

 

 極秘の抜け道が網羅された見取り図。

 それを目の当たりにしてわなわなと震えるウィシャート。

 

「まぁ、お前らは端っからこいつらの手のひらの上だったってこったな」

「ウチのダーリンを怒らせたんだ。こりゃ当然の報いってもんだよ」

 

 デカい二人が愉快そうに笑う。

 

「ハビエル、メドラ。兵士は?」

「全員、外で伸びてるぜ」

「海漁のバカ人魚が無茶をやらかしてねぇ……アタシたちの出番はほとんどなかったよ」

 

 メドラが不服そうだ。

 マーシャが張り切ったらしい。……が、マーシャがどうやって?

 そこんとこはちょっと気になるぞ。

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 白髪のオッサンウィシャートが咽る。

 苦しそうに胸を押さえて。

 

「……頼む、解毒薬をくれ……私は、当主に逆らえず、無理やり働かされていただけなんだ……」

「なっ!? 叔父上、何を今さらそのようなことを!?」

「だから最初から言っていたのだ! 港欲しさに欲をかくなと! なのにお前は、土木ギルド組合や情報紙発行会などにまで手を出させて……」

「まったくだ。追い詰められればネズミでもネコを噛むなど常識であろうに」

「やはり、当主選抜を誤ったのだ。今からでも遅くはない、新たな当主を――」

「貴様ら、この期に及んで見苦しい……っごほ! ごほっ!」

 

 あんまり騒ぐなよ。

 酸素が足りなくなって意識飛んじまうぞ。

 

「それにしても煙いな……ごほっ! ワシまで気分が悪くなってきやがった」

 

 ハビエルが胸を押さえて体を屈める。

 呼吸の度に、気管が「ひゅーっ」と音を鳴らしている。

 ハビエルのヤツ、そろそろヤバいな。

 早く終わらせるか。

 

「ここに解毒薬がある。俺との約束を守ると誓った者にのみ、こいつをくれてやる」

「ち、誓う! ワシは誓うぞ! ワシは幹部と言っても下っ端も下っ端だったからな」

「一人だけ保身に走るなど、みっともないぞ! 恥を知れ!」

「私も名ばかりの幹部で――」

「じゃかぁしい! 人の話は最後まで聞け、オッサンども!」

 

 見苦しく喚くウィシャートを一喝する。

 

 ……ちっ。今ので結構吸い込んじまったな。気分悪ぃ。

 

 

「俺の言うことを聞いて、本当に約束を守れると宣言した者にのみ解毒薬を渡す。いいか、よく聞け」

 

 

 縛り上げられ、床に座らされているウィシャート七人に、俺は条件を突きつける。

 

「今後、統括裁判所で行われる裁判では真実を包み隠さずに話せ。くだらない保身に走らず、その目で見たこと、聞いたこと、やってきたことを一つ残らず語って聞かせろ。少しでも嘘、隠し事、誤魔化しが発覚したら即カエルにしてやる。俺だけじゃなく、今この場にいてこの話を聞いていた者すべてに誓うと約束する者にだけ、解毒薬を渡す」

 

 今、この場で見せたような醜い保身や罪の擦り付け合い、しらばっくれるようなことが起こればカエルにする。

 裏から手を回し、裁判を有利に進めるのが得意なウィシャート家と言えど、嘘の証言が封じられればその罪からは逃れられない。

 

 聞かれたことに答えるのではなく、自ら進んで悪事を告白させる。

 

 そうすれば、いくらウィシャートに肩入れをしている上級貴族であっても、さすがに庇いきれないだろう。

 

「さぁ、どうする?」

 

 ウィシャートたちは互いに視線を交わし、「……仕方あるまい」と観念したようだった。

 

「分かった。その条件を飲もう」

「命には代えられん」

 

 年嵩の二人が代表して告げ、他の者が頷く。

 

「じゃあ、お前にだけ解毒薬をやろう」

「なっ!?」

「皆同意したではないか!」

「小賢しいんだよ」

 

 この期に及んで、言葉にしないことで『精霊の審判』にかからないよう画策してやがる。

 条件を飲むと言った一人だけが裁判で証言せず、他六人が口裏を合わせて保身に走ろうって魂胆が見え見えだ。

 

「はっきりと条件を飲むと誓った者だけに渡すと言ったはずだ」

「……くっ」

 

 ウィシャートたちは俯き、悔しそうに、微かに震えて、「誓う」と、口々に呟いた。

 七人全員が「誓う」と言ったのを確認し、ハビエルとメドラに合図を送る。

 

「ハビエル、メドラ、やってくれ」

「よっしゃ、風通しをよくしようぜ、メドラ」

「ま~ったく、狭苦しくていけないね、この部屋は――さっ!」

「ふんぬぅあ!」

 

 メドラとハビエルが同時に応接室の壁を殴打する。

 ドバゴンッ――という恐ろしい音の後で、壁がガラガラと崩れ落ちていく。

 

 

 その壁の向こうに、集めに集めた領主の群れがひしめくようにして立っていた。

 

「お前ら全員、しっかりと聞いたな?」

「「「あぁ、聞いたぞ!」」」

 

 

 この場にいて、今の話を聞いていたヤツら全員に対する誓いだ。

 

 俺やエステラの目を盗んであることないこと吹聴しようとしても、これだけの領主が証人として存在すればそれも不可能。

 ここにいる全員が、このウィシャート七人に対して『精霊の審判』を発動する権利を有している。

 これまで、街門の権利やバックの貴族の影をチラつかされて臍を噛む思いをしてきた領主がたくさんいるのだろう。

 

 どう転ぼうが、ウィシャートたちに甘い判断を下すヤツは現れない。

 エステラなんかよりもよっぽど厳しい監視の目だ。

 

「……こんなに」

 

 デイグレア・ウィシャートが呆然と呟いた。

 これまで、誰も入れなかった自分たちの要塞に、こんなにも大勢の余所者が踏み込んでいる様は、なかなかに絶望的なものなのだろう。

 

 もう、お前たちに心安らぐ場所なんかないんだぞ。

 

 そう、はっきり突きつけるような光景だもんな。

 

 

 

 

 

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